第十八話「陰と陽、動く」
一
「全員、集まってください」
三峰静華の声で、事務所にいた全員がデスクを囲むように集まった。宇治神燈夜、安倍葛乃、芦屋道雄、只野人志。五人が揃うのは久しぶりだった。
「昨日届いた常世会からの書面について、今後の対応を話し合います」
三峰は書面のコピーをテーブルに置いた。全員がもう一度目を通した。
「新たな武器、というのが気になりますね」
三峰が言った。
「今までの脅威度とは明らかに違う書き方です。単なる脅しではないと考えた方がいいでしょう」
「先生、心当たりは」
三峰は続けて芦屋を見た。芦屋は少し間を置いてから答えた。
「まだ確証はありません。ただ、木札の技術を模倣しようとする動きがあるという噂は、以前から耳にしていました」
「模倣」
「私の研究は、独自に積み上げてきたものです。簡単に真似できるものではないはずですが……もし誰かが不完全な形でも再現できたとしたら」
芦屋の表情に、珍しく影が差した。
「危険なものになるかもしれません」
二
葛乃は話を聞きながら、緊張を隠せなかった。
「私たちは、どう動けばいいんですか」
「警戒レベルを上げます」
三峰が言った。
「単独での行動は控えてください。案件対応も二人以上で。それと」
三峰は全員を見回した。
「各自、位置情報共有アプリのGPSは常にオンにしておいてください。何かあった時にすぐ対応できるように」
「わかった」
燈夜が答えた。只野も頷いた。
「万が一、常世会が直接接触してきた場合は、絶対に単独対応しないこと。必ず報告を」
「はい」
葛乃と只野が同時に答えた。
会議はそれで終わった。特に目立った結論は出なかった。ただ、警戒を強めるという方針だけが確認された。
三峰が最後に言った。
「今日はこれで解散します。皆さん、気をつけて」
燈夜はデスクに戻り、報告書に向かった。葛乃も自分のデスクに戻った。芦屋は道具を片付け始めた。
只野は鞄を持って立ち上がった。
「僕、今日は先に帰りますね。お疲れ様でした」
「気をつけて帰れ」
燈夜が言った。只野はいつもの営業スマイルで頷き、事務所を出て行った。
三
同じ夜。
都内から離れた郊外の廃ホテルだった。かつて営業していたが、十年以上前に閉業し、そのまま放置されている建物だった。表向きは誰も近づかない廃墟。しかしその地下には、常世会の拠点があった。
薄暗い会議室に、七人の男女が集まっていた。地方ごとに担当を分けた幹部たちだった。北海道、東北、関東、中部、関西、中国四国、九州。それぞれが違う年齢、違う雰囲気を持っていた。共通しているのは、目の奥に宿る強い意志だった。
部屋の奥、一段高くなった場所に、覆面の人物が座っていた。
黒いアイマスク、目深に被った帽子、口元を覆うマフラー。誰も、その素顔を知らない。
「全員揃ったな」
覆面の人物が口を開いた。声には、感情の起伏がなかった。
「片付け屋に宣戦布告を送った。奴らも動き始めるだろう」
関東担当の幹部が口を開いた。あの北関東の集落で逃げた男だった。
「片付け屋の実力は侮れません。特に宇治神燈夜という男、適性が高い」
「わかっている」
覆面の人物は静かに答えた。
「だからこそ、新しい力が必要だ」
覆面の人物が視線を横に向けた。
「新たな武器を開発してくれている、藤原顕彦くんだ」
影の中から、一人の男がスッと歩み出た。
四
白衣を着ていた。
年齢は四十代前半。眼鏡の奥の目は冷静で、どこか怜悧な印象があった。動作の一つひとつに、無駄がなかった。
どこか、覚えのある雰囲気だった。しかし誰も、その正体を知らなかった。
男は静かに頭を軽く下げた。
幹部たちが注目した。藤原はデスクの上に、木札に似た道具を置いた。ただし、怪遺局のものとは明らかに違う形状だった。より複雑な紋様が刻まれ、金属の縁取りがされている。
「これは、私が独自に開発した術式具です」
藤原は淡々と説明を始めた。
「怪遺局の木札には、適性という制約があります。使える人間が限られている。しかしこれは、適性の有無に関わらず、誰でも扱うことができます」
「誰でも?」
九州担当の幹部が身を乗り出した。
「そうです。特別な訓練も必要ありません。使い方さえ覚えれば、誰でも妖怪に対処できる」
「効果は」
覆面の人物が静かに聞いた。藤原は道具を手に取った。
「怪遺局のやり方は、生ぬるい。浄化だの、移送だの、鎮魂だの。妖怪を甘やかしているに過ぎません」
藤原の声に、初めて僅かな感情が滲んだ。
「これは、消滅のためだけに作られています。残滓も、本体も、跡形もなく消し去る。それがこの道具の目的です」
部屋に静寂が落ちた。
覆面の人物が、ゆっくりと立ち上がった。
「よくやった」
短い言葉だった。しかしその声には、確かな満足が滲んでいた。
「これで、我々は片付け屋に頼る必要がなくなった」
五
覆面の人物は、七人の幹部たちを見回した。
「日本各地に潜む妖怪を、殲滅する。それが我々の悲願だ」
幹部たちが頷いた。
「各地方の担当者は、この道具を持ち帰り、実行に移せ。妖怪を見つけ次第、容赦なく消し去れ。片付け屋が介入してきた場合は、排除しろ」
「はい」
七人が声を揃えた。
藤原は静かに、道具を一つずつ幹部たちに手渡していった。その表情には、達成感とも執念とも取れる複雑な色が浮かんでいた。
覆面の人物は、その様子を眺めていた。アイマスクの奥で、何を思っているのか誰にもわからなかった。
会議室の窓の外、月のない夜が広がっていた。
常世会は、動き始めた。
六
同じ頃、葛乃は自宅のベッドに横になっていた。
スマートフォンを開き、位置情報共有アプリを確認する。燈夜、三峰、芦屋、只野。それぞれの名前が地図上に表示されていた。
燈夜と三峰は、まだ事務所にいるようだった。只野は自宅アパート。芦屋は繁華街の方向、飲み屋にでも寄っているのだろうか。こんな時にお酒だなんて、と葛乃は少し苦笑した。
それぞれの場所が、地図の上に静かに示されていた。
葛乃はスマートフォンを閉じた。
今日の会議のことを思い返した。常世会からの宣戦布告。新たな武器。何かが大きく動き出している気配がした。
葛乃は天井を見上げた。
まだ知らないことばかりだ。鵺のこと、自分の中にあるという何かのこと、燈夜が抱えている理由のこと。
でも今は、それでいい。
いつか全てが繋がる時が来る。その時まで、目の前のことに向き合っていくしかない。
葛乃は目を閉じた。
窓の外、夜が静かに更けていった。
第十八話 了
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康公




