入団試験3
リリオ・ベリーは、消えたい思いで額を地面に擦りつけていた。もはやプライドも何も持ち合わせてはいなかった。
捜索中、偶然にも顔見知りを見つけ、縋る思いでの土下座であった。が、されている方は興味なさげにリリオのつむじを見下ろしていた。
「頼む!!」
「は?ふっざけんな、自分で探せよ。俺、今日は久々に仕事なくてな、遊びに―――いや、教え子の応援に来たんだわ」
リリオは心の内で悪態をついた。くそ、こいつ、マジで遊びに来てやがる。膝をつきながら、目の前でにやにやしているルワーフ時代の同期、マシロ・クメールを睨み上げた。
商人が営業する出店では時々掘り出し物も売っている。それらを買い集めて転売する輩もいるが、マシロもそのクチだろう。マシロの手にも両手に買い物袋がある。完全にプライベートで遊びに来ているのだろう。
この男、マシロは現在、ルワーフ魔法塾の教師をしている。
彼は昔から、粗暴で面倒くさがり、子供に何故か懐かれるが当人は子供が大嫌い、という教師に最も相応しくない人物であった。マシロが教師を目指していると聞いたときには、驚いたものだった。こんな男に教師なんかできるものか、とすら思っていた。実際彼は、教師としての評判は良くなかった。
ほら見ろ、だから教師なんかやめてシュトラウス自警団に来ればよかったのに。とリリオはずっと思っていた。スカウトだってもらったのに。滅多にもらえるものではない、マシロが認められた証であったのに。
彼は天才だった。
ルワーフ在籍して僅か一年で卒業した。そうは言いつつ、彼は、何らかの事情があってルワーフに入る時期が遅れていたため、十二歳で入塾したのだが(通常は、赤子から六歳前後の間)。
けれど入塾してから、圧倒的なセンスと驚異的な魔力値によって、異例の飛び級、一年で卒業試験を合格したのだった。そのとき、第七学生であったリリオは、半年で驚異的な第七学生であったマシロと、残りの半年を共にしたのだった。
リリオ・ベリーもまた、ルワーフでは成績優秀であった。通常よりずっと早く、十四歳で第七学生まで上がった。自分は人より優れていると信じ、また、これが揺らぐことはないのだと思っていた。けれどその自信は、マシロと出会って完全にひっくり返った。
何の事情かは知らないけれど、十二歳という遅すぎる時期に入ってきて、驚異的な成長によって半年で第七学生まで上り詰めた少年。
喧嘩は絶えず、周りに敵ばかり作っていた。天才ゆえに嫉妬を向けられることも多かった。誰一人信用できない、と言っているような顔で、終始面白くなさそうな顔。友達もいない。教師からの評判も悪い。けれど、当時、天才と称えられ、孤高の怪物として扱われていたマシロだが、誰かの実力のなさを笑ったことは一度もなかった。
心の中で、マシロは根はいい奴なんだ、と思ってやらなくもなかった。
―――しかし、やはり、態度は悪い。
「頼むよ!お前ほどの実力があればカラナフ元帥をどうにか誘導できるだろ!?」
「無理無理、お前が頑張れ」
「頑張って元帥抑え込めたら苦労しねえよ!なあ!頼むって。開始まであと十分もねえんだよ」
マシロは心底やる気のなさそうな顔で、小指を耳の穴に突っ込んだ。「えーどうしよっかなあ」迷う素振りを見せつつ、この態度は、絶対、協力しようとは思っていない。口に咥えた煙草を手に持ち、ゆるりと煙を吐いたマシロ。
くそ、変わってねえな。畜生。
リリオは我に返った。行き交う人が皆こちらを見ている。しまった、今日はシュトラウスの団服を着ていたんだ。天下のシュトラウス団員が土下座している姿に、周囲がどよめいていたのだった。惨めになってきた。途端にそう思ったリリオは立ち上がった。マシロに頼むのは、諦めよう。そうして元帥捜索に戻ろうとしていたときだった。黙っていたマシロがリリオの肩を叩いた。
「あー、まあ、同期のよしみだ。俺が今一番"最善"だと思っている提案をする。お咎めがあるかもしれねェから、お薦めはしねェんだけど―――、」
「?」
*
「リリオ!見つかったか?」
「いいや」
汗だくの友人、ジエンは、リリオの返答に肩を落とした。走り回ったのだろう、疲弊しきっている。
「これでクビ確定かあ」心なしか老けたジエンに、リリオは首を横に振った。
「あのさ」
「んー?」
