9
「そのあと、父のもとでバリスタの修行をしているとき、常連のお客さまの中にとても印象的なおばあちゃまがいらっしゃいました。とてもお元気な方でした。でも先日、ご病気で……。ごきげんカードは、そのおばあちゃまのご提案なんです」
おばあちゃんだ。
わたしはカップをソーサーに戻した。
「ここを引きついだとき不安しかなくて、自分に向いてないかもと思い始めたとき、あ、その方、春江さんというお名前なのですけど、その春江さんが教えてくれたんです。ひとを集めようと思ったら、ごきげんになれる場所が必要だよ、って、さらっと。じゃあ、このカフェをごきげんな場所に、ごきげんを集める場所にしますって、わたし言いました。これが、ごきげんカードが生まれたきっかけです」
目が熱くなるのをこらえる。思わず、カウンターに手をついた。
「祖母なんです。藤原春江の孫です、わたし」
あかりさんは目を丸くした。
「まあ、そうだったのですか? どうりで、似ていらっしゃると思いました。だから、いつかお名前をうかがおうと思っていたんです。そうですか、お孫さんだったのですね」
「はい、だから初めてここに来たとき、とても驚きました。ごきげんカードがあったから。祖母も、ごきげん通帳を残していて」
わたしはあかりさんに、祖母のごきげん通帳を見つけ、今それを読み進めていることを話した。ひととおり話し終えると、
「あのボードに、いちばんにカードを書いて貼ってくださったのも、春江さんです」
あかりさんは、なつかしそうな目で、店内の奥にあるボードを見つめた。
「靴下が両方そろった、お天気がよかった、そんな感じで。それを見たお客さんが、じゃあ、その程度でいいならわたしも、って、だんだん書いてくれるようになったんです」
あのごきげん通帳にも同じことが書いてある。
わたしはいつのまにかコーヒーカップを両手で包みこむように持っていた。あかりさんが淹れてくれたコーヒーは、ちょうどいい温度だった。
家に帰って、ノートを開いた。
『九月二十三日 喫茶はれのちごきげんで、おばあちゃんの足跡を見つけた。驚いて少し泣いて、コーヒーがおいしかった』
やっと、わたしのごきげん通帳の一行目が埋まった。書き終えてペンを置く。ほんのり心が軽くなったような気がした。




