Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・1
イル・プレージオが、残っていた2発のバリオニック・アナイアレート・ミサイル(重粒子対消滅弾頭誘導弾)を発射した、その直後だった。
「──敵艦、迫ってきます・・・!」
「ドッジング(回避機動)だ・・・ッ! 回避しろ・・・!」
オペレーター(探測担当)の声に、イル・プレージオの若い船長が咄嗟に叫ぶ。
強烈な振動に揺さぶられ、ブリッジ(船橋)正面の小さなフロント・ウィンドウの左舷側から遠くへ飛び抜けるの火球が目に入る。トリガー(引金)を引いたアディが、ミスマーク(失中)と歯噛みした、イル・プレージオを掠めるアモンからのプラズマ・ブラスターだった。それでもイル・プレージオのブリッジ(船橋)には警報が鳴り渡り、パイロット(操船担当)が慌てふためく。
「被弾しました! 船体左舷です! バルクヘッド(隔壁)閉鎖! ダメージ・コントロール(被害局限対応)に入ります!」
「──被害は・・・ッ?」
「船内環境に、シリアス・アブノーマリティ(見逃せない異状)はありません。被害は軽微で、外装だけのようです・・・!」
若い船長の問いに、エンジニア(機関動力担当)が声を返す。
紙一重の回避機動が、何とか功を奏したらしい。アモンからのプラズマ・ブラスターを擦過されたが、直撃だけは回避できた。イル・プレージオも軍事用途の就役船ではないため、外鈑と言っても商用船と然して変わらない。プラズマ弾を直撃されたら、大破は免れない。中り所が悪ければ、100メートル級のイル・プレージオなら一撃で航行不能に陥る。
「ミサイル(誘導推進弾)はどうなった・・・ッ?」
キャプテン・シートの傍らに設置された専用シートの中で、青筋を立てるギルステンビュッテルが声を張り上げた。
「現在加速しながら、着弾コースに乗っています。弾着予測ポイントまで1800キロ」
「敵艦はどこにいるッ? 位置を把握しろ!」
オペレーター(探測担当)の報告に、ギルステンビュッテルが思わず声を荒げる。
「敵艦が転針しました! 此方にではありません!」
「──ミサイル(誘導推進弾)の迎撃に向かったのか・・・ッ?」
「サーペンスアルバスはッ? ペトロフスキーは何をやっている・・・ッ!」
少し焦ったように問い質す船長に、ギルステンビュッテルが頭ごなしに怒鳴った。
「──プレジデント(支社長)! どうなされますか・・・ッ?」
「忌々しい、破落戸どもめが・・・!」
斟酌して来る船長に、ギルステンビュッテルが怒気を漲らせた矢庭。
「ミサイル(誘導推進弾)からの信号をロスト(識失)! 撃破されたようです・・・!」
唐突に上がって来たオペレーター(探測担当)からの報告に、ギルステンビュッテルが一瞬唖然とした。憤然と言葉を失くした支社長に、船長が恐る恐る声を掛ける。
「──一度、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)へお戻りに・・・」
「戻る・・・ッ?」
まるで売られた喧嘩を買ったように、ギルステンビュッテルが目を吊り上げて睨み返した。
「ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)自体が、完全な機能不全に陥っているんだぞ!」
「──しかしこのままでは、奴ら、また向かって来るおそれが・・・」
若いチルソニア人船長は恐縮至極に、泣き言を漏らす。だが実際、戦闘用の艤装など施されていないイル・プレージオでは、あのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)機艦に太刀打ちする術が無い。垣間、手詰まりの沈黙が流れるブリッジ(船橋)に、再びオペレーター(探測担当)の尖り声が上がった。
「船長! サーカマスタンス・ラジエーション(空間環境背景輻射)の急激な増大を計測。太陽嵐の第2波だと思われます! 到達まで約2分半です!」
「このタイミングで来るとは、どこまでも癇に障る星系だ・・・!」
ギルステンビュッテルは、心底腹立たしそうに言葉を吐き捨てた。
「時間の問題で、太陽嵐の第3波も襲来します。再びウェーバ・デタッチ(磁荷噴出塊)に襲われる危険も有りますが・・・」
船長の言葉に、束の間考え込んだギルステンビュッテルが渋面を作って口を開く。
「──止むを得まい。一旦、星系外へ退避する」
