4
無視することもできるけれど、いつまた、電話がかかってくるかもしれない。帰りの車の中でかかってくるのは、もっと嫌だ。今なら、誰も周りにいないから……。
「も、もしもし……?」
覚悟を決めながら電話に出てみる。ところが、予想していたひととちがっていた。
『あ、沙織さん?』
大人の女性らしい、落ち着いた声が返ってくる。彼ではなかった。でも聞きなれた声だ。
「み、都さん?」
わたしがその名前を口にすると、
『ひさしぶり、お元気だった?』
彼女は穏やかに笑ったようだった。
「はい、元気です」
『よかったわ、お元気になられて。ご実家に帰られたと聞いて心配していたのよ。おばあさま、亡くなられたんですってね。このたびはご愁傷さまでした』
「あ、ありがとうございます」
わたしもまた愛想よく返事をしたものの、本題に入らず外堀を埋めていくような返答に、しっかり気が重くなってしまう。
わたしに用なんて、もうないはずなのに、どうして電話をかけてきたのかわからなかった。けれどなんとなく、ピンときた。これはきっと、駆け引きだ。マウントをとられているんだ。
「あの何かご用ですか? 今、外にいるんです」
電話の向こうにいる都さんの顔を思い浮かべながら言う。無意識に声がとがってしまった。それが相手にも伝わったのだろう。
『ごめんなさい、じつは……』
都さんがしおらしい声で対応してきたので、わたしは「失敗した」と思った。もし彼女に会ったり話したりするときがあったとしたら、ちゃんと大人らしく、感情的にならず、冷静な態度でいよう。そう思っていたはずなのに、今のわたしはすでにめっきが剥がれてボロボロだった。
そして彼女と何度か受け答えをして電話を終わらせたとき、どうしようと頭を抱えた。まさか、こんなところにまで追いかけてくるとは思わなかったからだ。
いったい、どんな用事なのだろう。わたしと会って話がしたいって、今さら何を話せばいいというのだろうか。ああ、どうしよう。何度も頭の中で「どうしよう」をくり返す。
けど、よく考えてみると、あまり時間がなかった。もう帰らなければならない。そこにペットボトルを二本持って、こちらに戻ってくる隼人の姿が見えた。
「ごめん、隼人! 用事ができた、急いで帰らないと」
走って彼を迎えにいく。
「用事? そりゃまた急だな。おれがいない間、何があったん? 図書館?」
わたしにほうじ茶のペットボトルを渡しながら、隼人はたずねてきた。
「仕事じゃないの。ただ……」
都さんのこと、隼人になんて説明したらいいかわからなかった。言葉を濁らせていたら、
「誰かと会うん?」
「そ、そう、ひとに会う用事ができちゃっただけ……」
隼人に気づかれたくなくて笑みを浮かべた。できるだけ、いつものわたしらしく。でも、感情を隠すのが得意ではないから、うまくできたか少し不安だ。
「そっか、忙しいんだな。わりいな、そうとは知らず、ムリヤリ外に引っぱりだして」
「ううん、いいの。こっちこそありがとう。いい気分転換ができた」
「んじゃ、また暇なときに誘ったる」
「うん、ありがとう」
わたしたちは帰途についた。行きと違って、帰りの車の中は無言だった。わたしは都さんのことで頭がいっぱいだった。




