入団試験2
ユーリは長い前髪を鬱陶しそうに後ろへ掻き上げた。そのちょっとした行為ですら、息を呑むほど綺麗であった。それに、このセイラ・サウレという少女もまた美しい。レインは気後れしていた。
「ねえ、レイン。今度私とデートしよ」
「それよりレイン、キミはもうちょっと気を強く持つべきだよ。実力はあるんだろう?」
「それよりって何よ。やーね、あるわけないじゃないの。この子、ルワーフでは落ちこぼれとして有名なのよ」
「そうなのか?ルワーフに行ってないから知らなかった。キミ、有名人なのか」
「ユーリ、ルワーフ学生じゃないのね。珍しい!」
楽しそうに会話をしている二人の間で、レインは何とも言えぬ複雑な顔をしていた。仲間(みたいな人たち)が出来て嬉しいような、周囲の者に嫉妬や軽蔑の目を向けられて悲しいような、二人の容姿が眩しいような、そんな二人との差が歴然で辛いような。そんな複雑な顔。
セイラはそんなレインの心情を悟っているようで、にやにやと意地悪い笑みを浮かべているし、逆にユーリは何も気付いていないようで話に夢中だ。
「それで?どんな関係なのよ、サラ元帥と!」
「あ、ああ…、実は、」
初対面なんだ、と続けたレインに、セイラは目を丸くした。
「はあ?じゃあ、なんで推薦なんかもらってんの?初対面の使えないただの落ちこぼれに、推薦あげるわけないわよね」
「使えないって…、」
言い草は酷いが、その通りだ。レインは、自分が推薦に値する者だとは到底思えなかった。サラが言った"縁"についても気になっていた。自分の知らないところで、何か、あるのだろうか。
―――僕ですら知らない、僕についての何かを、彼は、知っているのか。
「よく、わかんないんだ。でもサラさんも初めましてって言ってたし、初対面なのは多分本当。何の縁があって僕に推薦をくれたんだろう…」
「へえ、あの偏屈がねえ。他人のためにそんなことするかなあ」
「へんくつ…?」
「知らないの?サラ元帥って捻じ曲がった性格で有名なのよ」
ユーリが横で頷く。
「まあ、あの荒くれ者が揃うフィロード軍元帥を務めているくらいだからね」
「っていうか、元帥になるような人は、皆どこかぶっ飛んでるのよ。同じ人と思わない方がいいわ」
ぶっ飛んでる、ようには見えなかったんだけれど。どこか怖い雰囲気を纏った得体の知れなさは、少しだけ理解できた。会話をしているのに、真意が読めない。表情が全く心の内を反映していない。そんな感覚すら覚えた。サラは終始笑顔であったが、終始笑っていなかった。ニイナの父、クレオ・ハーバンは同じシュトラウスの幹部だが、(長らく一緒に暮らしていたからか)まだ彼の方がわかりやすい。
どうしよう。もしかして、すごくやばい人に目をつけられたのではないか。
これは、もしかして、受かっても、何か酷い目に遭わせられるのではないか。
受からなかったら受からなかったで、もしかして、「顔に泥を塗った」とか言って、何か嫌がらせを受けるのではないか。
もしかして。
八方塞がり、なのでは、ないか。
「ちょっと、外の空気吸ってくる…」
「あとちょっとで試験官来るだろうから、早めに戻ってきなよー」
ふらふらと控え室の扉に向かうレインの背中に、セイラの間延びした声が投げかけられたが、レインの耳には届かなかった。セイラとユーリはお互い顔を見合わせる。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だろう。彼はああ見えて、とても、賢明で勇敢な人だと思うよ」
呆れ顔のセイラに、ユーリは静かに笑いかけた。
*
リリオ・ベリーとジエン・バーナーは泣いていた。
「おい!まじか!おい!カラナフ元帥がいねえんだけど!?」
「だからちゃんと見張ってろって言っただろ!?」
「見張ったところで、あのカラナフ元帥を、平団員が留まらせておけるわけねえだろ!?」
「確かにな!?」
開放的に開け放たれた窓、風に煽られたカーテン。部屋を荒らされた痕跡はなく、ただただ、そこにあるべき人物の姿が見当たらないのみであった。当然書置きは存在しない。
リリオとジエンは彼らは、今回の入団試験の試験補佐官であった。
入団試験では、毎度試験官一人と試験補佐官二人の計三人が審査する。試験官は、元帥、または元帥に匹敵する階級を与えられた者が務め、試験補佐官は元帥の指名により決められる。リリオとジエンは、今回選出された哀れな者たちであった。
アレス軍に所属する二人は、カラナフの直属の部下であった。が、"あの"カラナフ・ユロウが真面目に選出したとは考えにくい。たまたま覚えていた団員二人の名前を、準試験官に挙げたのかもしれない。いや、そうに違いない。「そりゃ覚えてるよな。直属の部下だもんな!毎日顔合わせてるもんな!」「これで忘れられてたら逆に辛いよな!喜ぶべきだよな!」リリオとジエンは、二人でそう言って励まし合いながら、今回の試験の試験補佐官に就任した。
試験補佐官は、仕事量としては、大して多くない。試験の補佐をするだけである。ほとんどは試験官が自ら試験を進めてしまうため、補佐と言っても受験者同士の騒動を鎮圧するぐらいであった。
ただ、試験場には、試験官がいればいいのである。そうすれば、試験は成り立つのだ―――が。
「…まあじっとしてるわけねえよな!?」
「カラナフ元帥だもんな!?」
そういうわけで、試験の大前提として、試験官には試験に出てもらわなければならないのだが、そこに試験官が来ないというのは、大問題なのであった。試験官控え室にあるはずの姿がどこにも見当たらず、リリオとジエンは頭を抱えていた。
「今から代理で試験官頼むか!?」
「無理だ!サラ元帥は昨日から遠征、リオラ元帥はこの時間だと起きてる確率のが低いし、パーム元帥はそもそも居場所がわかんねえ!」
「シュレーン元帥は…、」
「無理だろ」
「だよね!」
打開策はない。となれば、何が何でも消えたカラナフを連れ戻さなければならない。それがどんな任務より難航するであろうことは、容易に予測できた。しかし、「はい、試験官は逃げました、すみません」で済むほどこの役職は軽いものではない。最悪リリオ、ジエン共に首が飛ぶ(※職を失う)可能性すらある。
カラナフがまともに試験官をするとは思わなかったが、まさか直前で姿を消すなんて。
おかしいと思った。こういった催しを一番面倒くさがり、率先して逃げるお方が、「今回は貴方が試験官らしいですよ」の言葉に「へえ」の一言で納得するなんて。もう少し渋ると思っていたリリオは、妙に拍子抜けしたのだった。
あのとき実は、カラナフは話を聞いていなくて、直前になって試験官にさせられそうになっていることに気付いて、咄嗟に逃げた、とか。
―――ありうる!
