45話 頰にキスを
オーガスドは部下達に命令して飛行機の付近に待機させた。皇帝を譲ってジェイドに従うのはオーガスドやオクトリの力があるからだ。そうじゃないと今のジェイドはいない。将来的にはジェイドの力だけで命令を聞かせることを考えている。そこまで面倒を見てくれるかわからないがやれるだけのことはしたい。
「それにしても……どの辺りだっけ?」
砂漠を歩いていればいいと思ったが詳しい場所がわからない。飛行機から距離を取っているので安心して捜索かできる。守りの指輪と風雷の外套も用意してあるので危険はない。
私が見渡していると岩を発見する。近寄ると足元の砂を蹴ってみた。以前は疲れていて気づかなかったが、ここの砂は他と違っている。私が一生懸命砂を掘っていると突然穴ができた。地面が抜けて内部の空洞が見える。風雷の外套で地下に行くと見覚えのある木材を手に取ると深呼吸をした。
「……オーガスドは私を否定しなかった。きっとジェイドも」
私は足元の砂を見つめていると次第に周囲から音が聞こえてくる。迫りくる砂を見て私は目を閉じると強い衝撃を感じて地面に叩きつけられた。ゆっくり顔を上げて体についた砂を落とす。広い空間を歩きながら大きな壁を見る。そこにいるのは大きな剣が体に刺さっているメシスト・トパーズだ。
「メシスト・トパーズだね」
「……誰だ」
「私はサクラギ・クラゲ。あなたを殺す人間だよ」
「そうか……安心した。ようやく終わるのか」
「その前に聞きたい。魔法はどう使えばいいの?」
「そんなもの詠唱さえすれば使える」
「私何も知らないの」
「まさか詠唱も習っていない人間がいるとは……」
苦しそうにしている彼は私をじっと見ている。
「何か?」
「いや、知り合いと似ていてな。それで詠唱の為の本なら落ちているんじゃないか?」
「探してみるよ」
「あっちに行けばあると思う」
あの辺りは以前天災の短剣があった場所だ。
「ねえ、天災の短剣を破壊することってできる?」
「無理だな。魔道具は何度も使用して壊れる。あれは数回しか使っていない」
「そうなんだ」
「使いたいのか?」
「どうだろ。天災の短剣って封印されているってことでいいのかな?」
「まあ、私が行かないと手に入れることは無理だと思っていい。ただ、君がこの剣を抜けば可能だ」
「いいの?」
「いいよ」
私はメシストの体を貫いていた大きな剣を引っ張ると崩れ始めた。倒れそうになる彼の体を支えるとぼろぼろのマントが目につく。
「過去に行きたいとは思わないの?」
「行ったところで意味はない。何故そんなことを聞く?」
「いや」
彼と一緒に歩くと私は以前見た星の模様が描かれた壁に触れる。
「ここだよ」
彼は首を傾げていたが指で砂を取り除くとはっきり模様が見えた。
「驚いた。場所を知らないはずなのに……」
彼は私の顔を覗き込むと黙って星の模様に手をかざす。地面が揺れて階段が現れると私は壁の模様を見た。
「知っているんだよ」
そう呟く私は暗闇で先の見えない階段を下りる。私が燭台に火が灯される前に中央の台座に近づく。ガラスケースにある短剣は七色に輝いている。
「すべて知っている……君は本当に何者だ?」
「あなたを殺す悪党だよ」
彼は何も言わずにガラスケースに触れて短剣を取り出す。それを私が受け取ると綺麗な短剣を見つめて「この地を照らす者よ。その命を糧にして門を開け」と呟いて彼の胸に刺した。
「やはり君は私と会ったことがあるんだな」
「ええ、もちろん」
「その詠唱は……私しか知らないものだ。人間の魔力を吸い取る魔法で……これなら」
彼が膝をつくと私を見上げる。
「わ、私を殺すことができる。未来の私が言ったのか? 私を殺せと」
「違う。私が望んだ」
「そういうことにしておこう」
メシストが倒れるとぼろぼろのマントを破いた。
「ごめんなさい。私は自分の幸せの為ならなんでもできる最低な人間なんだ」