そこまで言ったギルステンビュッテルが、急に態度を変えて言い直した。
「あ、いや、そのまま本国へ帰還する・・・!」
既に打電した増援要請の通信は、本国に届くまでまだ時間が掛かる。
更にもう一度、それ以後の事態を含めて打電するにしても、通信だけではとても全容を伝えきれない。それに改めて打電するより、実は超対称性場推進で外洋航行して帰還する方が早い。
「外洋航行の準備に入りますか?」
「当然だ・・・!」
船長がパイロット(操船担当)に、当該太陽系を離脱する、と命じ、エンジニア(機関動力担当)には、超対称性場推進機関を準備しろ、と指示してからギルステンビュッテルを振り返った。
「──それで、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)へは何と・・・?」
「今更に、連絡が付くものならな・・・!」吐き捨てるように言いながら、ギルステンビュッテルは少し考えを巡らせた。「あ、いや、第2惑星のロジスティック(輜重拠点)を呼び出せるか?」
ギルステンビュッテルの指示にリエゾン(通信担当)が、少し間を置いて残念そうに声を上げた。
「──駄目です、応答ありません」
「前回の太陽嵐の所為か・・・?」
ギルステンビュッテルは少しばかり落胆した。
ヒゴ社が第2惑星の対地同期軌道上に置いているロジスティック(輜重拠点)には、宙空間に相当な物資をストックしているが、周期のタイミングが悪いと先程の太陽嵐の第3波か、チャージトランジション・ウェーバ・マス(相転移磁荷凝縮塊)直撃の危険に曝される羽目になる。連絡が付かないとなると直接確認したいところだが、再度の太陽嵐第3波の襲来が時間の問題である今、確認しに行く時間的余裕はない。
「太陽嵐の第2波、襲来します・・・!」
少しばかり緊張したオペレーター(探測担当)の声がブリッジ(船橋)に響く。
サラウンディング(宙空間環境)のモニター・ディスプレイを凝視していたオペレーター(探測担当)が、徐ら息を吐き出す。
「第2波、通り過ぎました」
オペレーター(探測担当)の声に、船長が、超光速航行への準備を急げ、と怒鳴った。
ギルステンビュッテルは、後を頼んだぞ、と言い残し、ブリッジ(船橋)を出て狭い通路を通って専用キャビン(個室)に戻った。
イル・プレージオは100メートル級なので、外洋宇宙船としてはかなり小さい。ヒゴ・プロパティ・アンド・マテリアル本社から、支社長専用船として用意されたものだが、ギルステンビュッテル自身は気に入っていなかった。
小さい船殻へ半ば強引に、外洋航行用の超対称性場推進機関を押し込んであるので、船内居住設備が犠牲にされ、船内は閉塞感があって狭苦しい。なので専用のキャビン(個室)と言っても、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)のゆったりしたプライベート・ルームとは比べるまでもなく、こんじんまりとしていて飾り気もなく簡素だ。ブリッジ(船橋)に居ればまだ気も晴れるが、手狭で素っ気無い自室に篭ると、まるで尾羽打ち枯らした敗残兵のように気が滅入る。
そのキャビン(個室)は、入ってすぐに応接セットと執務用デスクがあり、その奥が寝室と専用のサニタリー設備の2室構成にはなっている。サンドラが運び込んでおいてくれた、2つの保管ケースはデスク脇の床に置いてあった。
“──何にしても本来の採鉱事業とは別に、あの謎に盈ちたミシック・シビライズド・ビジター(神話的文明来訪者)を、もう一度探り当てる必要がある”
ギルステンビュッテルはベッドに腰を落とすと、サイドボードからブランダ・ワイン(蒸留果実酒)を取り出し、壜口から直接軽く煽った。
ミシック・シビライズド・ビジター(神話的文明来訪者)が持っていたであろう失われた未知なる科学力と、このカルダゴの世界樹が顕現させている結晶化現象──詩的表現に過ぎるとは思ったが、他に当て嵌めるべき言葉が見当たらない。
学術的な意味合いは解らないが、あのモスバリーがあれほど興奮していた現象だ。エントロピー・デーモンとやらを解明して工学的応用に結びつけられれば、いや、その端緒だけでも手を付けられれば、この世界が一変する事は間違いない。
“モスバリーを失い、残した研究成果も逸した今、この微かな手掛かりを着実に手繰り寄せられる人材を、何としても探し出して来なければ・・・”