ありうるというか、それしか考えられない。
直属の部下だからこそわかる。彼はこういった催しを、愚行だと切り捨てる。彼自体がほぼ道場破りのごとく乗り込んでシュトラウスに入団したものだから、試験なんぞやらずに、自分やら団員やらに決闘を申し込め、くらいには思っているはずだ。だからこそ彼は、試験官を妙に嫌がる。
「とっ…とりあえず、カラナフ元帥が行きそうなところを探そう!」
「わ、わかった」
*
沼に足を取られているみたい。一歩一歩足を前に出しても、ずぶずぶと埋まっていくようで。重い足を無理やり引っ張りながら、レインはやっとの思いで近くにあった窓を開けた。肌寒く感じる冷たい風が、少しだけレインを冷静にさせた。
自分の出生を、自分の両親のことを、自分は何者なのかを、レインはずっと知りたかった。そのために多くのことを学び、知識をつけた。しかし、ずっと知りたかったことが知れるかもしれないとは言え、今までとは全く違う環境に飛び込んでいくのが心底怖かった。この選択は間違っているのではないか、そう思うと途端に足が竦んだ。
「僕は…、」
窓の外は賑やかな祭り騒ぎ。少し距離はあるが、楽しそうな音が風に乗ってこちらまで届いてくる。目を凝らすと、表の通りで人々が行き交う様子が見えた。
「いったい、どうしたら―――うええ!?」
正直、油断していた。不安に心を沈ませ、意識を遠くへ泳がせていた。その状態で、いきなり目の前に見知らぬ顔が現れたら、小心者のレインでなくとも驚くだろう。
上からいきなり落ちてきた逆さまの顔にじっと見つめられる。
「…、」
とてつもなく見つめられている。逆さまのままこちらを見ている鋭い目が、きょとんとしている。まるで、子供が、予期せぬことが目の前で起こって驚いてる時のような。
「あ、あの」
外は四階のはず。であるのに、窓の上から顔が出ている。それは一体どういった状況なのだろうか。普通に考えれば、五階から壁伝いに降りてきて四階のこの窓に逆さまに顔を出している、のだろうが。
「そこ、危ないので、中に、入りませんか…」
レインはしどろもどろになりながら、目の前でこちらを見る男に声をかけた。男は鋭い目をぱち、と瞬かせ、上に引っ込んだ。なんだ、入らないのか。窓から男の顔が見えなくなり、レインは「何だったんだろう」と首を傾げていた。その瞬間、いきなり窓の外から足が入ってきた。突然のことだったため、先程の男が窓から中へ入ったのだ、そう理解するのに暫くかかった。
「び、びっくりした」
「なんだ、お前が入れって言ったんだろ」
男は欠伸混じりにそう言った。赤い飾りのついたピアスが、音を立てて光る。男はルナでは大層珍しい恰好をしていた。首に巻いた毛皮と、袖のない着物。昔本で見たことがある。この服の作りは、アスラの国の衣装によく似ている。ルナでこんな服着ていたら、シュトラウス自警団に捕まりそうなものだけど。と、そこまで思って、気付いた。ここがその本部で、ここにいるのだからこの男もシュトラウス自警団の一員なのだろう。シュトラウスの団員だから、敵国の服を着てもお咎めなし、と言うのはなんだか少し違う気がするけれど。
男は鼻を微かに動かした。
「ちッ、来たな」
男は面倒くさそうに眉をひそめた。レインが首を傾げていると、廊下の先で、声がした。何やら必死な、涙混じりの声。
「げ、元帥ー!いたー!あ、ねえちょっと待ってください逃げないでえええ」
声のする方向に目を向け、視線を元に戻すとそこにはもうあの男はいなかった。まるで幻でも見ていたかのような錯覚に陥る。何者だったのだろう。廊下の先からこちらへ向かってきた男は、息を切らしながら頭を抱えた。
「カラナフ元帥ーーー!」
まじか。




