表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/44

第三十二話 無事なのか?

 バックカーディナルの事件から三日後。


「これが……」


 瑞希(みずき)は腕に着けられた華奢(きゃしゃ)な銀色の時計を掲げて見つめた。


「そうですよ。

 あなたに合わせられた、あなただけの魔道具(まどうぐ)

 あなたはあなたでありながらも、()しき者からはその印象を曖昧(あいまい)にするものです。

 入社の儀式を受けた、私達社員と善良な者にしかあなたの姿は本来通りに見えません」


 ネクストドアネイバースの魔法使いであるエリカが鈴を転がすような声でそう言った。


「外にいる時はこれを着けていれば大丈夫ですよ」


 瑞希の肩くらいの背のエリカが杖で時計をトントンと叩いた。


「家では大丈夫なんですか?」


 瑞希が訊くとエリカは頷いた。


「あなたのお(うち)は特にシルキーに守られています。

 シルキーの家を守る力は万全です。悪しき者を近づけません」


「そうですか。ありがとうございます」


 瑞希はペコリと頭を下げた。エリカは微笑んだ。


「ご心配なことは多いと思いますが、一先ずはお家に帰れますよ」


 エリカの言葉に瑞希は弱々しく微笑んだ。

 (みやび)がまだ帰って来ない。瑞希はそれが心配でたまらなかった。

 ここ三日、瑞希は休みをもらったにも関わらず毎日寮から頻繁にサポート課に顔を出していた。


「今日はまだ仕事復帰せず、お家にお帰りなさい。

 それが支部長の指示です」


「はい……」


 瑞希はしょんぼりと返事した。




 叶芽(かなめ)に報告してから帰ろうとエリカと共に支部長室へ入ったその時、総務課の入り口が大きな音を立てて開いた。


「雅……!!!」


 瑞希が声を上げた。びしょ()れの雅が入り口に立っていた。

 とりあえず無事な姿を見て瑞希は安堵(あんど)した。雅はツカツカと支部長室まで来ると瑞希の背を押して一緒に入った。


「戻りましたか。どうですか?」


 叶芽が雅を見つめた。瑞希とエリカも見上げる。


「女に気付かれた。少し交戦した。海に落とされて後を追えなくなった」


 雅はボソボソと答えた。


「無事で何よりです。何処(どこ)まで追えましたか?」


「大阪。それ以降は気付かれて撒かれていた可能性がある。」


 雅はムスっとした。


「なるほど……能力は?」


 叶芽は少し考えるように間を置いて訊いた。


「典型的なテレポーター。瞬間移動だ。飛距離もそこそこ長い」


 瑞希は雅の水気を浮かせて乾かしてあげた。


「ありがとう」


 雅は瑞希の頭を撫でた。瑞希はにっこりした。


「大阪付近から。そのように本社へ要請(ようせい)しましょう。

 雅、お疲れ様でした。

 とりあえず二日程休みなさい。その(のち)報告書を。

 瑞希も雅と同じ日に出勤ということで」


 瑞希は自分を指さして首を傾げた。


「ご褒美をあげないとですからね」


 叶芽は口元を隠して雅を見た。瑞希も見上げる。雅はそっぽをむいた。




 叶芽がことの経緯と取り()えずの対策を雅に話す間、瑞希は支部長室を出された。

 サポート課で時間を潰していると、雅が戻ってきて、ようやく二人は帰路(きろ)に着いた。

 ネクストドアネイバースの社員には皆んなそれぞれ魔道具があるそうで、常に身に付けているのだとか。叶芽はメガネで、雅はピアスらしい。

 帰りの電車の中、雅はずっと瑞希に寄り添っていた。


「お帰りなさい……ませ」


 流衣(るい)が瞳を潤ませながら出迎えた。


「「ただいま」です」


 瑞希と雅が声を揃えた。瑞希は流衣に抱きついた。


「流衣、心配かけてすいませんでした」


「いえ、いえ……無事に帰ってきてくださってありがとうございます」


 流衣の目から一粒涙が零(こぼ)れた。


「ワンッ!」


 コジローが足元から挟まりたそうに見上げていた。

 瑞希と流衣は顔を見合わせて、しゃがんでコジローと一緒に抱き合った。

 瑞希はお風呂に入った後、四日ぶりにコジローと遊んだ。雅もお風呂に入ってそのまま寝るのかと思いきや居間へ戻ってきた。

 ソファーにドスンと座る。

 瑞希はそれを見ていて、自分の投げた的外れなボールが壁にバウンドし、頭を直撃して倒れた。

 コジローが心配そうに顔を覗き込みに来た。瑞希はコジローを撫でると、ボールを仕舞(しま)って雅の隣に座った。

 コジローは玩具箱(おもちゃばこ)を漁って引っ張り合いっこの綱を取り出したが、流衣が抱えてリビングをそっと出て行った。


「雅……今回のことすいませんでした。

 雅が心配してくれてたの」


 雅は瑞希を掻き(いだ)いた。


「無事なのか?」


 いつも平坦な雅の声が揺れた。


「はい。何もされ」


「お前から恐怖の匂いがした。激しい怒りの匂いも。

 お前は間違いなく怒り、恐怖していたはずだ。今も恐れている」


 瑞希の答えを雅は(さえぎ)った。


「また押し殺そうとしている。無意識に。

 確かに今回も俺はお前を守れなかった。前回のオークションの時も。間に合わなかった。

 お前を助けると言ったのに」


 瑞希は思わず雅の方を向いた。


「そんなことない!雅に私がどれだけ救われたか……!

