9話 嫉妬
「そんなことはない。今でも好きなのは変わらないよ」
「冗談言わないでよ。サクラが重荷だったのは聞いている。誰からとか聞きたい?」
王子は背を向けると机の引き出しからネックレスを取り出す。
「あの頃は毎年誕生日プレゼントを渡していたね。これは十二歳の誕生日にサクラに渡すつもりのものだった」
全部捨ててしまったが王子から毎年プレゼントをもらっていた。
「はあ……婚約が成立した時にあなたが渡すのを躊躇したものね」
セランはネックレスを床に叩き落とした。彼女が私に近づくと耳元で「時間稼ぎだよ。王子は今連絡手段がない。私達を言いくるめておいて、明日にでも誰かに話せば終わり。サクラは運が良ければ一生牢獄かな」と呟く。
王子とは長年一緒にいたこともあって考えも読めている。半分真実で半分は嘘なのだろう。
ため息をついて私はネックレスを踏みつける。力をいれていないなのに簡単に破壊できてしまった。自分の左手の人差し指に着いている指輪を見る。
「ねえ、人の命って大事なんだよ」
私は王子に近寄ると彼の頬にそっと触れる。
「きっと死んだら痛いと思う。苦しいと思うの。それは誰かに裏切られても同じものを感じる」
私は会話をしながら自然にサフィアの持ち物のナイフを手に取る。呼吸が乱れないように自分の首へとナイフを当てようと近づけた。ナイフが肌に触れると心臓の鼓動が速くなる。
「死んだらどうなると思う?」
「待て。わかった!」
王子の部屋には何冊か本が置いてある。近くには手紙らしきものが見えた。
「セラン、私が死んだらマリンを殺していいよ。そして他の……王子と関わった女性達も殺して」
「言うことを聞くからやめてくれ」
ジューン・ブライド第二王子には目立った功績がない。それでも兄よりも優れた弟という部分以外を彼から聞くことはなかった。
「もう一度言うね。私が死んだらジューン・ブライド第二王子と関わった女性を殺して。これは大事な私からのお願いなの」
むしろ兄のメイン・ブライド第一王子のほうが悪名で勝っている。エイプリル・フールという名前にしなければ弟のほうは人々から忘れ去られていたと思う。
「やめろ。私は君に死んでほしくない」
フェイブ・ブライドにとって誤算だったのは国王が優秀すぎたことだ。私は国王のことを学校で習った。フェイブ・ブライドは帝国での戦いで華々しく戦果を上げた過去がある。だが、父親以上の素質を二人の息子は受け継いでいなかった。一番優れている弟ですらジェイドの足元にも及ばない。一番過去のフェイブ・ブライドに近いのがジェイドというのは皮肉なものだ。
「あなたは約束してくれるだけでいいの。セランがスフェンを殺そうしたことを止めたと国王に言う。そして私達の秘密についても黙っていたら済む問題なのよ。無能な王子様」
私は国王が帝国との戦争で功績を残しているのを知っているが、王子は戦争に行っても前線で戦って勝利した話を聞いたことがない。きっとジェイドがいることで王子が活躍する意味がなくなったのかもしれない。
「……父上は私に期待なんてしていない。エイプリル・フールという英雄より劣る私には王族としての役割は子孫を残すことだけだ。そう父上は私に言っていた」
「約束すると誓う?」
王子が頷くと私は彼から距離を取った。セランが息を吐いて壁に倒れかかる。
「サクラ……びっくりしたよ」
私はセランに近づき小声で「指輪のこと知っていたでしょ」と言った。
「それでも驚くよ。いきなり変なことをしたら」
セランを見ながら安心した私は机に置いてある手紙を手に取る。
「それは」
王子を無視して手紙の中身を確認すると女性とのやり取りではなかった。マリン以外とも連絡を取っていると考えていたが違っていたようだ。
「アクア・ガーネットだ。マリンの弟で時々私と連絡を取っている」
