第十一話「黒い糸」
一
最近、多い。
宇治神燈夜は煙草に火をつけながら、処理したばかりの現場を振り返った。都内の古いアパートの一室。住人が引っ越した後に残滓が居着いていたという、ごく普通の案件だった。
ごく普通の、はずだった。
今月に入ってから、もう十二件目だ。先月は七件だった。先々月は五件。右肩上がりに増えている。しかも規模が小さい案件ばかりではない。勾陳様の件のような大きな案件も混じっている。
偶然にしては、多すぎる。
燈夜は煙草を深く吸った。夜風が、煙を散らした。
何かが動いている。そういう感覚が、じわじわと燈夜の中に積み重なっていた。
二
事務所に戻ると、いつもより騒がしかった。
安倍葛乃がデスクに書類を山積みにしながら、芦屋道雄と何かを話していた。只野人志は電話をしながら、もう片方の手でメモを取っている。三峰静華は複数のファイルを広げて、険しい顔で照合作業をしていた。
「お帰りなさい。今日の案件は」
葛乃が燈夜を見た。
「完了した。どうなってる」
「今日だけで新規案件が四件入りました。うち二件は同時進行で対処が必要で、芦屋先生に木札の追加製作をお願いしているところです」
「四件」
「はい。昨日も三件でしたので、今週だけで……」
「十一件だ」
三峰が書類から顔を上げずに言った。
「今日の分を含めると十五件になります。先月の同時期と比べると倍以上です」
事務所に静寂が落ちた。只野が電話を終えて振り返った。
「なんか最近多いですよね。僕もやすらぎの家からの案件が立て続けに来てて」
「やすらぎの家から」
燈夜の目が、僅かに動いた。
「はい。被害者の方からの相談が増えているみたいで、そこから回ってくる件数が増えています」
燈夜は何も言わなかった。上着をハンガーに掛け、自分のデスクに向かった。
三
燈夜はデスクの引き出しから、一冊のノートを取り出した。
先月からつけ始めた記録だった。案件の日時、場所、残滓の種類、そして現場で目撃した人物や団体のメモ。地味な作業だったが、燈夜には引っかかるものがあった。
ページを開き、最近の案件を見返す。
十月三日、世田谷区。現場近くにやすらぎの家の関係者らしき人物を目撃。 十月五日、杉並区。現場にやすらぎの家のジャケットを着た男女が先に来ていた。 十月八日、練馬区。やすらぎの家が被害者家族に連絡を取っていたことが判明。 十月十一日、北関東の集落。やすらぎの家が被害者支援として現場に入っていた。
全ての案件に、やすらぎの家が絡んでいる。
燈夜はノートを閉じた。
偶然ではない。確信に近いものが、腹の底に沈んでいた。
四
翌日、燈夜は単独で動いた。
やすらぎの家の事務所は、都内の静かな住宅街の一角にあった。古いビルの二階。表札には「やすらぎの家 相談窓口」と書かれている。ごく普通の支援団体に見えた。
燈夜は近くの喫茶店に入り、窓際の席に座った。コーヒーを注文し、ビルの入り口を観察した。
一時間ほどで、数人が出入りした。普通の服装の男女。特に不審な点はない。
しかし燈夜が目を留めたのは、ビルの裏手だった。
普通の来訪者とは別に、裏口から出入りする人間がいた。揃いのジャケットを着ていない。ごく普通の格好をしているが、動きが違う。確認するような目つきで周囲を見回してから、素早く入っていく。
燈夜はスマートフォンを取り出し、その人物の写真を撮った。
五
その夜、燈夜は怪遺局のデータベースにアクセスした。
やすらぎの家の登録情報を引き出す。設立は五年前。代表者の名前、所在地、活動内容。表向きは妖怪絡みの被害者を支援するNPO法人だった。
しかし燈夜が引っかかったのは、資金の流れだった。
NPO法人にしては、動いている金が多い。支援活動だけでは説明のつかない規模だ。
燈夜はさらに調べた。関連する人物、団体、口座。繋がりを一つひとつ辿っていく。
深夜になって、一つの名前が浮かび上がった。
常世会。
登録上は存在しない組織だった。しかし資金の流れを辿ると、やすらぎの家の裏に確かに存在している。規模は小さくない。複数の拠点、複数の構成員。そして目的は、まだわからない。
燈夜はデスクに肘をつき、画面を見つめた。
常世会。その名前を、頭の中で静かに転がした。常世とは、死者の国。あの世を意味する言葉だ。
妖怪の残滓が急増している現状と、この組織の存在。繋がらないはずがない。
六
翌朝、燈夜は三峰を呼んだ。
二人きりになった会議室で、燈夜は調査結果を報告した。三峰は黙って聞いていた。表情は変わらない。ただ、目の奥が僅かに動いた。
「やすらぎの家の裏に、常世会という組織がある」
「……確証は」
「資金の流れと人員の動きから。確証とは言えないが、状況証拠は揃っている」
「目的は」
「まだわからない。ただ、最近の案件の多発と無関係ではないと思っている」
三峰は少し間を置いた。
「宇治神さん」
「なんですか」
「この件、私にも調べさせてください」
燈夜は三峰を見た。三峰はいつもの無表情だった。しかしその声には、普段とは違う何かが滲んでいた。
「……わかりました」
「それと」三峰は静かに続けた。「葛乃さんには、まだ話さないでください」
「理由は」
「まだ早い、と思っています」
燈夜は三峰の目を見た。三峰は視線を逸らさなかった。
まだ早い。その言葉の裏に何があるのか、燈夜にはわかった。わかっていたから、頷いた。
「わかりました」
会議室に静寂が落ちた。
窓の外、都市の喧騒が遠くに聞こえた。
第十一話 了
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次話もお楽しみに!
康公




