10話 告白
「王子を説得できたから今後は二人で過ごしなよ」
ジェイドと繋いでいた手の感覚がまだ残っている。
「クラゲをありがとう。感謝しているよ」
二人を見て私はため息をつく。
「疲れたよ」
「だろうね。もう用事が済んだのなら仮面を外したら?」
セランを見て嫉妬するとか私は彼女の何を見てきたのだろうか。
「ごめん。まだここにいたいかも」
ジェイドへの恋を自覚しても私は何をしたらいいかわからない。
「王子が約束を守るとは限らないが、わざわざここに残る意味なんてあるの?」
「セランと少し話したいことがあるから」
「そうなんだ。いいけどね」
「少しの間だけだよ」
名残惜しく彼を見つめていると私は「またね。ジェイド」と呟く。
「……またな。クラゲ」
「うん」
手を振りながら去っていく彼を見ているとセランは私の頭を叩いた。
「余計なお世話かもしれない。でもね、私としては好き同士仲良くなってほしいんだよ。こんなの私らしくないのはわかっているけど言わせて。ジェイドが好きなんでしょ?」
素直に頷くと私は彼とは逆方向を歩き始める。
「好きだよ。それでも私には何をしたらいいかわからない。セランは好きな人っているの?」
「サクラの好きとは違うけど、昔は私にも婚約者がいたよ。あの人は私のことをなんとも思っていなかった。最後は私には価値がないと判断して暗くて狭い場所に押し込められた。味方だと思った人に裏切られるのは慣れている」
私は部屋に到着するとベッドに座る。セランも私の隣に座って手を伸ばすと仮面を外す。そうして私の頬に触れる。
「私にとって身内は大事なものだった。王国には私の居場所がない。ここでやることは復讐しかないの。今やるべきことはサクラならわかるでしょ?」
「わかるよ。でも」
本当に一人にしていいのだろうか。
「でも、じゃない。今なら間に合う。後は私でなんとかしておくから」
セランの力になりたかったが近くにいては余計なことをしてしまう。ここで悩んでも結論は出ている。
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
私は立ち上がる。
「やめて。その顔でお姉ちゃんなんて言われると昔を思い出して気分が悪くなる」
心底嫌そうな顔に私は楽しくなって笑ってしまう。
「ごめん」
「いいよ。今のサクラなら私も好きになれそうだし」
扉を開けてセランに手を振ると急いで走り出した。暗闇に足音だけが響く。歩き慣れた道を進み倉庫に入ると地下通路を進んで防壁の外に出た。息を切らして周囲を確認するもジェイドの姿はない。満天の星空を眺めているとひんやりとした空気に腕をさする。遠くをぼんやりと見つめているとジェイドは輝く月を見上げていた。月夜に彼は心細げに壁を背にして立っている。憂いを帯びた表情の彼に近寄ると一瞬で屈託のない笑顔に変化した。
「早かったな」
私はジェイドのことを何も知らない。こうして私に見せる笑顔を失いたくなかった。
「ええ、まあ……ちょっとだけセランと話すことがあったからね」
「話は終わったみたいだね」
彼は私に笑顔を見せると歩き出した。パール家まで行くと彼は私を抱きかかえる。驚き声を上げそうになる私を気にせず真上に飛んだ。空に浮かんだ状態から気づくと屋敷を囲む不安定なフェンスの上に彼は立っていた。
「……すごい身体能力ね」
ジェイドの背よりも高いフェンスまで私を抱えて飛び越えられそうな力を持っているようだ。
「普通だろ。このくらいは」
地面に降り立つと彼を待っていたようにスフェンが出迎える。一言二言交わしてから徐々に眠気に襲われた。目が覚めると見慣れない部屋で数人がベッドを囲んで私を見ている。そこにはスフェンもいたが彼は私の横を睨んでいた。隣から聞こえる寝息に気づくと私は頭を抱える。ジェイドが私の隣で寝ていた。私の服が乱れていないのを確認してスフェンを見る。
「どういう状況?」
「昨日の夜、疲れたから部屋を貸してと言われて、ジェイドはサクラと一緒に休むことになった。もう昼になるのに……起こすか迷っていたが朝まで何をした?」
「何もしていない!」
ジェイドが起きるとスフェンを見て首を傾げる。
「なんでいるんだ?」
「それはこっちの話だ。昨日突然部屋を貸せと言いやがって! 少し休むだけと思ったのに……それにだ! お前はここではジェイドではない。ジュライアだ! 男の姿でいるなと言っただろ! お前はここだと女だ!」