 それに、今回は私が」


「分かってる。俺の話は置いといていい。

 だが、お前が気持ちを押し殺すのは違う。自分を責めるのも、違う。

 悪いのは奴らだ」


 雅はまた瑞希の言葉を遮った。

 体を離して瑞希の頬を温かい両手で包み、視線を合わせる。


「何をされたのかは言わなくてもいい。

 だが、怖かったなら怖かったと言ってもいいんだ。

 怒りが湧いたならそれを言葉に出してもいいんだ。

 お前の気持ちは吐き出してもいいんだ」


 瑞希の視界が思わず潤んだ。


「しゃ、写真に捕まった時、自分はなんで雅の忠告を聞かなかったんだろう、なんて馬鹿なことをしたんだろうって思いました。

 自分が無力で悔しくて……」


「お前は悪くない。悪いのは奴らだ。悔しかったな」


「写真の中で捕まった時、もう逃げられないんだって怖かったです。

 これから平穏(へいおん)に暮らすことはできないんだって……」


「そうか。不安に(おお)われたのか」


「ね、猫目の男に、き、キスされて死ぬ程……死ぬ程、嫌でした。き、気持ち悪くて、怖かったです……。

 他にも女性を……ひとを冒涜(ぼうとく)するような事を言われて、とても……とても怒りが湧きました」


「そうか。死ぬ程嫌だったんだな。怖かったな。怒りが湧いたんだな」


「ビルで……薬を打たれる直前。

 もう、このまま、あの人達にいいようにされるんだって……雅にもう会えないんだって、思って……絶望しました」


「そうか……!!!」


 雅は再び瑞希を掻き抱いた。瑞希の目から涙が(あふ)れる。


「薬を打たれて自分の頭の中身が消えていくみたいで怖かった……!

 初めて……人を殺した自分が怖かった……!

