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今日も生きてて、わりとごきげん  作者: このはな
第四話 ごきげん通帳の行方

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 また雨が降ってきた。季節の変わり目を知らせる雨だ。風がでてきたらしく、家のどこかをたたいている。古い家屋は、こういうとき独特の音をかなでる。柱のきしむ音、雨戸のがたがた鳴る音、どこかの戸が風圧で押されるような低い唸り。幼いころは怖かったが、慣れてしまうと、家ごと揺れながら耐えている感じがなんだか頼もしくも思えてくるから不思議だ。


 ごきげん通帳は、まだ見つかっていない。


 わたしは代わりに、自分のごきげん通帳を引き出しから出してひらいた。まだ日が浅く、半分以上が白いままだ。祖母のものと並べてみると、埋まり方の差が歴然としている。おばあちゃんはいつも、こんなにたくさんのごきげんをどこから見つけてきたのだろうなあ。


 最後に祖母と直接、電話で話したのは、三月のはじめだった。


「沙織ちゃん、元気かね? こっちは、ごきげんにやってるから心配しないでよかよ」


 その声は、思ったより普通だった。普通すぎて、わたしは「そっか、よかった」と言って笑った。病気のことは知っていたのに、その元気な声を聞いたら、そのまま信じてしまったのだ。ううん、信じたかっただけかもしれない。


 そして、わたしがそっちに帰りたいと言いだしたときも、


「帰ってきなさい。待ってるから」


 おばあちゃんは即答した。なぜか理由も聞かなかった。帰ってきたらどうするかも聞かれなかった。ただ「待ってる」とだけやさしく言ってくれた。その一言が、どれほどうれしかったか。でも、そのあと祖母はすぐ他界してしまった。待ってるって言ってくれていたのに。


 頭ではわかっている。もう残された時間が少なかったことも、病室でずっと横になっていたことも、最後は自分の家に帰ってきて、静かに逝ったことも。もちろん恨んでいるわけじゃない。ただ、一度でいいから、この家で話したかった。このちゃぶ台を挟んで向かいあって、他愛のない話をもう一度だけ聞いてほしかっただけだった。


 雨音が一段と強くなった。縁側の外で何かが倒れる音がした。植木鉢かな、と思ったが、雨戸を開ける気になれなくて、そのままにしておいた。おばあちゃんが丹精込めて育てた朝顔は、もう枯れている。そのことに気づいて、また少しだけ泣いた。


 それから間もなくして、ごきげん通帳は見つかった。事件が起きてから四日後、あきらめかけていたところ「見つかった」という知らせをついに受けたのである。そのときも、わたしは図書館で働いているところで、返却された本を棚に戻す作業をしていた。


「藤原さん、藤原さん!」


 大きな声で名前を呼ばれたので何ごとかとふり向くと、返却用のワゴンの向こうに日高さんがいたのだった。


「日高さん、お静かに。ここは図書館ですよ」


 わたしが小声で注意したら、日高さんは「あら、まあ。オホホ」と目を丸くした。


「ごめんなさい、すぐお知らせしたくて」


 今度は周囲を気にしながら、小声でヒソヒソと話す。


「お知らせ?」


 あ、まさか……。そういえば、隼人が日高さんに話すって。


「見つかったんですか?」


「ええ」


 藤原さんは大きくうなずいた。


 彼女の話によると、喫茶晴れのちごきげんで保管されているそうだ。なんでも、そこのお客さんが拾って届けてくれたらしい。表紙にごきげん通帳と書かれていたからだろうか。何か関連があると思ったのだろう。


「よかった……。大切なものなんです。ありがとうございます」


 いくらかホッとして、わたしは言った。


「いいのよ、なんとしても見つけてあげたいって、こちらも思ったもの。なんてたって、春江ちゃんのお孫さんだから。ねえ?」


 なんだか照れくさかった。祖母の孫であるだけなのに、まるで褒められているようだ。もちろん、それは勝手な思いこみなのだけど。ネコを好きな人に悪い人はいない。そうよく聞くが、本当だなあって思った。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


 わたしはもう一度お礼を言った。日高さんは「うふふ、ごめんあそばせ」とお上品なアイサツを残して帰っていった。


 仕事を終えたその足で、喫茶晴れのちごきげんに向かった。足どり軽く商店街の通りを抜け、カフェのドアを開ける。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ。あ、沙織さん。お待ちしていましたわ」


 あかりさんはわたしの顔を見ると、笑顔であたたかく迎えてくれた。そして、カウンターの下からノートを大切そうに出して渡してくれた。


「読んじゃいけないと思いつつ、中身が気になって……。沙織さんからお話をうかがって知っていたのに、誰のものか知るためと、自分に言い訳しながら少し読んでしまいました。好奇心を抑えられなくてすみません」


 申し訳なさそうに言ったが、あかりさんの声が弾んでいる。この様子だと、最後のページまでは読んでいないみたいだ。


「いえ、いいんです。記名していなかったんですから、確認する必要ありますもの。保管していただいてありがとうございます。とても助かりました」


「思わぬ再会ができて、こちらこそうれしかったです」


 ごきげん通帳は、角が折れて雨のシミができていた。でも、それがかえって味があるように感じた。祖母ならきっと、「自然なエイジングだわね」とか言って笑っているにちがいない。ごきげん通帳のページを一枚、一枚、ていねいにめくってみた。よかった、中身は無事だ。読めないページや破れたところもなさそうだ。


 あかりさんがコーヒーを淹れてくれたので、カウンター席に腰を落ち着ける。


「大丈夫でした? 抜けているページとか、ありませんでした?」


「いいえ、何も。たぶん、ですけど」


 わたしは言葉をつまらせた。



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