Act.30 攻撃命令・6
「サーペンスアルバスの位置を計測しろ!」
アディからの鋭い声が飛ぶと同時だった。
「──しまった! 動きを読まれてるッ!」
「サーペンスアルバスの艦影を捕捉できません」
リサの叫びとベアトリーチェからの声が同時だった。
咄嗟にリサがアティット・スティック(姿勢制御桿)を捻り込んで、ブースト・ペダルを踏み付けた。間髪入れず強烈な加速ガルが掛かって、アモンの艦体が跳ねるよな機動を見せた刹那、予想だにしなかった後方から、プラズマ火球が2発3発と飛び抜けた。
言わずと知れた、サーペンスアルバスからの砲撃だった。
サーペンスアルバスは、艦内で指揮を取るペトロフスキーが、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)を掩体に回り込んで来るアモンの動きを読んでいた。アモンがサーペンスアルバスをフォティック・ロスト(有視識失)した隙を突いたのだ。咄嗟にアモンの軌跡に直行するような軌道を取り、目一杯の加速を以てアモンと同じようにナースィラ・ハロゥ(福音の後光)を回り込み、先行するアモンの後ろを押さえた機動だった。
リサにしてみれば、アモンのこの強引な挙動で、追って来ていたサーペンスアルバスを真正面に捉えられる筈だった。
ところがナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の陰から飛び出た先に、敵艦の姿は無かった。サーペンスアルバスが居ない、と見て取ったリサが、咄嗟に危険を感じて本能的に取ったアモンの回避機動だった。
この直感と判断、そして咄嗟のドライブ(操艦)を再び見せられて、然る者ペトロフスキーもさぞや舌を巻いた事だろう。ドライブ(操艦)に長けたネルガレーテも一目置くほどのリサの勘だが、リサのドライブ(操艦)は、それで終わらなかった。
敵艦捕捉、07-05、距離2200メートル──ベアトリーチェからの測距が入ると同時だった。
エアロダイナミクス・マニューバ(大気圏内機動)で言うシャンデル機動を、バーニア(姿勢制御推力器)によるダイレクト・スラスト・フォース(直接姿勢制御推力)で行いながら、ファイア・ベクトル(砲口照準同軸針路)を確保する。ミルシュカの小さな身体が、今度はシートに減り込むのではないかと思われるほど圧し付けられ、場違いな嬌しい呻きを上げた矢庭。
「──タード・ベアード(髭野郎)! 今度こそッ!」
ジャイロ・ファインダー(連動座標式三次元照準装置)を睨んでいたアディが、トリガー(引金)を握る手に力を込める。刹那、サーペンスアルバスがバーニア(姿勢制御推力器)を噴かした。
だが次の瞬間、回避機動を起こす間も無く、魔法のランプのような赤茶の艦体左舷側に、アディの放ったプラズマ弾が突き刺さった。弾着による気化ガスを纏わり付かせるサーペンスアルバスの脇を、2キロの距離を置いてアモンが一瞬にして飛び抜ける。
「ヒット(命中)しました」
ベアトリーチェの声に、小さく歓喜したネルガレーテが、続くベアトリーチェの言葉にぎりっと歯噛みした。
「──新たな飛翔体を確認しました。先程と同じ、アトム・ハート・マザー社製のデタッチ(系外縁氷体)破砕用バリオニック・アナイアレート・ミサイル(重粒子対消滅弾頭誘導弾)です。数は2、加速していますが方向はアールスフェポリット社ステーションの公転衛星軌道と交錯しています」
「──ギルステンビュッテルのゴールディ・ワーム(金色芋虫)ね・・・!」
「真正面だ! リサ!」ネルガレーテの声にアディの声が重なった。「スナビー・スカンク(鼻持ちならない野郎)の船は・・・!」
「逃がすもンですか!」
