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わたしは手荷物を持ったまま、おばあちゃんの部屋に直行し、少々ガタつく雨戸をあけた。日が差し込み、部屋が陽光でいっぱいになった。持ち主を亡くした部屋は、やはり、時間が止まっているみたいに静かだ。
ちゃぶ台の上には、いつものミカンのかご。半分シワシワになったミカンが、まだそこにあった。カレンダーも七月のままで、一日のところに『歯医者』と書かれている。
おばあちゃん、歯医者の予約をとってあったんだ。気づかなかったなあ。
カレンダーはめくらず、そのままにしておき、
「ふう、暑い暑い」
扇風機とエアコンの電源をつけてスイッチを押した。羽根が回りだして、まったく涼しくない風がむわ~と漂いだす。エアコンも古いせいか、ゴオーッと大きな音をたてるだけでちっとも役に立ってない。
おばあちゃん、ずっと入院していたからね。家電の手入れが行き届いていないのはしょうがない。わたしはあきらめて、洗面所にタオルを取りに行き、それを首に巻いた。汗対策はこれでなんとかなるだろう。着替えはどうしようか。面倒だからまあ、いっか。よし、準備はオッケーだ。
「さて、と……やりますか」
さあ、どこからやっつけよう。ぐるりと部屋の中を見まわす。
本棚の引き出しに目が止まったので、そこをあけてみたら、
「あ、なつかしい!」
まず出てきたのは、レースのハンカチだった。これには見覚えがあった。小学生のとき、祖母の誕生日にわたしがプレゼントしたものだ。結局、いちども使われないままだったのかしら。『おばあちゃん、いつもありがとう。長生きしてね』というメッセージカードといっしょに透明の袋に入ったままだった。時々ハンカチをながめて、幼かったわたしを思いだしてくれていたのかな。なんとなくそう思った。
その引き出しの中からは、他にもいろいろ出てきた。未使用の切手とハガキ、筆記用具やハサミ、定規が二本に大小のクリップがいくつか。そして――なぜかノートが何冊も出てきた。料理のレシピ帳かと思って表紙を見てみると、祖母の字でタイトルが書きこまれていた。
『ごきげん通帳』
「……通帳?」
どんな預金だろう。利率、何パーセント?
興味を覚えたわたしは、そのノートの表紙をめくってみた。
『三月一日 庭の梅が咲いた。いい匂いでうれしい。ごきげん』
『三月三日 沙織ちゃんから電話が来た。声が元気そうでごきげん。らいん、というものに今度、挑戦してみると約束』
『三月四日 洗濯物がよく乾いた。すばらしくごきげん』
なんだ、日記帳だったのか。そこには祖母の日々の暮らしが記されていた。しかも、ささやかないいことばかり。
祖母の声が聞こえてくるようだ。読んでいるうちに、思わず笑ってしまう。さらにページをめくると。
『四月二日 隼人くんからネギをもらってごきげん』
(あら、隼人だ)
「おーい、沙織ちゃん?」
心の声にシンクロしたように、窓の外から声がしたので顔を上げる。垣根の向こうで、わたしに手をふっている男性がいた。日焼けした肌に麦わら帽子。人なつっこい、その笑顔。わたしの幼なじみ、小沢隼人。ネギの提供者である。
若干おかしなタイミングでの登場の仕方が彼らしい。
「片づけ、やるんだろ? 手伝うぞ」
隼人は、にいっと笑った。
わたしは祖母の部屋を出て、縁側につづく窓辺に立った。
「あ、うん。ありがと。でも今は、ちょっとね」
「ちょっと? ん? なんだそれ?」
隼人がわたしの手もとを見ながら聞いてきた。




