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Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・2

20分後、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着込んだペトロフスキーが、3人のクルー(乗艦員)を連れて、サーペンスアルバスのエアロック(気密隔室)を出た。ウドムのドライブ(操艦)は確かなもので、ペトロフスキーが頼りにするだけの事はある。手酷い手負いのサーペンスアルバスを、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)と僅か50メートルの距離を置いただけで、見事にランデブー(軌道会合)させている。着底とは言っても、(じか)に接する訳ではない。


そのサーペンスアルバスは艦体後部が目も当てられないほど大破していて、右の第2フェルミオン・エンジンは跡形もなかった。超対称性場推進の主機自体は無事だったが、肝心の超対称性励起誘導場発生器にも被害が及んでいて、超光速航行も不能になっている。


そして目の前の、あの偉容を誇ったヒゴ社自慢の移動支社ステーションは、産業廃棄物と形容して良い状態だった。


裂け折れた左舷と右舷が接触した際に起きた有機溶媒の貯蔵タンクの爆発で、割れた左舷は構造支柱を残して大穴が開き、右舷側の残った3分の1は構造支柱そのものが(ひしゃ)げて捩れ、周囲に構造物の破片を撒き散らせている。中には人間らしい影も幾つか垣間見えていたが、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)も着ていない生身では、今も息をしているとは思えない。


流石のペトロフスキーも、この爆発痕も生々しい大穴から入り込む気にはならなかった。


3人を率いたペトロフスキーは、産業廃棄物同然のナースィラ・ハロゥ(福音の後光)左舷側へと、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を噴かした。左舷最下層には、ギルステンビュッテルがイル・プレージオへ移乗する際に乗船した宇宙舟艇ヴィニタリアのランチ・デッキ(備載艇甲板)がある。太陽セザンヌからの陽光に照らされているので、ランチ・デッキ(備載艇甲板)のハンガー(格納庫)の位置は直ぐに分かった。


ペトロフスキーはヘルメット部の探照灯を点灯させると、入るから付いて来いと命じ、開いたままになっているハンガー(格納庫)のベイ・ドア(庫外扉)を(くぐ)った。すっかり電源を喪失しているらしく、庫内は真っ暗だった。15メートル級の小型宇宙舟艇が2艇、タイダウン(機材固縛)されたまま残っていたが、1艇は轟爆で艇体が(えぐ)れるように大破していて、とても使い物になる状態ではなかった。ペトロフスキーは率いていた1人に、残っているるランチ(備載艇)を調べるように指示し、(あと)の2人には付いて来いと手振りした。


何やら無数に散乱浮遊しているパーツや破片、工具の類いを避けながら、奥にある壁沿いをエアロック(気密隔室)の入り口の方へ漂宙(ただよ)う。大きな窓のあるランチデッキ・コントロール(備載艇甲板管制室)内も真っ暗だったが、覗き込む3人の探照灯の明かりに、散乱して浮遊している幾つものハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)やヘルメットなどの備品が、深い陰影を落として見えていた。


“──ランチデッキ・コントロール(備載艇甲板管制室)もやられたのか・・・?”


顔を曇らせるペトロフスキーの眼前に、ふと影が差す。


(いぶか)り目を遣る視界の中に、扇を広げたように乱れるバイオレットの何かが目に入った。それは豊かに波打つ、しかし汚れて草臥(くたび)れた髪に間違いなかった。


「──サンドラ・ベネス・・・!」


窓にへばり付いたペトロフスキーが、思わずそう叫んでいた。



  * * *



白寒(びゃくかん)惑星(ほし)ピュシス・プルシャのその異変に、リサが気付いたのは、ネルガレーテ、ユーマ、アディの3人を乗せたバルンガが離艦するのを、正面のメイン・ビジョンで見送っている最中だった。