「基本的に試験の内容は試験官が決めるものじゃん。だけどさ、まあ、幸いにも、準試験官である俺たちにも試験の内容、決められるじゃん?」
はっきりしない物言いに、ジエンは首を傾げた。リリオは言いにくそうに言葉を詰まらせながら、一言一言、ゆっくり紡ぐ。今まで培ってきた常識と保身に揺れているのだろう。
「リリオ、どうした、なんか目が据わってるんだけど!?」
「もう仕方がないよな。カラナフ元帥が悪いんだよな…」
「何まじでどうしたの」
―――お薦めはしねェんだけど、
リリオはマシロの悪だくみにも似た邪悪な笑みを脳裏に浮かべ、微かに身震いした。こんなことを言って除けてしまうマシロが恐ろしい。リリオには絶対考え付きそうもない。
何が「お薦めはしない」だよ。名目上"ありそうな"、そして絶妙にギリギリな提案しやがって。しかし、もうなりふり構っていられないのも事実だ。
カラナフ元帥のやる気がない以上、出させるしかない。
見つからない以上、探すしかない。
時間がない以上、始めるしかない。
これらを全てクリアした試験。
「鬼ごっこ、しよう」
―――いねェんなら、受験者に探させちまえよ。カラナフ・ユロウに触れた者が合格、とかそれらしいこと言えばいい。時間もねェんだろ?"試験ができない"ことは大問題だが、"試験で誰も合格者が出ない"ことは大した問題じゃねェ。そんなこと、過去にも何度かあるからな。
*
「レーインー、早かったね」
「ちょっと変な人に会っちゃって…」
「変?」
控え室に戻ると、セイラが待ってましたと言わんばかりの満面の笑み。レインは思わず息を呑んだ。心臓を鷲掴みされたかのようだ、呼吸の仕方を忘れそう。
レインの返答に、隣で座っていたユーリが訊き返した。しかし、今回の試験官の元帥に会っちゃった、なんて言えるはずもなく(言ったところで、元帥がこんなところに出歩いているなんて信じてもらえるはずもなく)、レインは「なんでもない」と首を横に振った。
そのとき、勢いよく控え室の扉が開いた。レインは咄嗟に避けて、道を開ける。控え室に入ってきた二人組、それも一方は、先程カラナフ元帥(仮)を追いかけていた男だった。まさか、彼も、試験官なのだろうか。そういえば、彼が纏うのはシュトラウス自警団の団服だ。もう一方のそばかすの男は見覚えがない。
「注目!」
そばかすの男が声を張った。控え室に満ちていたざわめきが一瞬にして止む。辺りはしんと静まり返り、緊張で空気が張りつめている。レインは周囲を見渡した。誰もかれもが、待ちわびていたようだった。ぎらぎらと獲物を狩るような目で、控え室に入った二人組を睨む。
「これより、試験を始める」
試験を始める、と続けた男だが、受験者一同、首を傾げた。肝心の、カラナフ元帥がいないではないか。辺りがざわめき出すのも予想通り、と言ったような顔で、二人の男は一瞬疲れ切った表情を浮かべた。だがすぐさま元の表情に戻ると、姿勢を正した。
「俺は今回の試験補佐官、アレス軍元帥直属補佐、リリオ・ベリー」
「同じく、ジエン・バーナーっす」
カラナフ元帥らしき男を追いかけていた汗だくの男は、ジエン、と言うらしい。隣のそばかすの男、リリオはすっと息を吸った。そして、広い控室の、およそ500人ほどいる受験者全員に届くような声を響かせた。
「試験内容は、単純明快、鬼ごっこだ!皆、今この場に、カラナフ元帥がいないのを疑問に思っただろう。鬼は、お前ら受験者全員!お前らは、カラナフ元帥に何をしてもいい。殺す気で行け!万が一殺しても、一切責任は問わない!」
「あ、あのう」
「なんだ?」
リリオの説明に、受験者の一人が手を挙げた。
「カラナフ元帥に触れた者が合格、ということですか?」
「察しがいいな!その通りだ!」
受験者が一体となって騒ぎ出す。受験者の中には、戦闘の心得がある者も多い。だからこそ、歴然とした実力の差はわかっているのである。通常の試験は、受験者同士で争われる。しかし、鬼ごっこということは、必ず、どこかで、対峙する機会が出てくるのだ―――あの、仲間に“殺戮兵器”と呼ばれる、最凶最悪の元帥と。
試験では、当然、死者も出る。
