7話 密談
部屋に戻るとセランとジェイドがいた。
「あれ? クラゲ、仮面つけてないよ?」
「あ、ごめん。ジェイドに言われて気づいた」
「別に誰も見てないからいいけどね」
私が仮面をつけるとセランが近寄る。
「なんでクラゲ呼び?」
「本当は私の名字と名前が逆なの。それを言ったからクラゲ」
「へえ」
楽しそうに私の背中を叩くセランを睨むと小声で話しかける。
「用事は済んだ?」
「まあ、証拠はなかった。帝国産のものが多いのは知ってたけど、まさかここまであるとはね。疑われるもの仕方ない」
「……ジェイドのこともパール家は知っているはずだから、こんなの確定だと思うけどさ。どう報告するの?」
「さあね。あいつ名乗ったんだ。なるほど……本当にサクラのこと好きになったわけか」
「どういうこと?」
「ジェイド・モルガナイトはこの世にいない。そんな人物のことをあなたに教えるなんて危険なのよ。好きな人には嘘をつきたくないからね」
「……困るよ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないから困るの」
セランは私の顔を見て笑うと手を掴む。
「行くよ、サクラ。それじゃあ、ジェイド! 私達帰るよ。またね」
セランと一緒に屋敷を出て使用人の部屋に戻る。夜まで私達は喋っていたがすぐに眠りについた。セランが部屋から出るの確認して一人天井を見る。
私は使用人や諜報機関での仕事もセランに任せてばかりだ。
「セラン……」
私は部屋を出て倉庫に行くと地下通路から外に出た。少し肌寒い夜空を眺めていると地下から物音がする。私は地面を蹴って寝静まった夜の街に響く音を聞く。私が出した音以外には何も聞こえない。そこから少し離れた場所で待っていると暗闇に溶け込む黒い服装を着たセランが現れた。
「……なんだ。サクラか。こんなところで何をしているの?」
「セランを止めようと思ってね。スフェンを殺すつもりでしょ?」
「お散歩しているだけなのにサクラは妄想が激しいね」
「今日私が寝た後にセランは証拠がなかったと国王に報告をした。パール家が帝国と繋がっていると判明したらジュライアの存在が明らかになるよね」
「それならジュライアが死んでいるのが知られるとジェイドの活動に問題が生じるでしょ。実際に帝国とパール家は関係がないんだからスフェンをわざわざ殺す意味なんてないはずよ」
「確かにスフェンは帝国とは何も関係がないと思うよ。でも、国王が証拠は作ればいいと言っていた。スフェンが帝国と内通していたと言って殺しに行けば国王から信頼が得られる。そしてスフェンは私の顔を見てしまった。あの仮面が取れた時に私とスフェンが話をしていたの見ていたでしょ」
「なんだ。気づいていたんだね。殺す理由あるじゃんか」
「彼は私の友達なの」
「友達以外ならいいわけ?」
「そうは言っていない。私にはまともな友達なんていなかったから大事にしたいの」
「どれだけ親しくても命のほうが大事なんだよ。十六年前に私は家族を失った。仲が良かった友達も大勢いたが誰も助けてくれない。私は偶然家族や他の貴族の助けで逃げられたけど、ほとんどの人は死んでしまった。元々私はあなたと違って社交的じゃなかったから顔を覚えられなかったのも潜入に成功した理由でもある」
「たとえスフェンを殺してもパール家は疑われる」
「私としてはどっちでもいいの。ジェイドは優秀だから問題が起きても一人で解決できる。それにパール家がなくなったほうがジェイドは居場所を失う。そして英雄としての立場を追われて、あなたを連れて帝国へと逃げる理由にもなる」
「そんな理由で殺すなんて」
「愛しているとかふざけたこと言っているジェイドがいるほうが邪魔なの。正直に言うと私は前からあなたのことが嫌いだった。妾の子なのに私よりも優秀だったあなたは両親から好かれていた。社交の場が苦手な私と違ってあなたは目立っていたの。それもあってモルガナイト家のジェイドにも好意を寄せられていた。二人がいなくなったほうが私にとって都合が良いの」