セザンヌの太陽嵐第2波を遣り過ごした直後、ジィクからの、退避に当たって必須のロンパス(気密与圧服)の絶対数が足りない──そんな馬鹿げた報を受けて、アモンは再びアールスフェポリット社の高軌道ステーション近傍宙域に舞い戻った。そこへバラタックにいたユーマが一旦アモンに帰艦し、ネルガレーテとアディを伴って、代案となるべき対策を練るためにジィクのいるステーションへ向かった。


アモンにリサを残したのは、ミルシュカを同艦させていたからだ。


アステロイド・ミサイル(浮遊岩塊塵破砕誘導弾)を被弾し、絶対安全とは言い切れなくなったステーションへ、ミルシュカを連れて行く事は(はな)から懸念された。かと言って、宇宙嵐のインフルエンスド・エリア(被影響範囲)にあり、近傍宙域自体の環境が安定しているとは言い難く、その上にヒゴ社の連中が再度襲って来ないとも限らないため、アモンにミルシュカを独り残して置く事も憂慮された。それでリサが、ミルシュカと共にアモンに居残りとなった。


この時点で、ステーション駐留者にハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着せてバラタックへ移乗させ、退避させるミッション(行動計画)は中止せざるを得なくなった。


当初ジィクが立てた退避の段取りでは、太陽嵐第3波襲来の予想時刻5時間前には、バラタックを超対称性場推進航行でピュシス・プルシャから2億キロの距離を取らせる筈だった。機艦アモンはそれを見届けてから、15分ほど遅れて合流する予定だった。


時間差が生じてしまうのは、アールスフェポリット社のステーション近傍宙域からでは、ピュシス・プルシャが近すぎて、虚時空ドライブで安全にフェードイン可能な真空期待値を確保できないからだ。そのためアモン自体はフェードイン可能な距離の10万キロを、現在高度3万キロから内洋航行用のアクシオン対粒子転換エンジンで移動せざるを得ず、超対称性場推進航行のバラタックに比べて時間を要してしまう。その際の離脱は15加速ガル以上なるが、アモンにはグラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)を応用した、アクシオン・エンジンの噴射エネルギーに対する位置エネルギー転換緩衝システムが艤装されているため、噴射ベクトルに相反する20ガル程度までなら緩衝相殺が可能な加速を行える。


だが肝心のハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)は、サイズを度外視してもステーション内に備えられていた数が、全部で255着だと判明した。メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が壊滅して使えない今、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着せてバラタックに移乗させるしか方法がないが、一度には半数強の人数しか運べない。


残りを移乗させるには、最初に送り込んだ人員が使用したハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を一度回収した上で再びステーションに運び込み、残りの人員に装着させなければならない。しかもバラタックに乗せ込んだ大半は、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着ていないためアコモディション・デッキ(乗居区画)に押し込むしかない。


二度手間どころの騒ぎではない上に、離脱予定時刻までに移乗させ終わる目処すら立たない状況に陥っていた。



「──ビーチェ」


小さくなっていくメイン・ビジョンに映るバルンガの後ろ姿から、ふとアモンのブリッジ(艦橋)の小さなフロント・ウィンドウに目を移したリサの、一呼吸置いてからの声だった。


「ピュシス、何か、割れてない?」


小さなフロント・ウィンドウの右端には、ピュシス・プルシャの北半球の一部が見えていた。その白寒(びゃくかん)の惑星が、リサには“割れて”いるように見えたのだ。


さすがのリサも目の錯覚と思った。


「──割れている、とは、どう言う意味でしょうか?」


ベアトリーチェの可愛らしい乾いた声が返って来る。


貴女(あなた)には、見えていない? ピュシスが割れているのが。真っ二つに」


フロント・ウィンドウ越しに垣間見える白寒(びゃくかん)の惑星を凝視するリサの、自らの言葉を疑うような、半ば上の空の様な声音だった。


「──真っ二つ・・・?」


そのリサの奇妙な言い回しを耳に留めたミルシュカが、思わず呟き返す。


「ビーチェ、ピュシスの映像を入れてくれる?」


リサの指示に即応したベアトリーチェが、ブリッジ(艦橋)正面のメイン・ビジョンに、(くだん)の惑星の姿を映し出す。映像の中のピュシス・プルシャは今も、全球が七色のオーロラ(磁気励起発光)の(かがや)きに揺らいでいた。