間髪入れずに応じたリサが、バーニア(姿勢制御推力器)を噴かせる。
「イル・プレージオ、02-11、距離1700、離脱軌道に乗っています」
ベアトリーチェの測距が入ると同時だった。
咄嗟にアディが放ったプラズマ・ブラスターが、イル・プレージオの金色した船腹を掠める。
「ちッ! ミスマーク(失中)・・・ッ?」
アディの言葉に被せるように、ネルガレーテが焦った声を張り上げた。
「此処は我慢して、リサ! 先にミサイル(誘導推進弾)を処理するの!」
悔しさ一杯に、テンフォー(了解)、と応答したリサが、アティット・スティック(姿勢制御桿)を押し込んで、ブースト・ペダルを踏み込む。反応良く、アモンの艦体が畝るように反転する。
「バリオニック・アナイアレート・ミサイル(重粒子対消滅弾頭誘導弾)は既に慣性等速運動中、距離1700キロ、ステーションへの弾着予測は8分後です」
「射角を取れ、リサ!」アディがジャイロ・ファインダー(連動座標式三次元照準装置)を覗きながら、トリガー(引金)に手を置く。「プラズマ・ブラスターで撃ち落とす!」
「最後の最後まで往生際の悪い、ロード・マック(高慢ちき野郎)!」
艦首を向けたまま、艦体にクラブスリップ(横滑り)するような慣性機動を待たせ、バーニア(姿勢制御推力器)でボアサイト(砲撃軸線)を確保する。バリオニック・アナイアレート・ミサイル(重粒子対消滅弾頭誘導弾)は、既に加速していないためベクトルは酷く単純で、狙い撃ちには単純すぎるターゲット(標的)だ。
ただ中型以下のミサイル(誘導推進弾)は、標的としては弾体自体が大きくないため、射軸を少し外しただけでもミスマーク(失中)する。プラズマ弾は亜光速だが、トリガー(引金)を絞ってから実際にプラズマ弾が発射されるまでのコンマ秒の誤差が、ミスマーク(失中)に直結する。なので艦載主砲のプラズマ・ブラスターの砲撃システムには、弾着点予測測距に伴う直撃射角補正のための、発砲間隔を考慮した連射機能が備わっている。
連射されたプラズマ火球が漆黒の宙空間を切り裂いて、イル・プレージオから放たれた2発のバリオニック・アナイアレート・ミサイル(重粒子対消滅弾頭誘導弾)に弾着する。プラズマ弾にはモーメント・マス(慣性質量)があるため、直撃による熱エネルギー変換作用と同時に、被弾衝撃による標的の運動ベクトルに変化を与えられる。1発は弾頭部に、もう1発は弾体中央部に被弾して、両ミサイル(誘導推進弾)とも弾かれたように跳ね、あらぬ方向へと軌道を変えられた。
「攻撃対象のミサイル(誘導推進弾)、全弾排除」ベアトリーチェの測距報告が、あっさりと入る。「高軌道ステーションへの着弾軌道を外れました」
「グレイビーソース・ボート(食器)はッ? サーペンスアルバスは・・・ッ?」
それでも気を抜かないネルガレーテが、急くように問い質す。
「現在サーペンスアルバスとは距離1500キロ、ファック・ハロゥ(最悪の後光)とのランデブー(軌道会合)に入っています」
「今度こそ、完全に戦意喪失、かしらね」
ベアトリーチェからの言葉に、明白にネルガレーテがほっと一息吐く。
向かって来る気配がない、と言う事は、最後の直撃被弾が致命傷になったと言う事だ。サーペンスアルバスから降参の通達はないものの、刀折れ矢尽きてまともに動ける状態ではないだろう。
「それで、ゴールディ・ワーム(金色芋虫)は──」
ネルガレーテが、そう言い掛けた矢先。
「──サラウンディング(宙空間環境)に大きな変化を観測。サーカマスタンス・ラジエーション(空間環境背景輻射)におけるエネルギー波動が増加しています」
唐突なベアトリーチェからの報告に、ネルガレーテの柳眉が跳ねる。
