Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・5
「実は、最初に気付いたのは、ロンパス(気密与圧服)を着て、外回りの確認に出ていたセキュリティの連中なんですが」
「何処が変なの? ちゃんと映ってるじゃない」
右腕でペトロフスキーの肩を掴んだサンドラが、横合いから首を突き出す。
「相変わらず、オーロラ(電離層磁気燭光)は治まっていないんだな」
「はい。オーロラ(電離層磁気燭光)自体は、既に全球レベルで発生しています」
シーウェルが自ら目を凝らすようにして、小さな画面を見詰める。
「──ですが問題は、それでは無いんです」
シーウェルの言葉に誘われたみたいに、ペトロフスキーとサンドラが、顔をくっつけるようにしてディスプレイを覗き込む。
「カルダゴの中心少し右に見える、ぼんやりとした輝き」シーウェルは一度言葉を切り、再び口を開いた。「あれ、実は同じ天秤座宙域のドガ星雲なんですが、現在のカルダゴの公転軌道位置とナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の公転軌道位置から算出した視点角度だと、カルダゴの陰に入って見えない筈なんです」
「重力レンズ現象じゃないのか?」
「いえ、ドガ星雲と此処667太陽系ルーダノの間には、重力レンズ効果を起こすような巨大重力源は存在していません」
「それじゃあ・・・」
そこまで言って言葉を濁らせるペトロフスキーに、若いシーウェルが確と頷く。
「ええ。実際に、透けて見えている、と言う事です」それでも若い部下は、困惑の表情を更に曇らせた。「──ですが、何と説明して良いか分からないのは、別の話なんです」
「別の話・・・?」
「さっき報告した通り、カルダゴの異変に気付いたのは、外に出ていたセキュリティなんですが」シーウェルがばつ悪そうに額を掻いた。「──其奴が言うには、カルダゴがバラバラに砕けてる、って言って来たんです」
「──カルダゴが砕けてる・・・?」思わずペトロフスキーが顔を顰め訝った。「バラバラに・・・?」
「それで慌てて、此処から確認したのですが、そのモニター映像通り──その時は透けて見えているとは気付かなかったものですから、ちゃんと見えてるぞ、バラバラに砕けてなんかいない、と返したんです」
「・・・・・・」
ペトロフスキーとサンドラが、押し黙ったまま顔を見合わせるだけだったので、シーウェルは言葉を継いだ。
「ところが、外に出ている奴ら全員が、何寝惚けてる、これが見えていないのか、と言い張るものですから、暫く問答が続いただけで埒が明かないので、此方から1人、実際に外へ見に行かせたんです」
ペトロフスキーは無言で頷き、シーウェルに先を促した。
「私自身は実際には見ていないのですが、報告では何となく球体は保っているが、惑星全土に罅割れが起きていて、確かにバラバラに砕けている、と」
「見る角度によって、太陽光の反射具合とかに差が出て、それで錯覚を──」
「いえ、それも違うようです」
ペトロフスキーの言葉を遮るように、首を振ったシーウェルが言葉を被せる。
「もしそうだとしたら、モニター上でもそれらしき現象が確認できる筈ですが、何分見え方自体が、てんで違っていますので」
「・・・・・・」
不明な所は聞き返す──とは言ったものの、シーウェルの説明に困惑至極のペトロフスキーは、何と問い返せば良いのか、その質すべき言葉を失っていた。
「モニター越しだと薄く消えて行っているように見えて、直接見た場合は、バラバラに罅割れて見える──素直に、そう解釈するしか・・・」
何処か開き直ったような言い草で、シーウェルも眉根を寄せて言葉尻を濁す。
「──そんな珍妙な現象、聞いた事がねぇぞ」
一呼吸置いて枯れ上がった声を搾り出したものの、ペトロフスキーには無意味な言葉しか浮かばない。
「──ピュシス、いえカルダゴ」傍で聞いていたサンドラが、首を捻りながらも口を挟む。「まさか、実際に爆発したんじゃないわよね・・・?」
「カルダゴは、ソリッド・クラスト(固体地殻)惑星ですよ」
「巨大な隕石が1個や2個衝突したところで、バラバラに砕けたりはしない──」