シュトラウス入団試験では、試験の申請をした際に、試験時による死傷の同意書を書く。あまりに露骨な試験時の殺人は試験官の制止が入る。しかし、“故意のものではない死傷”に関しては、同意の上で、容認されたとするのであった。試験内容によっては、辞退する者も多いが、それは今回の試験でも例外ではなかった。
「お、俺は降りる!」
「俺も」
「私もやめるわ!」
命は惜しい。名誉のために、命を落とすのは元も子もないことであった。
ま、予想通りだな、とリリオはため息をついた。こうなった以上、この試験はもう、合格は不可能に近い。その状態でただ危険のリスクだけを負うのは、賢い選択ではない。
俺も受験者なら降りてるわー、とリリオは小声でジエンに言った。ジエンも同感だったようで、顔を引きつらせながら頷いた。今年は不運だった。そう思って、また来年頑張ればいい。
気付けば受験者は半数にまで減っていた。
「さて、他の者は試験を受けるということでいいな?じゃあ改めて、ルールを説明する。鬼はお前ら全員、カラナフに触れれば合格とする。ただし、お前らが束になったところで、元帥の相手になるとは思えない。だから、チームを作れ。もちろん互いに了承しさえすれば、受験者全員がチームになっても構わない。チームの誰か一人がカラナフ・ユロウに触ることができれば、チーム全員合格だ」
「今から五分、時間をやるから、チームを作ってくれ。作ったら、こちらに申し出て。ああ、チーム名も考えてな」
ジエンの言葉に、受験者が一斉に動き出した。
手当たり次第声をかける者、力が強そうな者をチームに引き入れようとする者、交渉する者。レインは慌ててあたりを見回した。どうしよう、乗り遅れた。真っ青な顔であたふたしていると、背後から抱き着かれた。
「レーインー」
レインより身長が高いセイラが、上からレインを見下ろした。
「とーぜん、私と組むでしょぉ」
「え、いいの?」
ただの気まぐれで、行動を共にしているのだと思ってた。セイラは、レインに実力がないのを知っている。それでも組んでくれるなんて、レインには理解ができなかった。けれど、ありがたい申し出なのは変わらない。
「俺もいいか?」
「もちろーん、イケメン大歓迎」
セイラはレインに抱き着きつつ、控えめにこちらへ来たユーリの腕を掴んだ。レインは感動した。ユーリもまた、レインが足手まといになることを想定できたはず。それでもレインの手を取ってくれたのだった。「ありがとう」と穏やかに笑うユーリに、レインはいっぱいいっぱいになりながら「こちらこそ」と返した。
「どうせ組むなら、かわいー子、イケメンな子がいーなぁ」
セイラはレイン、ユーリと、両側で腕を組み、どんどん歩いていった。いきなり引っ張られたレインは躓きそうになりながら、セイラについていく。そして同じく躓きかけていたユーリと目が合い、思わず笑った。
「あ、はっけーん」
セイラが笑う。セイラの視線の先には、可愛らしい少年であった。きょろきょろ、と辺りを見回している。レインよりも頭二つ分程小さく、まだ幼い。すると、セイラがその少年に近づいた。
「ぐうぜーん。キミ、コア・ナクアでしょ」
コア・ナクアと言えば、レインと同じく元帥の推薦をもらった第二学生の少年ではないか。
コアはセイラの問いかけに、あわあわしながら頷いた。
「キミ、チームは?」
「…えっと、まだ」
レインは先ほどまでの自分を思い出した。元帥の推薦を受けたという事実だけで、誰も自分を受け入れてくれない状況に陥ったこと。今まさに彼はそんな状況なのだ。誰もこの子を警戒して、チームを組んでくれないのだろう。
「ね、じゃあ私たちと組もうよー」
「え、いいの?」
コアが目を瞬かせる。先程のレインと同じ反応、セイラは思わず吹きだした。レインはなんとなく恥ずかしくて僅かに俯く。コアは終始無表情であったが、仕草や声はまだ幼く年相応であった。
―――
「このチーム名、やめない…?」
「何よ、レイン。かーわいいレインのことをチーム名にしてあげたのよ。感謝してよねえ」
「まあ、的確に表してるよな」
「ほら、ユーリもああ言ってることだし」
「的確、だけど!あ、ねえコアくんは嫌だよね」
「ううん」
「なんてこった!」
《チーム名:一人ぼっち》
「確かに一人ぼっちだったけど、わざわざチーム名にする必要!」
レインの声は、誰にも届かない。
そして試験が、始まる。