「放射線近似のエネルギー波動による太陽嵐の第2波と推測します。被曝まで約4分です」
「──ユーマ、聞こえる?」ネルガレーテが反射的に、インカム(艦内通話機)に声を上げた。「太陽嵐の第2波が来るわ。外に出ていないわね?」
「ネバー・マインド(心配しないで)。ちゃんと頃合いを見計らっていたわよ」
落ち着いたユーマの返答に、ネルガレーテが小さく頷く。
太陽嵐の第2波は、電離放射線に因るエネルギー波動で、人体に直に浴びるとエクスポーズ(放射線被曝)する。亜光速で襲来するため、可視光を含む光速の第1波より数時間遅れて到達する。通常の宇宙艦船では宇宙線被曝抑止材として、ピュシス・プルシャでヒゴ社が採鉱しているチルソナイトに含まれる窒化チタン化合物のフォトニック結晶などが、外装に標準的に積層されている。
「イル・プレージオを光学視認しました。ピュシス・プルシャ公転面から33度の角度で、太陽系離脱ベクトルに乗っています」
「太陽嵐に紛れて、尻に帆掛けるつもり・・・?」さらに続いたベアトリーチェからの報告に、ネルガレーテは口惜しさ半分、呆れ半分に言葉を吐き捨てた。「あのマウス・バスタード(張ったり野郎)・・・!」
とは言うものの、グリフィンウッドマックには追撃してまでやり込める義務はない。
まあ、ネルガレーテにしてみれば、当面の厄介事の当事者が自ら幕引きを図ってくれたのなら、これ以上無用な戦闘も気遣いもせずに済む。ギルステンビュッテルが捲土重来を期して、ヒゴ・プロパティ・アンド・マテリアル社を率いて再びこの星域に戻って来るつもりなのか、目の上のたん瘤と敵にするアールスフェポリット社に何れ逆襲するつもりなのかは知らないが、そんな先の事までは与り知らぬ事だ。
後は酔狂にも人道的支援と言い出してしまった、太陽嵐の第3波とチャージトランジション・ウェーバ・マス(相転移磁荷凝縮塊)の回避だけに手を貸してやれば、それ以上にアールスフェポリット社に関わる事由も必要もない。今回はリサの初仕事とあって、普段より時間的余裕を取ってあったが、さすがに後ろのスケジュールも詰まって来ていて、何時までもこの宙域には留まっている訳にはいかない。
ベアトリーチェから、防護ヴァイザを上げます、との声が聞こえ、フロント・ウィンドウに再びヴァイザがせり上がって来た。ネルガレーテはヒップフラスコ(携帯用酒容器)から一口含み、ほうと息を吐き出した。
「──電離放射線による太陽嵐の第2波、到達します」
ベアトリーチェからの報告に、ブリッジ(艦橋)内に20秒ほどの沈黙が流れる。アモン艦内には特に変わった事は起きず、ベアトリーチェも何事もなかったようにヴァイザを下ろしながら、可愛い声を上げた。
「──ステーションのジィクから通信が入っています」
ほう、と吐息を一つ、気を取り直したネルガレーテが、回して、と返事した矢庭。
「──ネルガレーテ、ちとシリアスな状況になった」
ジィクの、低く気が滅入るような声がブリッジ(艦橋)内に響いた。
「シリアス(深刻)・・・?」
言葉もそうだが、いつもと違うジィクの声音に、ネルガレーテが訝る。
「実はな」ジィクが思わせ振りな溜め息を吐いてから、言葉を継いだ。「ロンパス(気密与圧服)の数が足らないんだ」
「──は・・・はあァ・・・ッ?」
それを聞いたネルガレーテが、柿色の瞳を丸くして、素っ頓狂な声を上げた。
★Act.30 攻撃命令・6/次Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・1
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