メシストを放置はできない。彼は危険な存在だ。あの時のようにリィアモールと会って変わってくれるとは限らない。
飛行機に乗って砂漠から離れると帝国に帰ってきた。ジェイドの姿が見えないので探しているとテースは困ったように目を逸らす。聞き出そうとするも口を割らないので、彼女が好意を寄せている男性に近づくと私は腕を掴まれる。
「まだ何もしていないよ」
「これから何かするつもりなら止める」
「話してくれるんだね」
「あまり良い話じゃないからさ」
「教えてよ」
「わかった。ジェイドはフェイブ・ブライドを殺しに行ったの。表向きは事故だけどね」
私は彼と相性がいいのかもしれない。これで私もようやく安心して話すことができる。
「あのさ、テース。私も……同じことをしたよ」
数か月後私は部屋で待っていた。綺麗なドレスを着て静かな部屋で椅子に座っているとセランがドアを開ける。
「時間だよ」
セランが私の手を握ると歩き出した。窓の外には超高層ビルが見える。その隅にある森までの道を車で移動すると会場に到着した。全員が私を見ていると緊張してしまうが堂々と歩く。セランに連れられてジェイドのところ行くと彼女の顔を見る。セランは随分と嬉しそうな顔をしていた。
「疲れていたら言ってね」
「私は全然疲れていないよ。これからもサクラは私を頼りな?」
セランは王国のことを恨んでいたが、私の話を聞いて喜んでくれた。王国にセランの敵はいない。私は素直に喜べなかったが、他人の不幸は誰かの幸せに繋がっている。
「……ありがとう、セラン」
「私のほうこそ、こんなに毎日が楽しいなんて思わなかったよ。本当にありがとう!」
セランと話しているとジェイドが近づく。周囲の空気が変わった気がする。セランが離れると私は彼の手を握った。
「ねえ? ジェイドは言い残したことある? 今後は本格的に私はあなたの婚約者になるんだけど」
「言い残したってなんだよ」
彼は笑い出した。
「もう、これまで通りの関係にならない。逃げるなら今のうちだよ?」
彼の手を私のお腹に当てる。
「まさか」
「まだ先の話だけどね。はっきりわかるまで内緒にしたかったの。でも、驚いたでしょ」
彼は私を優しく抱きしめた。
「驚いた、それとさ。私は君を逃さないつもりだ。逆だよ」
「困ったな、もう」
「愛しているよ」
「ジェイド……私も愛しています」
私は彼とキスをした。そうして左手の薬指に確かな本物を目にして胸いっぱいの喜びが広がる。この感情を永遠に忘れないようにしようと、私は彼から受け取った指輪を大切に撫でた。
数年後も私と彼は帝国で幸せに暮らしている。問題が起きても皇帝となった彼にできないことはない。そんな日々を送っているジェイドにも不可能なことは起きる。
「娘に好かれない……なんでだ……」
「嫌いとかじゃなくて、よくわかっていないだけだと思うな。忙しいから顔見ることも少ないし」
「会う時には愛しているよとか言っているのに……何が駄目なんだろうか?」
「そんなのじゃ足りないよ。パパとして」
私と彼は顔を見合わせて笑うと一緒に娘を見た。この幸せを続ける為なら私達はどんなことでもする。そんな話をしていると隠れていた娘が姿を現す。
「え、パパ? あ!! ママだ!!」
娘の声が聞こえるとジェイドは歩き始める。この手をずっと握ったまま歩いていこう。そう誓って娘に近づくと彼は嬉しそうな顔になる。
「可愛いな……世界で一番だ。どうしよう。こんなに可愛いなんて……」
「そうね。確かに可愛いよ、でも」
私は彼の頰にそっとキスをした。
「あ」
娘は私を見て驚いている。口を大きく開けていた娘の顔を眺めながら不意に笑うと私は彼を見つめる。彼は私の唇が触れた頰に手を当て微笑む。
「その言葉、私にも欲しいな」
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