「それはジャニュス・アリーで私じゃない!」
「……今更私を止めてどうしたいの? 国王にはスフェンを殺しに行くと言ってある。私は自分の為に行動しているんだよ。そんな権利ないでしょ」
「それなら私も自分の為にセランを止める。そして私の正体を王子に言う。そうすれば時間を稼げるはず。国王は私との婚約を反対していたが、王子の言葉なら信頼しているから強く言えないことがあった。それに期待するしかない」
納得していない様子でため息をつくセランは「スフェンが裏切らないとは思わないんだね。それに王子のことも」と言う。
「その時は仕方ないかな。運がなかったとしか言えない」
「変わらないな。あの時も誰かを信じて結局は自分で命を絶った。サクラはジャニュスと同じだ」
「似ているのは顔だけだと思う。だってさ、私には違う世界の記憶があるの」
「そうなんだ」
「信じてくれるの?」
「これでも姉だからさ。違和感はあった」
「嫌いなのによく知っているね」
「嫌いだと知りたくないことまで覚えるの。さあ、帰るよ。寒いでしょ」
「ちょっとね」
セランは私の手を取る。
「私が年を取ったのもあるかな。サクラのわがままなんて絶対聞かなかったのに」
「セランは若いよ。綺麗じゃん」
「……確かにジャニュスじゃないかも。別人だ。あの子ならお世話は言わない。私をいつも貶していたもの」
別にお世話のつもりはなかった。
「王子といつ会うの?」
「今からだよ。明日を待っていたら意味ないでしょ」
私達が王子の部屋まで行ってみると話し声が聞こえてきた。近くに使用人の姿は見えない。夜中に来たことは一度もなかったが容易に侵入が可能で危険に思える。他の兵士がいないのを不思議に思っているとセランが扉に近寄って耳を澄ましていた。私も扉を開けようとせずに話し声を聞く。
「楽しみね。私とあなたの子供」
「そうだな、マリン。君との子供……とても嬉しいよ」
私は扉から離れてセランに小声で話しかける。
「子供の話? なんで嘘でしょ……」
「知らなかったんだ」
「待って。これって私との婚約が破棄される前だと思うんだけど……許されるの?」
「こうして二人で会うことも国王は想定内でしょ。以前は夜でも宮殿内を誰かが歩いていたけど、最近は随分と変わってしまったね」
「……そういえば王子は色んな女性と付き合っていた。そこにマリンもいたような」
私は宮殿にはあまり近づかなかったが、王子が色々な女性を連れ込んでいたのは知っている。男性とはそういうものだと思っていたが、自由恋愛で付き合っている現代ではない。この世界で王子は自分の欲望だけで生きてはいられないはずだ。
「怒ってないんだね」
「終わったことだもん。そんなことよりもこんなことを国として認めていいわけがない。婚約前の男女が毎晩会っていたなんて常識的にあり得ないよ」
「確かに普通は止める必要があるね。でも、国王としては裏切者の血を受け入れるわけにはいかないの」
「それって私のこと?」
セランが突然私の手を掴むと近くの部屋に入った。扉の隙間から覗くとマリンが廊下を歩いている。足音がしなくなると私達は王子のいる部屋に入った。
「おや? 今日は用事がなかったはずだが」
私は仮面を取ると王子の目の前に立った。
「お久しぶりです。ジューン・ブライド第二王子」
「そんな……」
「今日はお願いがあってきました」
「待って……顔をよく見せてくれ」
王子は立ち上がると私の顔を見て、膝から崩れ落ちると涙を流す。
「本物なのか?」
「はい」
涙を拭くと王子は息を整えて私を見る。
「……それを私に話してどうしたいんだ?」
「王子から国王にスフェンの暗殺を止めるよう言ってほしいの」
「スフェンの暗殺とは?」
「国王はパール家の者を怪しいと思っている。でも、証拠は見つからなかったの。そこでセランはスフェンを内通者として殺すことに決めた。偽りの証拠を作って見せれば殺害にも正当性が生まれる。それが国王のやり方なの」
黙って聞いていた王子は私ではなく、隣にいるセランを見て大きなため息をついた。
「素直に従えとセランは言いたいのか?」




