5話 彼と出会った時
パールと聞いて王子と私の友達を思い浮かべた。
「パール家の?」
「そうだ。本来死んでいるはずの彼女だがパール家から許可は取ってある。ジュライアという女性が死んだことをパール家の人間は未だに認めていないからな」
「エイプリルは頻繁に宮殿に出入りしているの? 流石にどこからともなく現れたら驚かれるはずじゃ」
「サクラは宮殿に出入りしたことあるからわかるだろ。いちいち気にする人はいない」
確かに監視カメラがあるわけじゃない。城に入る時に細かく記録するのも随分前にやめていると聞く。
「それでエイプリルに聞きたいことがある。私が死んだことになっていることや婚約破棄の理由って何かな」
「本人と会って事情を聞きたいはずじゃないのか?」
「エイプリルは私よりも詳しく知っていると思って。本人から聞く前に知っておくべきことがあると思うの」
「確かにな。少し話すべきか……元々は婚約破棄の後に君は毒を飲んで自殺する予定だった。その話が外部に漏れて伝わったのだろうな。私が城から連れ出すことも本来の予定にはなかったことだ」
「誰も止めなかったのは何故?」
「さあな」
「後は私の家族とかも知りたい」
「ああ……それは」
私達の話を遮るように怒号が聞こえた。近場からの物音に驚いているとエイプリルの表情が変化していたことに気づく。私の前では冷静な彼が壁の向こうを睨みつけている。少し気になって倉庫から出ると男性が使用人を殴りつけていた。使用人の声が聞こえなくなると男性は立ち去る。倒れている使用人を眺めると人が集まってきた。心配して近づくも使用人は死んでいたようで彼の腕と足を掴んで運んでいく。
「酷いことするよな。あれで何人目だよ」
「英雄だからってエイプリル・フールはやりたい放題だな。この前もサクラギ・クラゲが自殺する前に王子から奪ったとか聞くし。きっと婚約破棄もエイプリル・フールのせいだろ」
私は近づいてくるエイプリルとセランの腕を掴んで壁まで歩く。
「あれがエイプリル・フールってどういうこと?」
「正確にはメイン・ブライド第一王子だ。奴と混同させる為に私と同じ名前を使用している」
「いや、顔全然違うから」
「顔や声が違っても普段私と会わない人間からしたら同一人物だと思う。そういう情報操作がされている」
「そんなのってないでしょ」
身分証があれば一番だけどないと思う。訴えようにも権力者に逆らう人は少ない。落ち着いているがエイプリルは良い気分じゃないはずだ。
「普段外出を制限されているメイン・ブライド第一王子を知らない者は多い。宮殿でも見る機会は少ないんだよ。もしもメイン・ブライドの悪行を発見した時、王国では彼をエイプリル・フールと呼ぶように決められている。違いを指摘した場合仕事を失うらしい」
「おかしいよ」
「仕方ないことだ。人から何を言われても反論するなんて意味がない」
不意に婚約後に貴族連中から言われた言葉を思い出した。
『それで今どんな感じなんですか? 婚約して結構経ちますけど』
特別仲が良かったわけじゃない連中に誘われて王子との話を聞かれた。
『……何もないです』
『意外! まあ、やっぱり学校での成績は優秀でも駄目なんだよ』
貴族達は私がどういう扱いを受けているか知っていた。
『やっぱさ、女として愛されてないんじゃ意味ないよ』
あの頃私は親しくもない貴族と毎日会っていた。彼女達は私に助言をしていたが、それを活かす機会は与えられない。常に王子の周囲には私以外の女性が大勢いたからだ。
揺れるエイプリルの黒髪を見ていると王子は銀髪だったことに気づく。別に黒髪が少ないわけじゃないが周囲には銀髪が多い気がする。
「この黒髪に鋭い目つき……あなた前に街で私と会わなかった?」