壮大すぎる想見かもしれないが、銀河合衆機構もベオウォルフ条約連盟も、ロスチャイルズ経済連衡すらナンセンスにしてしまうようなパラダイム・シフトが起きる。そして偶然か必然かは分からないが、兎に角、その変革の嚆矢に最も近いのが自らであり、その変革を起こせるのは唯一自分しか居ない──ギルステンビュッテルはそう感じていた。
ギルステンビュッテルがもう一口含んで、ほう、溜め息を吐いた矢庭、デスク付属のインカム(艦内通話機)から呼び出し音が響いた。
酒壜を戻して気怠そうに腰を上げたギルステンビュッテルが、重い足取りでデスクへ歩み寄る。面倒臭そうに机上に左手を着いて、右手をインカム(艦内通話機)のスイッチに伸ばした。消面の小さなモニター・ディスプレイに、チルソニア人の若い船長のバストショットが映った。
「プレジデント(支社長)、超対称性場推進機関の起動が完了しましたので、間も無く超光速航行ステータスへ移行します」
「ああ、分かった。暫くしたら私もブリッジ(船橋)に上がる」
「──それから惑星カルダゴなのですが、何やら大きな異変が起きていまして・・・」
「異変・・・?」
またか、とうんざりするギルステンビュッテルが、溜め息を吐きながら肩を落とす。その刹那、目に入った自らの左手の有り様に、ギルステンビュッテルは唖然とした。
「先ずは映像を──」
船長の声がして、カルダゴ──アールスフェポリット社側がピュシス・プルシャと呼ぶ惑星の姿が映り込む。そこに白寒の姿はなく、惑星全体が七色のオーロラ(磁気励起発光)に包まれていた。しかも何かに憤っているかのように、凄まじい雷光が惑星表面の彼方此方に、次から次へと逐り抜けている。
「当船のサラウンディング(宙空間環境)観測機能では詳しい状態を把握できませんが、どうやら惑星自身の重力が変動していて、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の軌道がカルダゴから遠ざかっています」
ギルステンビュッテルには、若き船長の少しばかり興奮した声は届いていなかった。
静かに踵を返したギルステンビュッテルが、隣室にあるサニタリーへ駆け込む。シャワー脇に設置された洗面の上の鏡を見て、言葉を失った。
左目上の額の一部に、結晶化が現れていた。
ヒゴ・プロパティ・アンド・マテリアル社のプレジデント(支社長)ギルステンビュッテルは、結晶化して水晶のように輝き始めている自らの左手の甲を、ただじっと見詰める。
だが不思議と、不安感はなかった。
いや寧ろ、こうなる事が当たり前のような気がして来た。
“自分は変梃しくなったのか? 気が狂れたのか・・・?”
その疑問すら、まるで他人事のように感じ始めていた。
“──自分とは、誰だ・・・?”
深い思索に落ち込んだように、ギルステンビュッテルは、そのまま静かに床にへたり込んだ。
“私は、何をしなければならなかったのか──”
どうも上手く考えが纏まらない。いやそもそも、纏める必要があるのか。
まるで心が溶け出して行くようだった。解放感とともに、何故か軽い高揚感を感じる。
恍惚の笑みを浮かべるギルステンビュッテルを乗せて、イル・プレージオは本国ミレーに向けて超対称性場推進航行に入った。
* * *
「──兄貴、さすがに、もう動けませんぜ」
ウドムからの、完全にお手上げ、と言った声音だった。
奮戦空しくサーペンスアルバスは、ドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)、グリフィンウッドマックの機艦アモンの前にほぼ完敗だった。初戦で右エンジンを完全に潰され、今し方の決定的に敗れた対艦戦では左エンジンも損壊させられた。直後に被曝した太陽嵐の第2波は大過なく遣り過ごせたものの、通常宙空間用のフェルミオン推進主機は既に青息吐息で、とても継戦可能な状態ではなかった。
「これまで、だな」
呟くように声を漏らしたペトロフスキーが、ゼロ・グラビティ(無重力)の中、キャプテン・シートの背に身を投げ出した。
「──ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)にランデブー(軌道会合)出来るか?」
ブリッジ(艦橋)のメイン・ビジョンには、サーペンスアルバス後方に浮かぶ、見るも無残なナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の姿が映っていた。徐々に遠ざかって見えるのは、先行するサーペンスアルバスとのベクトルが違うからだ。対地同期軌道に乗っているナースィラ・ハロゥ(福音の後光)は、秒速約3キロでピュシス・プルシャを周回している。
