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今日も生きてて、わりとごきげん  作者: このはな
最終話 わけあうごきげん

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7


 すっかり日が落ちて、涼しい秋風が吹き抜ける帰り道。


 わたしは隼人の軽トラの助手席に揺られていた。窓の外には、暗闇に包まれ始めた田園風景が広がっている。


 あのごきげんカードのこと、なんて切りだそうと思っていたら、


「なあ、沙織ちゃん」


 ハンドルを握ったまま、隼人がぽつりと言った。


「ん? なあに?」


「あのさ、タイミングがどうとか、はぐらかしてたことだけど」


「タイミング……って、ああ、あのときの」


 公園に遊びにいったときのことだ。どうして、ほとんど毎日うちに来るのか、その理由をたずねたんだった。


「今ごろ種明かし?」


「まあね」


 軽トラが我が家の前に停まり、エンジンが切られる。とつぜん訪れた静寂の中で、隼人がわたしを見つめてきた。


「じつはおれ、春江さんと約束したんだ。『沙織ちゃんが、もしひとりで泣いていたら、そのときは一緒にいてやってくれ』って」


「おばあちゃんが……?」


「でもな」


 隼人は少しはにかむように、口調を変えた。


「約束だから隣にいるわけじゃない。沙織ちゃんが東京に行ってからも、ずっと考えてた。戻ってきてからも考えた」


 まっすぐな言葉が、わたしの心にすうっと染み込んでいく。


「おれじゃ、だめかな」


「それって、告白?」


 ドキドキしながらたずねると、


「そ、告白。覚えていないかもしれないけど、これで二度目だからな」


「そうだっけ? いつ?」


「中学んとき」


「………………」


「やっぱりな、覚えていないと思ってた。あのときも沙織ちゃん、文芸部の先輩に夢中だったもんな」


 それで思い出した。先輩に憧れて文芸部に入ったものの相手にされず、がんばって書いた作品も読んでもらえなかったことを。あのときも悲しくて泣いていたら、


『沙織ちゃんの書いたの、おれ、読んでみたい』


 って言って、活字なんて苦手だったくせに本当に読んで、感想文まで書いてくれたのだった。その最後の行に『好きだ』なんて書かれていたんだっけ。


 それは正真正銘、人生初のラブレターというものだった。びっくりして、恥ずかしくて、照れくさくて、なんとなくそのままになってしまって、思えば、その頃からあまり話せなくなったんだと思う。祖母の死がきっかけで、こっちに帰ってくるまでは。


「隼人……」


 傷ついた過去も、弱くて不完全な心も全部知った上で、こんなわたしでもいいって言ってくれるんだね。とてもやさしく――。


 おばあちゃんが遺してくれたごきげん通帳の最後のページ。


 そこに書かれていた『おじいさんにそっくり』という言葉の意味が、今ならよくわかる。大きな手や低い声がとても愛おしかった。


「……は、おばさんになるんじゃなかったの?」


 涙が出そうになるのを隠したくて、わたしはわざといじわるにほほ笑んでみせた。


 隼人は一瞬あっけに取られたあと、いつものように「バーカ」と小さく笑った。


「有閑マダムになるのは、生まれ変わってからだろ。今はまだ、男のままでいさせてくれよ」


 膝の上の手のひらに、手のひらが重なる。そして、顔が近づいた。


「キスしていい?」



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