シーウェルに言葉を足したペトロフスキーが、そこまで口にして、ふと思い付いたように声のトーンを変えて言った。
「まさか、さっきの太陽嵐の所為じゃないだろうな?」
「それこそ、まさか、ですよ」さすがのシーウェルも、苦笑交じりに首を振る。「太陽嵐で惑星が砕けた、なんて話、聞いた事が無いです」
「うーむ・・・」
そりゃそうだよな、と自らの頓珍漢さに自ら呆れ、ペトロフスキーが渋面を作る。
ペトロフスキーは余りの突拍子さに、サーペンスアルバスのウドムを呼び出して、確認させようとも思った。だがシーウェルが、こんな与太話を態々でっち上げるとは考えられない、と思い至り、ウドムに連絡するのを止めた。
「──ねえ、ボリス」
何気ない表情のサンドラが、ふと愚直な問いを投げる。
「それ、何か悪影響があるの? 私たちに、このナースィラ・ハロゥ(福音の後光)に?」
あ、と意表を突かれたような表情を見せたペトロフスキーが、どうなんだ、とシーウェルへ首を巡らせる。
「いえ、今のところは、確かに何も・・・」
当のシーウェルも、少し首を捻りながらも否定した。
「それじゃあ、放って置くしかないんじゃないの?」
サンドラらしい、実に聡明で簡潔な答えだった。
「──それとも、大きな接着剤のチューブを担いで行って、惑星をリペア(補修)して回る?」
「デアデビル・ハッピー(怖いもの見たさ奇骨)のモスバリーが居れば、興奮頻りに、調査に行かせろって喚いたかも知れないが」
客観的なサンドラの皮肉っぽい言い回しに、参った、とばかりペトロフスキーは、苦笑いを浮かべて首を振る。あのギルステンビュッテルが見込む程に、確かに頭の切れが鋭い。
「それより直近の、太陽嵐の第3波への対策に、頭を捻った方が良いんじゃない?」それでもサンドラは増上慢にならず、剰え厳しい表情で言った。「マグネティック・マスキング(遮蔽磁界)、働かないんでしょ?」
「その第3波、後どの位で来るんだ?」
問われたペトロフスキーが、そのまま受け流すようにシーウェルを見遣る。
「前回の太陽嵐に当てはめて計算すると、おそらく今から24、5時間後だと思われます」
シーウェルの答えに、サンドラは少し思慮しながらゆっくりと口を開く。
「第3波の被害って最大に見積もって、全電源喪失と施設内の環境維持が不可能になる、って事よね?」
「最大、と言うか、ほぼそうなる」ペトロフスキーが断言するように言い切った。「躯体は大丈夫だろうから、直ぐにどうこうとはならないが、電源が失われりゃ一寸先は闇で、あっと言う間に室温が下がる」
「──第3波の来襲を受けても、システムは大丈夫、って事はないの?」
「あのエネルギー規模の太陽嵐が来たら、まず耐えられませんね」
サンドラからの問い掛けに、シーウェルが口をへ字に曲げた。
「そうなったら、救援隊が来るまでは保たないのよね?」
「超対称性光子通信で本国が受け取るまで250時間、そこから救援艦船を繰り出して、此処カルダゴまで超対称性場推進航行だけで約200時間前後」
あくまで冷静に聞き返して来るサンドラに、今度はペトロフスキーが頷きながら答えた。
「旦那が連絡を入れてから数十時間経っているとは言え、救援隊の恩着せがましい面を拝めるまで、最低でも400時間以上は掛かる」
「──サーペンスアルバスで安全圏まで避難する、って言うは無謀かしら?」
「シーウェル、第3波の被曝範囲は分かるか?」
少しばかり怪訝な表情を浮かべるペトロフスキーが、シーウェルに尋ね直した。
「半径1億キロから1.5億キロらしいです」若いシーウェルが、捲れ上がる濃紺のブラウス下に覗く、サンドラの素肌にどぎまぎしていた。「オールド・キャップ(艦長)に先程、太陽嵐の第3波への脅威を指摘されたので、此処のオペレーター(探測担当)に聞き取りしました」
「約800宇宙カイリ」シーウェルの答えに、ペトロフスキーは顎髭を撫でながら頷いた。「外洋航行用の超対称性場推進でないと、ちょっと無理な距離だな」
「内洋航行用のフェルミオン・エンジンだと、25時間以内にその距離を稼ぐためには最低でも4加速ガルが必要ですから」ざっと暗算しながら、シーウェルが言葉を継ぐ。「4ガルを二十数時間なんてのは、さすがに無理ですし」