ガーネット王国は以前オリタビア王国が滅ぼしたが、結局管理できずに放置していると聞く。
「会う約束しているんだね」
「アクアはあそこの領主だからな」
王子は私を見つめると一歩後ろに下がる。
「サクラに私から一つ聞きたいことがある。君は本当に帝国の者と繋がっているなのか?」
王子は本気で私が帝国と繋がっているとは思っていないが疑問には思っているはずだ。
「ガーネット王国との戦いを私は知っているの。一瞬で人が蒸発したよね」
オリタビア王国とガーネット王国が戦争をした。その時介入したと思われるのがセテロレビ帝国だ。
「その話は誰にも漏らしていないはず……やはりスパイは事実なのか」
私の考えが正しければ帝国では地球の技術が広まっている。私と同じ前世の記憶を持つ者かもしれない。ガーネット王国との戦争を学校で習ったが人を殺すやり方が現代の兵器と似ている。オリタビア王国は帝国の情報をある程度は掴んでいるはずだ。ここで王子を脅すなら私が帝国のスパイとしたほうが都合が良いと思う気がする。
「帝国は離れた者同士で会話ができる。今こうしている間も王子を監視しているんだよ」
その時扉が開く音が聞こえて女装をしていないジェイドが現れた。
「今言ったことは真実だ」
ジェイドは私を抱き寄せると王子を見た。
「帝国は王国のことを常に見ている。ジューン・ブライド第二王子は賢い方だと理解しているが、今後サクラギ・クラゲに危害を加えるようなら私は容赦しない」
ジェイドに抱かれながら安心していると手紙を落としてしまった。私が手紙を取ろうとするもジェイドの手が伸びて間近で彼の顔を見る。熱くなる顔に気づき私は手紙を取らずに仮面をつけて部屋を飛び出した。一瞬で追いかけてくるジェイドに腕を掴まれてしまう。私は深呼吸をして振り向くと頭を下げた。
「ありがとうございます。これで王子は私を積極的に殺そうとは思わないはず……私今とても感謝しているの。王子とはちゃんと話す機会がなかった。すべてジェイドのおかげよ。本当にありがとう」
「君に指輪を渡して送り出した時からずっと不安だった。無理強いはしたくないからな」
暗い通路で向かい合うと彼は徐々に私を壁際に追いつめる。
「クラゲがまだジューン・ブライド第二王子を好きだとしても私は諦められない」
仮面の上から彼の唇が軽く触れた。
「……好きじゃないよ。あの人のことは尊敬しているだけで、私は一度でも好きだったことはない」
「安心したよ。なあ……クラゲはさ。真実を知ったがオリタビア王国から離れたい気持ちはあるか?」
「今はよくわからない」
「落ち着くまで私の屋敷で過ごせばいい」
彼と手を繋ぎながら歩く。
「外には出られないのは理解している。ねえ? 帝国ってどんなところ?」
「素晴らしい国だよ……と言えればいいが残念なことに私も詳しくない。幼い頃は帝国で過ごしたが記憶は曖昧なんだ。それよりなんで帝国の情報に詳しいんだ? 人が蒸発したとかよくわかったな」
「帝国は私の知る国々と酷似していることに気づいて、試しに言ってみただけなの。それよりいつ頃から王子との会話を盗み聞きしていたのさ」
「アクア・ガーネットの話からだ」
「驚いたよ。ジュライアで来ると思ったから」
「あの時君は仮面を外していた。気になってスフェンに聞くと彼はクラゲの顔を見たと言った。思えばセランは仮面が外れていても何も言わなかった……王国への憎しみを強く持っているセランが、この機会を逃すはずがない。だが、君達は待っていても来なかった。もしもセランが中止を選ぶなら君の頼み以外にないと思って」
「うん……」
セランのことに彼は詳しい気がする。
気づくと私は彼の手を強く握りしめていた。遠くで足音が聞こえて手を離す。セランが近づいているのが見える。私は彼と一緒にセランを見て先程の感情に気づく。
そうか。私はジェイドがセランに詳しいのが気に入らなかったんだ。