「わかってる。うるさいな」
「本当は今すぐにでも追い出したいが仕方ない。今日一日休んでろ。サクラのこともある。夜になったら帰れよ」
「ああ」
スフェンは以前ジェイドに抱きついていた時とは違っていた。ジュライアは好きだがジェイドはそうでもないのかもしれない。
ジェイドを見てため息をつくスフェンは私を見て微笑む。
「お腹は空いていないか?」
「多少」
「着替えが終わったら食事を済ませるといい」
私とジェイドは使用人によって綺麗なドレスを着せられた。一緒の部屋で着替えるのは流石に恥ずかしかったが文句は言えない。彼は本当にここでは女性として扱うつもりらしい。
着替えが終わった私達は別室に行って食事をした。昨日までの出来事が嘘のように穏やかな雰囲気で以前飲んだ果物が入ったジュースを口に含む。
「折角だ。この屋敷を案内しよう。この姿ならスフェンは文句を言わない」
「前から気になっていたけど、ジェイドとジュライアってそんなに似ているの? 私は実際に会ったことないからわかんないが、みんな騙されるとかどうなのかなと思ってさ」
「実際に聞いたわけじゃないが、彼女はモルガナイト家の血を引いているから似ているのかもしれない。写真あるぞ」
ジェイドに連れられて屋敷の奥にある鍵をかけた部屋の前に立つ。彼の綺麗な横顔を眺めていると鍵が開く音がした。
「入りな」
ジェイドの声を聞きながら室内に入ると机と写真立てがある。写真立ての横には古そうな本が見える。掃除をしているようで埃がない。机に置いてある写真を私に見せると本当にジェイドとそっくりだった。
「流石に声までは似てないと思うが立派な人だとは聞いている。普段はあまり喋らないようにしているから大丈夫だが油断はできない」
質問ばかりになっていたが私は彼のことを知りたくて仕方ないんだ。
「帝国での暮らしとか聞いても?」
「幼い頃は帝国で様々な訓練をさせられたよ。外部の者と接する機会もなく、何故自分はここで暮らしているのかもわからなかった。しばらくすると何度目かの王国との戦争で捕虜の話が出た。そこでオーガスド・アレキサンドは私を王国へと送ることを決めた」
彼は喋りながら古い本に触れる。
「死んだはずのオリタビア王国の元王子が現れたら混乱するだろう。そのぐらいで深い考えなんてなかったらしい。オーガスドが言ってたよ。ま、あの人から謝罪された時は流石に困ったな」
オーガスドが誰なのかと思ったが帝国の人なのだろう。その人のことを詳しく聞くのは後でいいか。
「随分とオーガスド? と親しいように聞こえる」
「まあ、それなりにはね。オーガスドからは帝国に戻るよう言われたが既に王国軍の人間だから断った。敵同士なのに今裏切るのは不味いと思ってね。その時の戦争で王国に貢献したからと言われて英雄扱いされたのさ。あの頃クラゲと会ったんだよ」
「その頃随分怪我をしてたような気がするけど、何があったのか聞いても平気?」
「大したことじゃない。英雄とはいえ王国軍の一部には好かれていなかったから色々あったんだ。貴族からも目の敵にされて困ったよ。その辺りから帝国と接触していたから、自分の本当の名前とかを聞かされて派手なことはできなかった」
「あれ? 剣に血がついていたような」
「あれは私を斬った剣を持っていたんだよ。穢らわしい血がついたとか言って捨てられた剣だが下手に捨てるわけにもいかない。私の血が残ったらまたクローンが作られる可能性もあると思ったんだ」
笑いながら話をしていた彼は突然私の手に触れる。何故いきなりと思ったが私の頬を伝う涙に彼が気づいたからだった。
「そんな大変なことがあったのに私何もできなくてごめんなさい……」
古い本から手を離すと彼は私を見つめた。
「君が現れなければ私は我慢できずに……人を殺していた」
「そうなの?」
「多分ね。あの時に誰かを傷つけるのは駄目なんだと思ったんだよ。私はね。君を好きになって綺麗事を言えるようになった」
彼は私の涙を拭く。
「……私ずっとジェイドが気持ちを伝えてくれていたのに何も言えなかったの。誰かを想うなんて余裕なくて……その」
覚悟を決めて臆病な自分から脱却する為にも言葉にしないといけない。
真っ直ぐ彼を見て「私も愛しています」と精一杯の気持ちを届けると彼は震えていた私の体を抱きしめる。
「嬉しいよ。私も君のことを愛している」