 バックカーディナルがまだ存在していて、私達の事を狙っていると思ってずっと怖かった……!怖かったです……!!!」


 瑞希は自分の心の(うち)を吐き出した。涙が後から後から溢れてくる。


「雅が帰ってこなかったことも怖かった……」


 瑞希は雅の胸に顔を(うず)めて、消え入りそうな声でそう言った。雅は瑞希を抱き締めたまま頭を撫でた

 そのまましばらく黙って瑞希をあやすように体を揺らす。瑞希は安堵して雅に体を預けた。


「恐怖、嫌悪、怒り、絶望。負の感情だ。苦しかっただろ。

 それだけでは言い表せない辛い思いを沢山したな。

 一人にしてすまなかった」


 雅も瑞希の頭に顔を埋めた。


「この三日。ずっと苦しんでいたんだろ。匂いで分かる。よく一人で耐えた。

 行かなければならなかったとはいえ、一人にして、すまなかった」


 雅の言葉に瑞希はふるふると首を振った。




 二人でソファーに並んで腰掛けてテレビを眺めながら、瑞希は口を開いた。


「雅はいつだって私を助けてくれています。前回のオークションの時も、今回も。

 気持ちを吐き出させて楽にしてくれます。

 私を落ち着かせて安心させてくれます」


 瑞希は膝を抱えて見つめた。


「雅がさっき言ってくれてたように、悪いのは魔女や、あの人達です。

 だから雅も、自分のことを責めたりしないでくださいね」


「ああ、分かった」


 雅は頷いた。


「それと、今回の一件で思ったんです。

 私、子供を産むなら雅の子がいいなって」


 その瞬間、雅が盛大に吹き出した。飲んでいたお茶を噴水のように。


「えっ?は……?えっ?」


 大きな金色の目をまん丸にして瑞希を三度見する。


「だって子を(はら)むってそう言う意味ですよね?」


 瑞希は雅を見ながら膝に頭を付けてそう言った。

 雅は立ち上がって瑞希の前に回ると、とガシリと両肩に手を置いた。


「いいか。お前は、危機感が無さ過ぎる」


「危機感?」


 瑞希はきょとんと雅を見上げた。


「そうだ。無防備すぎる。

 だからいつも俺のキスから逃げられもしない」


 瑞希はカアっと顔を赤くした。


「で、でも、それは嫌じゃないからで……むしろ嬉」


「いいか。男は、皆んな、オオカミだ」


 雅は瑞希の言葉を遮って一言一言区切って言った。顔を赤くして眉を下げながらも、瑞希をしっかりと見つめる。


「オオカ……ミ……」


 瑞希は叶芽の言葉の意味が分かった日のことを思い出して(さら)に赤くなった。


「そうだ。無用心に体を重ねてもいい。と言うようなことを言ってはいけない。

 好きな奴にそんなことを言われたら男の自制心など簡単に吹き飛ぶ。

 俺なんかは言われてもないのに、既に勝手に何度も自制心を失っている」


「雅も……?何度もですか?」


 瑞希が目を見張ると、雅は赤くなりながらも力強く頷いた。


「そうだ。邪魔が入らなければキスの次に移っていた」


「キスの次……体を重ねるってどう言うことなんですか?」


 瑞希が訊くと雅の眉は下がり切った。とうとう視線を逸らす。


「そこは……叶芽にでも訊いてくれ。上手く答えてくれるはずだ。頼む」


 雅は耳を寝かせた犬のように(うつむ)いてそう言った。


 まるでイヤイヤ最後の手段に頼るといった表情をしている。


 瑞希は一先(ひとま)ず頷いた。


「もう遅い。寝よう」


 雅は真っ赤な顔の下半分を片手で覆って話を切り上げた。

 その後、二人で並んで歯を磨き、寝室へ上がって「おやすみ」と挨拶を交わしてそれぞれのベッドに入った。流石(さすが)の雅も三日も(ろく)に寝ずにいたのだ。()ぐにすやすやと寝息が聞こえてきた。

 瑞希は雅が完全に寝たのを確かめて、そっとベッドを抜け出した。自室に入り、携帯端末を取り出す。

 瑞希は叶芽に電話を掛けた。そして先程のやり取りを話して訊いてみた。叶芽は嬉々(きき)として語り始めた。

 その答えを聞いて瑞希はみるみる赤くなり、全身が発火した。今までの自分の言動や雅の行動を思い出してボンっと音を立てて爆発する。

 叶芽の講義は朝まで続いた。

 その日、瑞希は雅の顔をまともに見れなかった。




 翌々日。瑞希はいつもの時間に目を覚ました。ベッドから降りてそっと雅のあどけない寝顔を覗き込む。

 昨日叶芽に聞いたことを思い出して赤くなりつつもやっぱり雅ならいい。と思えた。

 仰向けで無防備に寝ている雅の寝顔を見つめる瑞希に悪魔の(ささや)きが聞こえてきた。


 いつも()()られているのだ。雅が弱い朝くらいこっちからちょっとやり返してもいいのではないか。


 瑞希は自分の長い髪を耳にかけて、後ろに流すと雅の上に屈み込んだ。


 ちょっとだけ。起きない程度にそっとキスするだけだ。


 瑞希はドキドキしながら雅に顔を近づけた。唇がそっと柔らかく触れる。

 次の瞬間、雅がバチリと目を開けた。瑞希の腕を(つか)んでベッドに引き()り込む。

 あっという間に瑞希の立ち位置は先程と逆転した。ベッドの上で瑞希を下に、雅が四つん這いになった。


「ね……寝てたんじゃなかったんですか?」


 瑞希は心臓をバクバクさせながら訊いた。


「寝てた。が、流石に起きる」


 雅の目は完全に覚めたようだった。瑞希は自分の作戦失敗を(さと)った。


「叶芽に聞いたんじゃないのか」


 雅はじとりと瑞希を見つめた。瑞希は真っ赤になった。


「聞き……ました。色々……」


「なら何故、こんな真似(まね)をする」


 雅はちょっと怒っているようだった。瑞希の目が泳いだ。


「そ、それは……その……ちょっといつもの仕返し……」


 雅の眉が下がって子犬の様な顔になる。


「俺が言えた話ではないが、もっと自分を大切にしろ。

 つい先日怖い目に遭ったんじゃないのか。

 それにお前はまだ幼い。(こと)に恋愛に関しては。

 今日の俺は自制が出来ていたが、明日には出来ないかもしれない。どうなってもいいのか」


 瑞希は真っ赤になりながらもキリッと雅を見つめ返した。


「雅ならいい。そう思ったんです」


 雅は目を(しばた)いた。眉根を寄せる。


「自分の言ってることが分かってるのか」


 今度は瑞希が少しムッとした。


「もちろん!全部分かった上です!」


 雅は(うたが)わしそうな表情をした。


「俺は舐めるぞ」


「いいです!」


「噛むぞ」


「どうぞです!」


「お前の体の隅々まで味わい尽くすぞ」


 瑞希は真っ赤になった。


「どんと来いです!!!」


 我ながら果敢(かかん)な答えだと思った。


「言ったな」


 雅はニヤリとちょっと不気味な笑い方をした。


「どうなっても知らないぞ」


 大きな金色の瞳を至近距離で瑞希に合わせる。


「叶芽さんの講義を聞いた私の準備は万全です!

 さあ!!いつでもお召し上がりください!!!」


 雅はふっと笑うと瑞希の指に指を絡ませた。肘をつく。瑞希の心臓は今にも爆発しそうだ。

 体が密着して雅の鼓動が伝わる。瑞希はギュッと目を閉じた。

 ところが雅はそっと優しく唇に口付けしただけで瑞希を解放した。


 ……あれ?


 雅は瑞希をベッドから抱き起すと額にキスした。


「少しずつだ」


 初っ端(しょっぱな)から腰が砕けるようなキスをしといて何を今更……。


 と思いながらも、瑞希は逆にドキドキが止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