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第十七話「宣戦布告」

「案件……じゃないんですけど、これ渡されて」

 只野人志ただのひとしが、困惑した顔で一通の封筒を持って事務所に入ってきた。

「渡された?」

 安倍葛乃あべくずのが顔を上げた。只野は封筒を眺めながら、首を傾げていた。

「外で知らない人に呼び止められて、これを渡してくれって。宇治神さん宛てって言われたんですけど」

 宇治神燈夜うじがみとうやはデスクから立ち上がり、只野に近づいた。封筒を受け取る。何の変哲もない白い封筒だった。差出人の名前はない。

「どんな人物だった」

「えっと……普通の人でしたよ。特に怪しい感じはなくて」

 燈夜は封筒を開けた。三峰静華みつみねしずかが近づいてきた。

 中から出てきたのは、一枚の便箋だった。丁寧な、しかしどこか歪んだ筆致で文字が綴られていた。


 燈夜は文面に目を通した。

 読み進めるにつれて、その表情が変わっていった。

「宇治神さん」

 三峰が横から覗き込んだ。燈夜は無言で便箋を三峰に渡した。三峰も目を通し始めた。その顔が、次第に強張っていった。

 葛乃は二人の様子を見て、不安になった。

「何が書いてあるんですか」

 燈夜は少し間を置いてから、便箋を葛乃に渡した。

 葛乃は文字を追った。

 感謝の言葉から始まり、次第に批判に変わっていく文面。浄化、移送、ぬえを取り逃がしたこと。それらが失態として書き連ねられている。

 そして最後の一文。

 我々は、新たなる武器を手にした。もはや貴殿らに頼る必要はない。この世に巣食う妖怪どもを、我々自身の手で、根絶やしにする。これ以上、我々の障害となるならば、容赦はしない。

 差出人は、常世会じょうせいかい

 葛乃の手が、僅かに震えた。


「これ、常世会って書いてありますけど……なんですか、それ」

 只野が横から覗き込みながら聞いた。誰も答えなかった。只野は困った顔で、燈夜と三峰を交互に見た。

「あの、僕何かまずいものを受け取っちゃいました?」

「只野」

 燈夜が言った。

「その封筒を渡した人物の特徴を、詳しく教えてくれ」

「え、えっと……普通の格好でしたよ。年齢は三十代くらいで、特に変わったところはなくて」

「顔は覚えているか」

「うーん、あんまり印象に残ってなくて……すみません」

 燈夜は小さく息を吐いた。只野は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 葛乃はまだ便箋を見つめていた。

「常世会って、勾陳こうちん様の時の……」

「そうだ」

 燈夜が答えた。

「やすらぎの家の裏にある組織だ」

「それが、私たちに宣戦布告してきたってことですか」

 燈夜は答えなかった。三峰が便箋を受け取り、もう一度読み直した。

「新たなる武器、というのが気になります」

「木札に代わる何かか」

「わかりません。ただ、これまでよりも強気な文面です。何かしらの根拠があるはずです」

 燈夜は窓の外を見た。夜の都市が広がっていた。


 その夜、事務所に芦屋道雄あしやみちおが呼ばれた。便箋を見せられた芦屋の顔から、いつもの笑みが消えた。

「新たなる武器、ですか」

「先生の知見で、何か思い当たることはありますか」

 芦屋はしばらく黙っていた。それから、静かに言った。

「木札の技術は、私が長年かけて確立したものです。これに匹敵するものを他の誰かが作れるとは、正直考えにくい」

「では、全く別のものだと」

「かもしれません。あるいは……」

 芦屋は言葉を濁した。燈夜が芦屋を見た。

「あるいは?」

「いえ、まだ憶測の域を出ません。もう少し、調べさせてください」

 芦屋の表情には、いつもの好奇心に満ちた輝きはなかった。ただ、深刻な影だけがあった。


 その夜、葛乃は一人で便箋の内容を思い返していた。

 感謝から始まり、失望に変わり、決別と脅迫で終わる文面。常世会という組織の歪んだ思想が、行間から滲み出ているようだった。

 妖怪を消すことこそが正義。それを疑わない者たちが、新たな武器を手に、これから何をしようとしているのか。

 葛乃は窓の外を見た。

 夜の街に、いつもと変わらない明かりが灯っていた。でもその向こうで、何かが動き始めている気配がした。

 燈夜のデスクを見た。燈夜はまだ帰らず、便箋をもう一度読んでいた。その横顔に、これまで見たことのない緊張感があった。

 只野は隅のデスクで静かに座っていた。いつもの営業スマイルはなかった。ただ、窓の外を見ていた。

 葛乃はその横顔に、一瞬だけ違和感を覚えた。

 でもすぐに、只野は葛乃の視線に気づいて、いつもの笑顔に戻った。

「なんか、大変なことになりましたね」

「……そうですね」

 葛乃は曖昧に答えた。

 事務所に、静かな緊張感が満ちていた。

 常世会からの宣戦布告。

 これから何かが、大きく動き出す。

 葛乃はそれを、肌で感じていた。


第十七話 了

ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白いと思っていただけたら、感想・ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

次話もお楽しみに!


 康公こうこう

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