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「はい、これ。駅前の肉屋と、あっちの案内所にあった分な。いやあ、すごい熱気だな」
隼人は額の汗をぐいと拭いながら、手にしていた色とりどりのカードを差し出してきた。
「うわあ、たくさん! ごくろうさま、隼人」
受けとったカードには、どれもささやかで、けれどあたたかい日常の「ごきげん」が詰まっていた。それを一枚ずつ、バランスを見ながらボードにピンで留めていく。
ふと、その中の一枚に目が留まった。
力強い、けれど、どこか見覚えのある筆跡。
『幼なじみの笑顔が戻った。大ごきげん』
胸が、ドクンと跳ねた。
あわてて振り返ると、隼人はすでに次の回収に向かうところだった。公民館の駐車場へと走っていく後ろ姿が見えた。
頬が熱くなるのを感じながら、わたしはそのカードをボードの一番目立つ場所にピン留めした。
夕方になり、マルシェが閉幕を迎える頃には、公民館の壁は数え切れないほどの「ごきげん」で埋めつくされていた。遠くから見ると、まるで色とりどりの花が咲いたかのように鮮やかだ。わたしはしばらくひとりで、お花畑のようなボードの前に立っていた。
さっきから考えているのは、「ごきげんは自分で作るべし」というルールのことだった。そのルールの意味を、隼人とふたりで考えたとき、「ものごとをポジティブにとらえること」という答えで一応の決着をつけていたけれど、本当にそれだけだろうか、ポジティブに考えることと、ごきげんを数えることは、少しちがうような気がしているからだった。
普通ならポジティブ思考は、マイナスをプラスに変えようとすることだ。でも、おばあちゃんのごきげん通帳は変えようとしていなかった。
ずっとわかったようでわからなかったことが、すとん、と腑に落ちた。
誰かが用意してくれるのを待っていたら、しあわせはいつまでも見つからない。自分で目を向けないと、そこにあっても気づかない。だから「作る」なんだ。
仕事がうまくいかなくて、恋愛がうまくいかなくて、体まで言うことをきかなくなって、全部自分の弱さのせいだと思っていたけれど。
『泣きながらでも生きているなら、それだけでいい』
おばあちゃんの手紙の言葉が、今になって別の重さで響いてくる。




