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第十八話「陰と陽、動く」

「全員、集まってください」

 三峰静華みつみねしずかの声で、事務所にいた全員がデスクを囲むように集まった。宇治神燈夜うじがみとうや安倍葛乃あべくずの芦屋道雄あしやみちお只野人志ただのひとし。五人が揃うのは久しぶりだった。

「昨日届いた常世会じょうせいかいからの書面について、今後の対応を話し合います」

 三峰は書面のコピーをテーブルに置いた。全員がもう一度目を通した。

「新たな武器、というのが気になりますね」

 三峰が言った。

「今までの脅威度とは明らかに違う書き方です。単なる脅しではないと考えた方がいいでしょう」

「先生、心当たりは」

 三峰は続けて芦屋を見た。芦屋は少し間を置いてから答えた。

「まだ確証はありません。ただ、木札きふだの技術を模倣しようとする動きがあるという噂は、以前から耳にしていました」

「模倣」

「私の研究は、独自に積み上げてきたものです。簡単に真似できるものではないはずですが……もし誰かが不完全な形でも再現できたとしたら」

 芦屋の表情に、珍しく影が差した。

「危険なものになるかもしれません」


 葛乃は話を聞きながら、緊張を隠せなかった。

「私たちは、どう動けばいいんですか」

「警戒レベルを上げます」

 三峰が言った。

「単独での行動は控えてください。案件対応も二人以上で。それと」

 三峰は全員を見回した。

「各自、位置情報共有アプリのGPSは常にオンにしておいてください。何かあった時にすぐ対応できるように」

「わかった」

 燈夜が答えた。只野も頷いた。

「万が一、常世会が直接接触してきた場合は、絶対に単独対応しないこと。必ず報告を」

「はい」

 葛乃と只野が同時に答えた。

 会議はそれで終わった。特に目立った結論は出なかった。ただ、警戒を強めるという方針だけが確認された。

 三峰が最後に言った。

「今日はこれで解散します。皆さん、気をつけて」

 燈夜はデスクに戻り、報告書に向かった。葛乃も自分のデスクに戻った。芦屋は道具を片付け始めた。

 只野は鞄を持って立ち上がった。

「僕、今日は先に帰りますね。お疲れ様でした」

「気をつけて帰れ」

 燈夜が言った。只野はいつもの営業スマイルで頷き、事務所を出て行った。


 同じ夜。

 都内から離れた郊外の廃ホテルだった。かつて営業していたが、十年以上前に閉業し、そのまま放置されている建物だった。表向きは誰も近づかない廃墟。しかしその地下には、常世会の拠点があった。

 薄暗い会議室に、七人の男女が集まっていた。地方ごとに担当を分けた幹部たちだった。北海道、東北、関東、中部、関西、中国四国、九州。それぞれが違う年齢、違う雰囲気を持っていた。共通しているのは、目の奥に宿る強い意志だった。

 部屋の奥、一段高くなった場所に、覆面の人物が座っていた。

 黒いアイマスク、目深に被った帽子、口元を覆うマフラー。誰も、その素顔を知らない。

「全員揃ったな」

 覆面の人物が口を開いた。声には、感情の起伏がなかった。

「片付け屋に宣戦布告を送った。奴らも動き始めるだろう」

 関東担当の幹部が口を開いた。あの北関東の集落で逃げた男だった。

「片付け屋の実力は侮れません。特に宇治神燈夜という男、適性が高い」

「わかっている」

 覆面の人物は静かに答えた。

「だからこそ、新しい力が必要だ」

 覆面の人物が視線を横に向けた。

「新たな武器を開発してくれている、藤原顕彦ふじわらあきひこくんだ」

 影の中から、一人の男がスッと歩み出た。


 白衣を着ていた。

 年齢は四十代前半。眼鏡の奥の目は冷静で、どこか怜悧れいりな印象があった。動作の一つひとつに、無駄がなかった。

 どこか、覚えのある雰囲気だった。しかし誰も、その正体を知らなかった。

 男は静かに頭を軽く下げた。

 幹部たちが注目した。藤原はデスクの上に、木札に似た道具を置いた。ただし、怪遺局のものとは明らかに違う形状だった。より複雑な紋様が刻まれ、金属の縁取りがされている。

「これは、私が独自に開発した術式具です」

 藤原は淡々と説明を始めた。

「怪遺局の木札には、適性という制約があります。使える人間が限られている。しかしこれは、適性の有無に関わらず、誰でも扱うことができます」

「誰でも?」

 九州担当の幹部が身を乗り出した。

「そうです。特別な訓練も必要ありません。使い方さえ覚えれば、誰でも妖怪に対処できる」

「効果は」

 覆面の人物が静かに聞いた。藤原は道具を手に取った。

「怪遺局のやり方は、生ぬるい。浄化だの、移送だの、鎮魂だの。妖怪を甘やかしているに過ぎません」

 藤原の声に、初めて僅かな感情が滲んだ。

「これは、消滅のためだけに作られています。残滓ざんしも、本体も、跡形もなく消し去る。それがこの道具の目的です」

 部屋に静寂が落ちた。

 覆面の人物が、ゆっくりと立ち上がった。

「よくやった」

 短い言葉だった。しかしその声には、確かな満足が滲んでいた。

「これで、我々は片付け屋に頼る必要がなくなった」


 覆面の人物は、七人の幹部たちを見回した。

「日本各地に潜む妖怪を、殲滅せんめつする。それが我々の悲願だ」

 幹部たちが頷いた。

「各地方の担当者は、この道具を持ち帰り、実行に移せ。妖怪を見つけ次第、容赦なく消し去れ。片付け屋が介入してきた場合は、排除しろ」

「はい」

 七人が声を揃えた。

 藤原は静かに、道具を一つずつ幹部たちに手渡していった。その表情には、達成感とも執念とも取れる複雑な色が浮かんでいた。

 覆面の人物は、その様子を眺めていた。アイマスクの奥で、何を思っているのか誰にもわからなかった。

 会議室の窓の外、月のない夜が広がっていた。

 常世会は、動き始めた。


 同じ頃、葛乃は自宅のベッドに横になっていた。

 スマートフォンを開き、位置情報共有アプリを確認する。燈夜、三峰、芦屋、只野。それぞれの名前が地図上に表示されていた。

 燈夜と三峰は、まだ事務所にいるようだった。只野は自宅アパート。芦屋は繁華街の方向、飲み屋にでも寄っているのだろうか。こんな時にお酒だなんて、と葛乃は少し苦笑した。

 それぞれの場所が、地図の上に静かに示されていた。

 葛乃はスマートフォンを閉じた。

 今日の会議のことを思い返した。常世会からの宣戦布告。新たな武器。何かが大きく動き出している気配がした。

 葛乃は天井を見上げた。

 まだ知らないことばかりだ。ぬえのこと、自分の中にあるという何かのこと、燈夜が抱えている理由のこと。

 でも今は、それでいい。

 いつか全てが繋がる時が来る。その時まで、目の前のことに向き合っていくしかない。

 葛乃は目を閉じた。

 窓の外、夜が静かに更けていった。


第十八話 了

ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白いと思っていただけたら、感想・ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

次話もお楽しみに!


 康公こうこう

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