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今日も生きてて、わりとごきげん  作者: このはな
第二話 ごきげんのルール

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「へえー、そんなん気にしないのに。今さら」


 昔うちも畑をやっていた時代があったので、汗臭いのも土ぼこりにも慣れっこだ。


 ところが、


「おまえのせいだぞ。うちのおばちゃん、沙織ちゃんキレイになったわねえ、都会に住む若い女の子はオシャレねえ、つってさ、やたらに持ちあげて」


「えっ、うそ」


「ほんとほんと」


「えー」


 なんだか急に恥ずかしくなってきた。おばさんたちに、そんなふうに見られていたなんて知らなかった。それは困ったなあ。わたしが都会の代表のように思われるのは、おばさんにも都会のひとたちにも申し訳なさすぎる。


「そりゃあ、新幹線で移動したんだもん。ちゃんと、それなりの見苦しくない服を着てくるよ。でもね、言っとくけど、こっちが本来のわたしだからね。あんたも知ってるでしょ?」


 照れかくしが手伝って早口になる。


「ラジャー。もう何も言いません。それより腹へった! 台所、借りるぜ」


 これ以上アレコレ言われたらたまらんとばかりに、隼人は会話を切り上げて、台所に移動した。そしてテーブルのイスの背にかけてあった、おばあちゃんの割烹着を身につける。ずいぶん慣れている様子だ。


「ごはんは炊けてる?」


 わたしをふり返った。


「うん、炊けてる」


 けど、二合しか炊いていない。ごはん足りるかな? と心配しながら答えた。


「上等、上等。ようし、いっちょうやるか」


 隼人は袖をまくり上げると、蛇口をひねった。温水器が作動し、白い湯気があがる。手を洗ったあと、冷蔵庫から卵をいくつか取りだした。


「卵焼き作ってくれるの?」


「春江さん直伝のね」


 隼人はずっと笑っている。


「お料理できるんだ。すごいねえ」


 大げさに目を丸くしてみせたら、隼人はふっと、わたしの顔を見つめ直した。


「すごいかどうかは、あとのお楽しみ」


 それ信じていいの? ちょっと怖いかも。


 そんなわたしの心情を察したらしく、隼人の手が止まった。


「春江さん、おれの料理のうで、よく褒めてくれてたんだぜ? おもしろい味だって」


「ぜったい褒め言葉じゃないって」


「そうか? 言っとくけど、ホントに本当だからな。春江さん、うまいって言ってくれたんだぞ」


「はいはい」


「返事は一回!」


「は~い」


「じゃあ、わたしはおみそ汁を作る」


 断じて、きみにみそ汁を作らせない。わたしがそう決心してとなりに立つと、隼人は一瞬ぎょっとした。


「みそ汁、作れるん!?」


 なんだ、その驚き方は。


「失礼な。そのくらい作れるよ。それに、うちのみそ、自家製だよ。おばあちゃんが毎年作ってるの、豆から」


「へえー、マジか。それはおみそれいたしやした」


 隼人はボウルに卵を割って入れた。そのあいだもやっぱり笑っていた。なぜだか、おかしくてたまらないって感じだ。


「本当に知らなかったの?」


 足繁く通っていた風な態度だったので、不思議に思って聞いてみると。


「うますぎて、どこかで買ってるのかと思ってた」


「へえー」


「春江さん、なんも言わなかったもんなあ。だって、みそ作るの大変だろ。仕込みだって一日じゃ終わらないし。天地返しもあるし」


 隼人の言うとおり、一年分のみそをまとめて作るのはけっこう一苦労だ。大豆をよく洗い、その三倍の量の水に十八時間以上浸したあと、大豆を軟らかく煮てつぶし、塩と麹を混ぜ合わせたものを熟成させる。一度でいいとはいえ、仕込んでから三か月後、天地(上下)返しをすることだって欠かせない。


 母と祖母が作るのをそばで見ていたので、いちおう知識として持ってはいるけれど、さすがに自分の手で作ったことはなかったし、作ろうと思ったことはなかった。なので、今ここにあるみそがなくなってしまったら、祖母のみそ汁が飲めなくなるなあと気づいた。


「あ、ひょっとして!」


 隼人がいきなり大きな声をだす。


「え? 何?」


「藤原家一子相伝のみそのレシピを、おれに盗まれると警戒していたかもしれない。なんてこった……!」


 ほうら、また始まった。


「そんなわけないでしょ。ただ言う必要がなかっただけだって」


 しかたないので、ツッコんであげた。



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