白寒(びゃくかん)の惑星が鮮やかな衣を纏い始めたのは、ヒゴ社が制圧下に置いていたピュシス・プルシャのアールスフェポリット社の地上採鉱基地から、トトのポッド(可搬救急対処台機)を回収して、ピュシスを離脱した辺りからだった。切っ掛けや発生要因は疑問の残る所だが、現象自体は地磁気とラジエーション・ベルト(放射線帯)を持っている惑星なら発生し得る自然現象に近い。


そのピュシスの纏うオーロラ(電離層磁気燭光)の輝きが、まるで寄せては返す(さざなみ)のように波打ち続ける中、更に奇っ怪な物理現象を感知したのは3時間ほど前、アールスフェポリット社のステーションが、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)から放たれたアステロイド・ミサイル(浮遊岩塊塵破砕誘導弾)を被弾した直後だった。


機艦アモン艤装のグラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)稼動に対する重力作用パラメータの修正が継続的に発生している所以(ゆえん)に、システムたるベアトリーチェがピュシス・プルシャの重力場の異常な変動を検知したのだ。その重力ポテンシャルの変動は1時間当たり換算で、(いま)だに15パーセント前後の割合で低下し続けていた。


「──あれ・・・?」


しかしリサは、そのメイン・ビジョンに映っている、七色鮮やかなビードロ細工のような惑星の姿に唖然とした。


「真っ二つになんか、割れていないじゃないの、リサ」


メイン・ビジョンを見上げていたミルシュカが、当然のように声を上げる。


「──けど、ほら・・・ッ!」


リサはパイロット(操艦担当)ユニットから身を乗り出すようにして、メイン・ビジョンではなく、ウィンドウ越し3万キロ下に見える白寒(びゃくかん)の惑星を指差した。


「──あれ、ピュシス・・・?」


今度はミルシュカが驚く番だった。リサに視線を誘導され、フロント・ウィンドウに目を移したミルシュカは、思わずそう尋ねずにはおれなかった。


スクリーン・ビジョンに映るピュシス像とは似ても似つかない、白寒(びゃくかん)の惑星の姿が見えていた。映像のようなきらびやかなオーロラ(電離層磁気燭光)の衣を纏っていないピュシス・プルシャは、確かにリサの言う通り見事に真っ二つに割れている、ように見えた。


「ちょっと待って、もう少し真正面に入れるから」


ゼロ・グラビティ(無重力)の中、ぐいっとシートに腰を押し込んだリサが、小刻みにブースト・ペダルを踏み込みながら、アティット・スティック(姿勢制御桿)をちょこちょこっと()じる。


バーニア(姿勢制御推力器)が何度か噴け上がる気配がして、アモンの艦首が向きを変え、フロント・ウィンドウ真正面にピュシス・プルシャの姿を捕える。


「──確かに、割れている・・・ッ?」


その直視したピュシスの姿に、ミルシュカが思わず腰を浮かせる。


ミルシュカの目にも、白寒(びゃくかん)の惑星が、確かに真っ二つに割れて見えていた。クラック(裂け目)は北極と南極を結ぶ経度線で、球体に(ひび)が入っているようにも見える。地表で見た、巨大なフォッサ・マグナ(地殻裂溝)がぐるりと一周したような感じだった。半球の隙間は、僅かに空いているようにも見えるが、その隙間からでは惑星中心部を垣間見られないため、本当に割れているのかは定かではない。


()しんば割れているなら、内部はどうなっているのか──ミルシュカの頭の中に、疑問の渦が一気にぐるぐると渦巻く。


ピュシス・プルシャの重力ポテンシャルは減少し続けており、アールスフェポリットのステーションは、その対地同期軌道から外れつつある。それにベアトリーチェは、自転速度が上がっていると観測していた筈だが、自転しているようには見えない。対地同期軌道から遠ざかりつつあるステーションと、そのステーションに同期しているアモンのベクトルは変わっていないのだから、ピュシスの自転速度とズレが生じて、ピュシスが自転している(さま)が目に見えていなければ奇矯(おか)しい。