「どの道、今のあの艦の状態じゃあ、長距離の内洋航行は不可能だ」
それを聞いたサンドラが、ペトロフスキーを振り返った。
「サーペンスアルバス、外洋航行は可能なんでしょ?」
ああ、と言い掛けたペトロフスキーに、サンドラが追い討ちの言葉を畳み掛ける。
「ならサーペンスアルバスに、詰め込めるだけ詰め込むしかないでしょ・・・!」
「待て待て、サンドラ・・・!」
少し落ち着けと諌めるペトロフスキーに、サンドラが構わず聞き返す。
「その1億キロ、外洋航行エンジンで、どの位の時間が掛かるの?」
「航行時間自体は1、2分ってところだが、離脱した後はどうする? そのまま外洋航行を継続するにしても、ヒゴ社の本社があるミレー太陽系まで200時間余り、とても艦内の環境維持が保たない!」
「やり過ごした後、救援隊が来るまでナースィラ・ハロゥに戻って──」
そこまで言ってサンドラがいきなり押し黙り、一呼吸間を置くと直ぐさま首を振って嘆息した。
「いえ、それは駄目ね。戻っても、施設内がハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)無しじゃあ過ごせない環境なら、絶望を深めるだけだわ」
「それに万が一、ですが・・・」シーウェルが遠慮がちに口を挟む。「またウェーバ・デタッチ(磁荷噴出塊)を食らったら、今度こそ終わりです」
「命冥加も運の尽き、進退窮まったな」
投げ遣り調子に言ったペトロフスキーが、落ち着きを取り戻したサンドラを見遣った。
「第3波を避けられて、尚且つ適切な生存環境を維持する必要が・・・」
サンドラが渋い顔をして、一心に考え込んでいた。
ペトロフスキーは、この期の及んで取り乱しもせず、それでも客観的に目の前の出来事を評価して、何とか取れる手立てを探り出そうとするサンドラに、改めて敬意にも似た感情を抱いた。
「日差しの強い日には、ブロリー(日傘)が欠かせない、ってか・・・」
サンドラの呟きに、ペトロフスキーが長い溜め息を吐き出す。
「──ブロリー(日傘)・・・」
ペトロフスキーの嘆きの一言に、少しの間、考え入っていたサンドラがふと顔を上げた。
「ボリス」
唇を真一文字に縛り、眉間に皺を寄せたサンドラが、懊悩した表情で振り返る。
「突拍子もない方策だけど、この際、アールスフェポリット社に救援を頼んでみては・・・?」
「──アールス社に・・・?」
ペトロフスキーからの短い応答は、懐疑に盈ちていた。
「あっちのステーションは無事なんでしょ?」サンドラも今度は浮き足立たず、怖いぐらいに冷静で、淡々と言葉を続けた。「運用キャパシティは510名だけれど、設計上では確か650人を想定していた筈」
「無事、と言っても、アステロイド・ミサイル(浮遊岩塊塵破砕誘導弾)を1発食らっているからな。どのくらいの被害が出ているか・・・」
ペトロフスキーが、マッシュルームにも似たアールスフェポリット社のステーションを思い浮かべる。サンドラの思い付きは、確かに悪くない。だが──。
「──通信を・・・」サンドラが、探るように声を上げた。「連絡をしてみては、駄目、かしら・・・?」
「向こうが聞く耳を持ってくれるか・・・?」
さすがにペトロフスキーも顔を曇らせる。
「彼らに、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の彼らに、先ずは話を通してみる」サンドラは不安げな表情に、少しばかりの奮起を見せた。「彼らを説き伏せられれば、アールスフェポリット社のガバナー(堡所長)を説得して貰えるわ」
「そんなに上手く行くのか・・・?」
「私が──」決心したサンドラが、ペトロフスキーを凝視した。「私が話すわ」
* * *
「1つ、思った事があるの」
目の前のティーカップを見詰めながら、ミルシュカがぼそりと口を開いた。
「あの惑星自体が、既に、宇宙の真理を貯えているんじゃないか・・・って」
「貯える・・・?」
リサが、フロア・テーブルに乗ったクッキーを、ぽいっと口に放り込む。
