4
すると、女性もニッコリ笑った。
「うち、ごきげんの共有を大切にしようと、それを目標にしているんです。ここに来れば、一杯のコーヒーと、お客さまみなさんのごきげんで、少しでもお元気になられますようにって」
女性の視線をたどって店内の奥を見ると、壁にボードがあった。『みなさまのごきげんコーナー』と文字があり、すでに何枚ものカードが貼られていた。わたしは視力があまりよくないので、「隼人になんて書いてあるの?」とたずねた。
「えーと、ネコが膝の上に乗った。パンを焼いたら焦げなかった。推しのライブに当たった……小さなごきげんがぎっしり」
「ささやかなことでいいんですよ」
女性は説明を付け加えた。
とにかく、おばあちゃんのごきげん通帳みたいなことを書けばいいんだ。
「はい、わかりました」
返答したら、
「カードとペンをどうぞ」
女性は、わたしと隼人の前に一枚ずつのカードとボールペンを置いた。
「ご協力いただけてうれしいです。すぐにご注文の品を持ってまいりますので、少々お待ちくださいね」
そう言って軽く頭を下げると、女性は再びカウンターに戻っていった。わたしは女性が去ってから、隼人にこっそり話しかけた。
「なんか、びっくりしたね」
「思わぬ再会だよな。いや、まだ春江さんのせいってわけじゃないけど」
「隼人も、うちのおばあちゃんと何か繋がりがあるかもと考えたの? わたしと同じだ」
「まあー、いいや。せっかくだから、コーヒーを待っている間に書くか」
隼人はボールペンを手に持った。
カードを見ると、『今日のごきげん』というタイトルがついていた。ペンを持ったら、なぜか少し緊張した。
いったい、なんて書けばいいのだろう。まったく思いつかない。わたしは祖母のように『ごきげん』を見つける名人になれそうにない。うんうん悩んでいたら、先に隼人がさらさらと書いて、「ほれ」とわたしにカードを見せてきた。
『ナスのレシピ、新しいのを覚えた。ごきげんレベル最大。限界突破でごきげん』
わたしはあ然とした。ただ、料理のレシピを覚えただけのことを、自信満々に申告するひとがいるなんて。さらに、
「人間、得意分野を持つべきだからな」
格好つけた言い方なんかしちゃって。ようし、見てろ。わたしはスマホをサッと取りだした。
「ナスは、ナス科ナス属の潅木性多年草です。分野ではありません。野菜の名前です」
検索したスマホの画面を棒読みする。
「そんなことくらい、わかってるわい」
隼人は苦虫をかみつぶしたような顔をした。