「ちょっとぎこちなくなりやすが、なんとかなりそうでさあ」
ウドムからの返答に、ペトロフスキーが喧しいブリッジ(艦橋)を見渡した。
ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)との一戦で、満身創痍に陥った艦のダメージ・コントロール(被害局限対応)で、ブリッジ(艦橋)要員は各部署との遣り取りで周章騒然としていた。
それでも大破したのがナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の近傍宙域で助かった。溺れる者は藁をも掴む、とは良く言ったもので、とにかく寄り付く縁があるのはほっとする。
「リエゾン(通信担当)、イル・プレージオには連絡が付くか・・・?」
ちょっと待って下さい、との返答に頷きながら、ペトロフスキーはインカム(艦内通話機)を切り替えて声を上げた。
「──保安担当。2、3人選抜して、エアロック(気密隔室)に集めとけ」通話相手からの返答に2、3度軽く頷いて、ペトロフスキーが短く指示した。「──そうだ。ロンパス(気密与圧服)を着させておけ。外に出る」
「──駄目です」情けない口調で、リエゾン(通信担当)が声を上げた。「イル・プレージオと連絡が取れません。呼び掛けてはいるのですが、応答がありません」
「ふーむ」ペトロフスキーは軽く頬を掻いた。「──オペレーター(探測担当)、旦那の船の位置は分かるか?」
「いえ」若いオペレーター(探測担当)が直ぐさま、しゃあしゃあと返して来た。「敵艦との戦闘中に、位置とベクトルをロスト(識失)しました」
その返事にペトロフスキーは、何と優秀なクルー(乗艦員)だ、と腹の中で毒突き嘆く。
「兄貴、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)へ着底しますぜ」
ウドムからの声が上がって、バーニア(姿勢制御推力器)が幾つか噴いた気配はしたが、艦体が何かに接触したような振動は伝わって来なかった。
「ウドム、気休めだが、カンパニー・ラジオ(社用規定通信)でメーデー(救難事態宣言)を発信しておいてくれ」疲れ切った表情を浮かべたペトロフスキーが、ゆっくりとシートから浮かび上がった。「それと艦内の状況を把握して、ダメージ・コントロール(被害局限対応)はエアプルーフ(気密)保持と火災の防止、それに負傷者救助が最優先だ」
「兄貴は・・・?」
ハーネスを外したウドムが、宙に浮き上がりながら振り向いた。
「ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の中の状況を確認して来る」ペトロフスキーは渋面に口をヘの字に曲げて見せた。「避難するにも、どっちがマシか、って程度比べだ」
「──メーデー(救難事態宣言)つっても、本社の連中、来てくれますかね?」
「旦那の話じゃ、援軍が来るのは間違いなさそうだし、それまでなんとか持ち堪えるしかねぇだろう」
「イル・プレージオは・・・?」
「当てにはするな」
ブリッジ(艦橋)を後にするペトロフスキーが振り返り、素っ気無く言った。
「あの旦那は、そこまで慈悲深くはないさ」
「──そんなもんですかね」ウドムは肩を窄めたが、言葉ほどには失望した様子を見せなかった。「スクランブル・エッグ(御歴々)は、いつも冷てぇ」
ブリッジ(艦橋)を出た直ぐ通路口、酷く焼け焦げた床の上を、ペトロフスキーが跳ねるように飛び抜ける。サーペンスアルバスは、ブリッジ(艦橋)のあるデッキ(階層)全体がウェイトレス・デッキ(無重量環境階層)で、ウェイト・デッキ(有重量環境区画)は艦内中央のアコモディション・デッキ(乗居区画)だけだ。床に付いた焦げ痕は勿論、アディとリサが乱入し、ミルシュカを連れ去って逃げる際、乗っていた履帯モーターサイクルに火を掛けた痕だ。
“──何にしても、相手にした連中が悪すぎた”
疾うの昔に、後悔する事を止めたペトロフスキーだったが、今回だけは愚痴りたくなる程だった。イル・プレージオも連絡が付かないと言う事は、あのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)にやられたのかも知れない。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