貴族と話をして嫌な気分になると街で美味しいものを食べることにしている。あの頃は漠然とした将来の不安だけを抱えていたが、幸せだと思い込もうと誰に対しても笑顔で接していた。誰とも話したくない気分で普段通らない道を歩いて迷った時に私は彼と出会った。宮殿で出会う男性と違って体つきはしっかりしている。血だらけの剣を隠そうともせずに握り、服も破れて怪我をしていた。
『手当てしましょうか?』
『結構です』
そのすべてが敵だと思って睨みつける彼の目を見て思わず声をかけてしまった。日本での記憶だけを頼りに生きていた私は既に精神的に限界だった。人と話す気力もなかったのに話しかけている。
『少しだけ話しませんか?』
六歳当時自分の無力さに絶望して死ぬことを望んでいたが、彼は王子と出会って救われる前の私と同じ目をしている。強引に手当てをしている間に彼と話をした。今だと他愛ない話で済むような王子に対する愚痴だった。普段なら周囲に配慮して笑顔を作っていたが、私は顔も名前も知らない男性に自分の話をしてしまう。
『すみません。こんな話を聞かせて』
『いいですよ。話すことで楽になることも多いと思います。それだけ一生懸命に生きてきたのならきっと幸せになりますよ』
『そうですかね』
『悲しい顔をしないでください。私に勇気を持って話しかけてくれたように誰かを笑顔にさせるのは簡単です』
『そうは思いませんけど』
沈黙の後に彼は口を開く。
『良ければ名前を聞かせてもらってもいいですか?』
『私は……桜木海月です』
『サクラギ・クラゲ。変わった名前ですね』
『よく言われます』
『でも、どこかで聞いたような……まあ、いいか。それじゃ急ぎの用がありますから』
立ち去る彼を見送ると私は一人になった。
『……名前聞けなかったな』
私はあの時久しぶりに普通の会話が楽しいと思えた。それほどまでに疲れていた当時のことを思い出していると彼はため息をつく。
「……ようやくか。何も覚えていなくて悲しかったよ」
「すみません」
「あの時こんなにも美しい人がいるのかと思って興味を持った。それにタイミング良く婚約破棄の情報を聞けて良かったよ。私は欲しいものは絶対手にすると決めている。言うまでもないが君だ」
「……そんなこと言って、恥ずかしいとは思わないの?」
「少しだけね」
彼と目が合うと私は思わず視線を外してしまう。そうして彼の背後の壁にあるデジタル時計に目を向ける。
「感謝はしているよ。命も救われた。今もこうして私の頼みを聞いてくれている。だから、私もあなたの悩みを聞きたい。間違っていることもはっきり言うべきだと私は思う」
そういえば何故デジタル時計があるだろうか。
「今更王国の方針は変えられない。あの第一王子は性格に問題があって、第二王子が次の王になるのが決定されている。それもあって彼は荒れているんだ。メイン・ブライドが人を殺した場合、王家にとって都合が悪い。それで考えたのが架空の人物を作り上げることだ。存在しないはずのエイプリル・フールという人物を作る時に都合の良い私を見つけた」
今彼はおかしなことを言った。
私が彼に話しかけようと近寄ると横にいたセランが窓の外から身を乗り出していた。小さな鳥が彼女の指に止まる。彼女は鳥を近くの壁に持っていく。その時鳥が壁をくちばしでつついた。何度かつつくと彼女は鳥を窓に近づける。自然に鳥が空へ羽ばたくと彼女は私に耳打ちをした。
「え? 仕事?」
「そうよ」
笑みを浮かべる彼女を見ながら遠くの鳥を眺める。
「鳥と話したの?」
「まあね。それより、あの国王から仕事だよ。それじゃジュライア! またね」
彼女に手を引かれ立ち去る私は遠くで手を振る美人を見つめる。
「そんなに気になるの?」
「違うよ」
少し彼に惹かれていても永遠の愛などないのは知っている。恋愛は想像より華やかなものではない。日本で数日だけ付き合ったが、王子の時同様待ち受けていたのは別れ話だった。愛し合うなんて物語だけの話で私には関係ない。




