43話 深い関係
「帝国のことはよく知らないんだよね。これから教えてもらうことになりそうだ」
「たっぷりと教えます」
「はい、よろしくお願いします」
ベッドの近くにある窓から暗い闇に沈んでいる街並みを見下ろす。優雅な部屋からの景色はより綺麗に感じる。つい数時間前にいた古びた建物の辺りは治安が悪そうにも思えたが、何故かジェイドの隣にいると怖いという感情が出てこなかった。
「ねえ、ジェイド。私さ、またあなたに料理を食べさせたいな……ジェイド?」
返事がないので気になって後ろを見ると彼がベッドで寝ていた。私も過去や未来に行って疲れが出ている。
「おやすみなさい」
翌朝になっても部屋の外に出ることはなかった。彼は出かけていたので私は部屋で待つことにする。暇なのでよく食事を持ってくる女性と話をした。その女性は以前私に色々質問した人だ。その時は単純に真面目な人だとしか思っていなかったが、最近では友好的な女性だと少し感じている。
この人恋愛の話ばかりするな。
「私もあなたみたいな彼氏欲しいな……」
何故か勝手に私と話を始めている。仕事はいいのかと思いながらも黙って彼女と喋っていた。
「大丈夫だよ、すぐにできるよ」
「本当かな」
以前オリタビア王国でこういう類の話はしたが、正直話をしたのが貴族ばかりで疲れてしまう。政治と経済に関わる話もお嬢様達からした男の話に変わる。その誰もが高圧的な癇癪持ちか、自分に甘く他力本願な人ばかりだった。
こういう時は私から話を振る必要はないと思って興味なさそうに窓の外を見つめる。
「あのさ! ねえ! チューとかした?」
「ええ、まあ」
「彼氏とはどこまで進んだ?」
「そこそこです」
正直どう言えばいいかわからない。確かに彼氏だがはっきり認めるのも恥ずかしい。正直こういう話は未だに慣れない。
「あなたの彼氏さ。結構かっこいいよね! みんな狙っているみたいだよ! 私から言っておこうか?」
「あ、大丈夫です」
その女性はジェイドの話をしていた。私と彼を応援しているみたいだった。度々彼のことを褒めるので私も鼻が高い。確かに彼とすれ違うと女性は挨拶をして少し照れていた。男性とも楽しそうに話をしていたが彼は人と仲良くなるのが上手らしい。
「諦めていない人もいるみたいなんだよね」
「それだけジェイドがすごいってことよ。そうそう、えっとね……あの」
「何?」
しかし、気になることが一つある。他の国では気にしたことがなかったが監視カメラはないのか。帝国は技術的にも発展しているが、個人のプライバシーはどういう扱いになっているのだろう。私と彼は非常怪しいが録画や録音はされているのか気になる。毎日私達がキスをしているのを見られるのは困るような。
「……監視されていないよね?」
一応聞いてみると彼女は驚いた表情をして笑い出した。
「大丈夫。監視なんてされてないから」
「そうなの?」
「あなた達が信頼されてなくても客なのは変わりない。帝国にとって大事な人物なのは聞かされている。怒らせたら何が起こるのかもわかっているの」
「怒らないよ」
「それならいいよ。後さ、私達もお世話を任されているだけだし。上がどう行動するかわからないけど、私は仲良くしたい」
「ありがとうございます」
「ま、それに男と女だ。存分に……どうぞって感じでね。もう私はさ……ふへへっ」
その女性は怪しげな笑みを浮かべていた。何を企んでいるのかわからない。警戒するべきだろうかとジェイドに相談するが「敵対するつもりがあるなら食事に毒を盛ればいい。今のところは何もされていない」と言って椅子に座って本を読んでいる。
「それもそうか」
外出する時には受付の人に言えばいいみたい。何時間後までに帰ってくるようにとだけ言われて、二時間ほど元貴族の邸宅を見て回った。その付近にあるデザート専門店には美味しいお菓子が置いてあった。少し値が張るものばかりだが非常に美味で一部はお持ち帰りを選ぶ。
