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「へえー、そんなん気にしないのに。今さら」
昔うちも畑をやっていた時代があったので、汗臭いのも土ぼこりにも慣れっこだ。
ところが、
「おまえのせいだぞ。うちのおばちゃん、沙織ちゃんキレイになったわねえ、都会に住む若い女の子はオシャレねえ、つってさ、やたらに持ちあげて」
「えっ、うそ」
「ほんとほんと」
「えー」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。おばさんたちに、そんなふうに見られていたなんて知らなかった。それは困ったなあ。わたしが都会の代表のように思われるのは、おばさんにも都会のひとたちにも申し訳なさすぎる。
「そりゃあ、新幹線で移動したんだもん。ちゃんと、それなりの見苦しくない服を着てくるよ。でもね、言っとくけど、こっちが本来のわたしだからね。あんたも知ってるでしょ?」
照れかくしが手伝って早口になる。
「ラジャー。もう何も言いません。それより腹へった! 台所、借りるぜ」
これ以上アレコレ言われたらたまらんとばかりに、隼人は会話を切り上げて、台所に移動した。そしてテーブルのイスの背にかけてあった、おばあちゃんの割烹着を身につける。ずいぶん慣れている様子だ。
「ごはんは炊けてる?」
わたしをふり返った。
「うん、炊けてる」
けど、二合しか炊いていない。ごはん足りるかな? と心配しながら答えた。
「上等、上等。ようし、いっちょうやるか」
隼人は袖をまくり上げると、蛇口をひねった。温水器が作動し、白い湯気があがる。手を洗ったあと、冷蔵庫から卵をいくつか取りだした。
「卵焼き作ってくれるの?」
「春江さん直伝のね」
隼人はずっと笑っている。
「お料理できるんだ。すごいねえ」
大げさに目を丸くしてみせたら、隼人はふっと、わたしの顔を見つめ直した。
「すごいかどうかは、あとのお楽しみ」
それ信じていいの? ちょっと怖いかも。
そんなわたしの心情を察したらしく、隼人の手が止まった。
「春江さん、おれの料理のうで、よく褒めてくれてたんだぜ? おもしろい味だって」
「ぜったい褒め言葉じゃないって」
「そうか? 言っとくけど、ホントに本当だからな。春江さん、うまいって言ってくれたんだぞ」
「はいはい」
「返事は一回!」
「は~い」
「じゃあ、わたしはおみそ汁を作る」
断じて、きみにみそ汁を作らせない。わたしがそう決心してとなりに立つと、隼人は一瞬ぎょっとした。
「みそ汁、作れるん!?」
なんだ、その驚き方は。
「失礼な。そのくらい作れるよ。それに、うちのみそ、自家製だよ。おばあちゃんが毎年作ってるの、豆から」
「へえー、マジか。それはおみそれいたしやした」
隼人はボウルに卵を割って入れた。そのあいだもやっぱり笑っていた。なぜだか、おかしくてたまらないって感じだ。
「本当に知らなかったの?」
足繁く通っていた風な態度だったので、不思議に思って聞いてみると。
「うますぎて、どこかで買ってるのかと思ってた」
「へえー」
「春江さん、なんも言わなかったもんなあ。だって、みそ作るの大変だろ。仕込みだって一日じゃ終わらないし。天地返しもあるし」
隼人の言うとおり、一年分のみそをまとめて作るのはけっこう一苦労だ。大豆をよく洗い、その三倍の量の水に十八時間以上浸したあと、大豆を軟らかく煮てつぶし、塩と麹を混ぜ合わせたものを熟成させる。一度でいいとはいえ、仕込んでから三か月後、天地(上下)返しをすることだって欠かせない。
母と祖母が作るのをそばで見ていたので、いちおう知識として持ってはいるけれど、さすがに自分の手で作ったことはなかったし、作ろうと思ったことはなかった。なので、今ここにあるみそがなくなってしまったら、祖母のみそ汁が飲めなくなるなあと気づいた。
「あ、ひょっとして!」
隼人がいきなり大きな声をだす。
「え? 何?」
「藤原家一子相伝のみそのレシピを、おれに盗まれると警戒していたかもしれない。なんてこった……!」
ほうら、また始まった。
「そんなわけないでしょ。ただ言う必要がなかっただけだって」
しかたないので、ツッコんであげた。