その動きを止めて2つに割れたピュシス・プルシャは、まるで惑星そのものの“死”、時間さえ超越した宇宙の終焉を垣間見ているようだった。


「──と言うか、徐々に、砕けて行っていない・・・?」


リサの言葉に、ミルシュカが改めて目を凝らす。


確かに、経度に沿って走っていたクラック(割れ目)から、今度は緯度線に沿うように割れ目が無数に伸びて行っていた。ピュシス表面があれよあれよと言う間に、無残に(ひび)割れで覆われて行く。3万キロ以上離れた惑星なので、一見ではスケール感が掴みにくいが、(ひび)割れ自体は地表では幅何十キロ何百キロと言う単位であり、(ひび)が走る速度も1秒間に何十キロ何百キロだ。


「でも何故・・・!」


ミルシュカは、ウィンドウ越しに目視できるピュシスの姿と、メイン・ビジョン上に映り込んでいる、オーロラ(電離層磁気燭光)の極彩色を纏った白寒(びゃくかん)惑星(ほし)の姿を見比べた。


「映像のピュシスと目視する姿が、丸っきり違っているなんて・・・!」


「ビーチェ、あんた、あの現象を視認出来ている?」


リサも頭上の映像とウィンドウに、(せわ)しなく上下に首を振る。


「いえ、おっしゃっているような割れ目も裂け目も、光学視認出来ません」あっさりとしたベアトリーチェの返答が、一瞬言い淀んだように聞こえた。「──ただ」


「ただ・・・?」


「当該惑星ピュシス・プルシャの、光学検知映像上において、その実像の不透明度が下がっています」


そのベアトリーチェの言い草は、どこか歯切れが悪く、まるで適切な語彙を見つけられず、どう表現して良いか迷っている風であった。


「──何・・・? 不透明度・・・って・・・? どう言う事?」


耳にするリサも当然のように、報告された趣旨を飲み込めないでいる。


「撮像データからの光学検知解析では、ピュシス・プルシャの実像に背後の恒星が、二重写しになっていると解釈できます」


「二重写し・・・?」


持って回ったベアトリーチェの言い方に、リサが怪訝な顔をする。


「──リサ」じっと映像の惑星を見ていたミルシュカが、呟くように声を上げた。「あのピュシス、映像の中の惑星(ほし)って、ちょっと透けているように見えない・・・?」


「透けてる・・・?」ミルシュカの言葉に、リサが改めてメイン・スクリーンを見上げた。「──惑星(ほし)が・・・?」


「ベアトリーチェ、これ、重力レンズ現象じゃないの?」


「いえ、その現象が起きる要因が見当たりません」ミルシュカの問いに、ベアトリーチェは淀みなく返答した。「ただ、この現象を説明し得る光学現象や、天体観測状況、物理的事由を見出す事も出来ません」


「システムたるベアトリーチェの感知と、人間の視覚認知が違っている・・・?」ミルシュカが考え込むように、独り()ちる。「──まるで、あの結晶化現象みたいね・・・」


「ビーチェ、あんた、観測しているシステムとしては、オーバー・ヘッド(お手上げ)、と言う訳?」


正体不明の現象に、リサが少しばかり、皮肉っぽい口調で言った。


「はい。全く、アス・アウト(お手上げ)、と言う意味です」


そんなリサの当て擦りを斟酌する筈もないベアトリーチェが、鋭く切り返して来る。その予想だにしなかった言い回しに、リサが思わず、ぶっと噴く。それ、ジィクに教えてもらったの? と問い返すリサにベアトリーチェが、いえ、ネルガレーテです、と返したものだから、リサがまたまた噴き出した。





★Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・2/次Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・3

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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