「ふわふわして美味しい!」
焼き菓子のようで口いっぱいに頬張ると彼も嬉しそうに食べ始める。部屋に戻るまでの間にお菓子をほとんど食べてしまった。私はよく部屋に出入りする女性に持っていたお菓子を渡す。
「ありがとうございます」
昨日も話をしたが彼女とは仲良くなってみたい。
「美味しかったから食べてみて! あ、そうだ。あなたの名前聞いていなかった」
「テースです」
「私は」
「サクラギ・クラゲ。よく知っています」
「私と……また仲良くお話しませんか?」
「もちろん!」
私はどうやら友人ができたようだ。彼もよく男性と話をしているのを見る。お互い友人ができたのなら目的の一つが達成したと感じて嬉しくなった。
彼と一緒に部屋でくつろぐと窓の外は少し暗くなっていた。夕食も済ませてシャワーで体も綺麗にしたが夜はまだ長い。少し彼と話をして眠ろうとベッドに二人で座った。
「オリタビア王国での話を聞いて、そろそろ結論が出そうだから心の準備をするべきだろうな」
「そっか……とは言っても私は何もすることがない。ジェイドもそうでしょ?」
「ああ……あまり構えても疲れるだけなのはオリタビア王国で経験している。あの時と違って今は二人だ」
私は彼に抱きしめられる。
「私はずっと君の隣にいたい」
静寂は心地良かった。彼の抱擁も、そのすべてが悪い気分ではない。紳士が獣にならない理由は思いつかなかった。何気ない日常のように私は彼とキスをする。特別緊張していたつもりはなかった。覚悟を決めていたことも関係している。私は彼と何度もキスを行うのに夢中になった。最高の気分だ。そうして私の耳元で愛をささやかれたりしながら明かりが消えた。なんとなく私が目配せをしたせいか雰囲気が変わる。若干の緊張で私が震えていると彼は優しく抱きしめた。
「愛している」
静かな空間で聞こえる低い声が全身に伝わる。
「私も愛しています」
普段より長く見つめ合ったと思う。何事にも真剣に取り組む彼が大切なものを扱うように私を抱き寄せる。私は呼吸を維持することも困難だったが、彼は余裕の表情に思えて多少悔しく思えた。走り込みをしたほうがいいのかと考えたが、それを伝えるのは明日にしようと思い何度も彼の名前を呼ぶ。部屋の外に聞こえないといいなと思いながら彼を見つめる。そうして気づけば朝になっていた。
「おはよう……ジェイド」
「ん……おはよう。クラゲ……まだ起きなくても大丈夫だと思うな」
「朝食が運ばれてくるじゃん。着替えないと」
服を着替えながら二人で身なりを整える。
「かっこいいよ、ジェイド」
私が彼にキスをする。
「クラゲも綺麗だよ」
同じように彼もキスをしてきた。部屋に入ってきたテースが気まずそうに出て行ったが、私と彼との仲がどう進展しているのか。それを急かしていたようにも思えたのに、今の私達を見て何故恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしているのか理解できなかった。
朝食を口にしながら彼の手を見る。昨日の夜寝る前に彼が私の髪をゆっくると丁寧に撫でてきたのを思い出す。
「なんだ?」
「なんでもない」
落ち着いたのかテースが戻ってきた。食事を済ませて片付けを終えると彼女が私の耳元で「まさかあんなこと毎日やってるの?」と言ってきたので頷く。
「キスは毎日しているよ。それとテースはさ。なんでこんなこと聞いてくるの?」
「こんなこと? どれ?」
「私とジェイドのこと。興味ないでしょ。何が目的なの?」
「純粋に興味あるよ、そんなの理由いるかな。私あなたに興味あるもの」
「そうなんだ……へぇ」




