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朝の涼しいうちに、庭の草むしりをしようと決めた。雑草が野放図に茂り、のびのびと自己主張をしている。このまま放っておいては、そのうちジャングルのようになってしまうだろう。大げさに聞こえるかもしれないけれど、雑草の生長するスピードは本当に早いのだ。特に雨上がりは。
ええい、全部まとめて引っこ抜いてやる。わたしは農作業用のくわを物置から持ちだしてきて土を削ろうとしたが、その前に「ぎゃっ」と叫んだ。
「どうした?」
隼人が叫び声を聞きつけてやってきた。その手には、なぜだか、うどんやそばを打つときに使う麺棒がある。
「む、ムカデっぽいのが!」
わたしが悲鳴のような声をあげると、
「なんだ、そのくらいで大きな声をあげるなよ」
たいしたことなさそうな言い方をされたので、
「だって!」
抗議しようとしたら、
「あっ、足もとにダンゴムシが!」
「ぎゃあっ」
「おいおい、かんべんしてくれよ。ちっとも色気がないなあ」
からかわれてしまった。
「虫、嫌いなんだもん。しょうがないでしょ。ところでその棒、なんで持ってきたの?」
「これ? いや、なんかあったのかと思って、武器、これくらいしかなかったから」
武器? ああ、わたしが誰かに襲われているとでも思ったのかな?
「この辺りもたまにイノシシとか出てくるしな、沙織ちゃん、気をつけろよ。都会とちがって、ここは怖いんだぞ。田舎だからって油断するなよ」
なんだ、そういうことかー。
「そのくらいわかってるよ。わたしだって高校まではここで育ったんだし。そんなことより、草むしり手伝ってほしいんだけど」
「それ、おねがい?」
「うん、おねがい」
でも結局、わたしは叫ぶばかりで役に立たなかった。ほとんど隼人がやってくれた。もし祖母が生きていたら、きっと『今日はにぎやかでごきげん』なんて、ごきげん通帳に書かれていたことだろう。
草むしりを終えたあと、ふたりで縁側に腰掛けてトマトをほおばった。とれたては皮が固く、ほんのり青臭くて、とびきり甘い。最高だなと思っていたら、
「さっきのごきげんのルール、あのごきげんは自分で作るべし、ってところだけど」
隼人が何か思い出したかのように言いだした。
「けっこう正しいかもしれない。おれ、そんなことわからずに、なんでだよ、このやろ、とばっか思ってた、会社員やっていたとき。だから三年でギブアップしたかもなあ」
ふうん、そうなんだ。心の中で相づちを打つ。わたしもだよ、と言いたかったけれど、その言葉は言わずに飲みこんだ。
「あと、おれの住んでたとこ、ネギが高かった」
「ええー、最後そこ?」
「バカにするなよ。ネギが高いと、ごきげんになれないんだぞ、おれは」
あまりにもまじめな顔で言うから、吹きだしてしまった。
「あのね、ごきげん通帳にいいこと書いてあったよ」
手をのばして縁側の淵に置いといたごきげん通帳を引きよせた。そして、付箋を貼ったページをめくる。
『今日もごきげんになりそこねたけど、それもまたごきげん』
わたしは隼人に、その一文を読んで聞かせた。
「春江さん、その日、不機嫌だったんだ。ごきげんに失敗したんだ、へえー、めずらしいな。そういうことあるんだなあ」
「そりゃあ、おばあちゃんだって人間だもん。けど、失敗もごきげんの一部にしちゃうなんて、おばあちゃん、すごいよね」
「じゃあさ、おれらもごきげんに失敗中、てか?」
「うん、絶賛ね」
「そっか、おれはこの生活が気に入っているんだけどな」
風が吹きぬけて、庭の洗濯物がふわりと揺れている。まるで、シャツの袖がわたしたちに向けて手を振っているようだった。