ミルシュカとリサの2人は、ワッチ(看視)をベアトリーチェに任せ、アモンのメスエリア(会食所)にあるスピーク・イージー(歓談所)で、手持ち無沙汰に寛いでいた。ピュシス・プルシャが、直の目視と映像による映り込みの姿容に酷い違いがある事に気付いてから、約1時間半が過ぎていた。
念のためネルガレーテに報告は入れたものの、受けたネルガレーテとて、何か対策を採らねばならないクリティカル・インシデント(要対処事象)になっている訳ではないので、傍観しているしか無いという返事だった。その直ぐ後でベアトリーチェが、ピュシス近傍で超対称性場推進による航跡を検知した。超対称性場推進は虚時空ドライブと違い、空間に重力の小さな波動を残すため検知が容易で、航跡を追尾することも可能だ。
近傍の残存艦影と航跡の特徴、ヒゴ・プロパティ・アンド・マテリアル社の本国である同宙域のミレー太陽系方向へ向かった航行ベクトルから、ギルステンビュッテル専用宇宙船イル・プレージオと推断された。
ピュシス・プルシャの重力ポテンシャルは変わらず減少し続けており、少し前にベアトリーチェから、重力ポテンシャルが45パーセント近くにまで落ちている、との報告があった。メスエリア(会食所)には外を覗ける窓が無いため、目視でしか確認できない“破砕具合”は見えないが、壁のスクリーン・ビジョンの中で、3万キロ下に見える白寒の惑星が、ますます存在感を失って行っていた。
「真理を貯える、って言う表現は、正しくないのかも知れない」
スピーク・イージー(歓談場)の掘り込まれた段差に腰掛けるミルシュカが、フロアテーブルを挟んで向かいに座る、赤髪で利発そうなテラン(地球人)の若いドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)のリサに、小さく小首を傾げて見せた。
「でも少なくとも、何万年という時間を貯えているんだと、そうは思うの」
「時間を・・・?」
リサの頬張ったクッキーが、口の中で軽やかに音を立てる。
他の4人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は、アールスフェポリット社のステーションへ行った切りでまだ戻っていない。居残った2人は余裕のあるうちにと、交代で軽いシャワーを浴びたので、ミルシュカもリサもお互いに浴用石鹸の馨しい香りを纏っていた。
「ほら、覚えてる?」
ミルシュカが足を組ながら、クッキーに手を伸ばす。
「トト先生が辿り着かれた、真理の氷窟」
着込んでいたアオザイ・ドレスの深いスリットが割れて、ミルシュカの豊かな太腿が露になる。
ドレスはネルガレーテからの借りたもので、ノースリーブでノット・ボタン(飾り結びの紐釦)も可愛らしい。ドレスの濃藍にバド人特有の赤紫の肌が映え、セミロングの黒髪が27と言う歳相応の雰囲気を醸し出していて、リサより二回りも小柄なのに年上の女性らしさが魅力的だった。
ただアオザイ・ドレスは本来ボディコンシャスなドレスだが、背丈155センチのミルシュカはネルガレーテより10センチ低いため、着ていると言うより羽織っている感じになる。ネルガレーテにはミディ(膝丈)でも、ミルシュカだとミモレ(脛丈)になってしまう。両側のスリットの深さもネルガレーテなら腰骨辺りだが、ミルシュカだと脇腹までもろ見えだった。しかも素足にスリッパーズ(簡易沓)を突っ掛けただけのミルシュカは、シャワー上がりでリサと2人っきりと言う事もあって、大胆にもパンティを着けていない。
「ああ、ボーディ何とかのヴリクシャ(常世の樹)だっけ? のアイス・ケイヴ(氷窟)ね」
ティーカップを傾けながら、リサがミルシュカの話にうんうんと軽く相槌を打つ。
ミルシュカ同様にラフな格好のリサは、アッパートルソからアームトルソを外したノースリーブ姿で、ロワートルソは履いていない。ブリーファー(一体下着)は着用しているものの、クロッチ(股座)のスナップを留めておらず、あられもなく開けた奥にストラップレスの黒いタック・パンティ(女性用股下着)が丸見えになっている。足元はミルシュカ同様、素足にスリッパーズ(簡易沓)だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




