42話 帝国での暮らし
以前訪れた時はガラス張りの超高層ビルが見えていたが、この付近は頻繁に増築された歪な建造物ばかりが目につく。皇帝や側近達が住む場所ではない。庶民が暮らすような地味な街だ。車が通れるような入り口はない。彼が言うには正面から入ると許可が必要だが、不法滞在するような人は裏から入国するらしい。
「後で問題にならない?」
「普通はね。私が初代イングラン王の血を引いている場合は問題にならないよ」
「そういうものか」
入り口を抜けると縦と横に伸びる建造物と狭い道の奥にまで看板が見える。肉が焦げる匂いと一緒に麺を焼く音が聞こえてきた。何かを煮込む人が野菜や肉の入ったスープを器に注いでいる。
「賑やかだね」
「貧しい人ばかりが住む場所だけど、帝国以外から来た人間なら馴染めるはずだ。この国は他と違う。ここは髪の色も銀だろ? 異世界人が住んでいるんだ」
帝国からすると異世界人は銀髪か。私達は黒髪で珍しい存在だったな。そんなことを考えながら看板を見ていると帝国では珍しくもない英語が見えた。英語で『クライメットヘラ』と書かれた看板だ。それに何故かイギリスの国旗がある。私が国旗を見ていると彼が「入ってみるか?」と言う。
「へ? でも、急いでいるんでしょ?」
「そうでもないよ。時間としては随分余裕がある。それにこの店は雰囲気いいから気に入るよ。入ろうか」
彼がドアを開けて店内に入ると上品なカフェのようだが若者が大勢いた。騒がしく酒を飲んでいる者もいればコーヒーや紅茶を楽しむ者もいる。私達はカウンターで注文して金を払うとマグカップを渡された。近くにある機械で彼がマグカップに紅茶を注ぐ。私も同様に紅茶を注いで席に座った。
「酒を飲んでもいいが、紅茶やコーヒーも悪くない」
「普段からこういう店来るの?」
「ここは初めてだ。チェーン店だから他にもあるよ」
「見た目は高級感があるのに」
「多分だが元々は貴族が使うようなホテルだったんだろうな。そこを改装して使っていると思う」
「詳しいね」
「似たようなところは帝国ではよく見る。古いものを綺麗にして使用するのは昔から誰もがやっていた。特別なものでもない」
「貴族か。帝国って皇帝はいるが貴族はいるの?」
「元貴族は多いが今は皇帝以外は全員庶民だ。しかし、未だに元貴族は帝国で権利を主張している。まともな教育を受けた人間が貴族には多いからかもな」
紅茶を飲みながら店内を眺める。妙なことにオリタビア王国でよく女性が着るドレスがほとんど見られない。男性も変なベルトを腰に巻いているわけでもないし、剣なども持ち歩いているようには見えなかった。
「みんなシャツを着ているね。結構地味でシンプルな服装も多い。稀に派手な服装もいるが……なんだが帝国って変わっているね」
私には日本にいる時の記憶なんてないが、まるで現代にいる気分になる。
「この時代で流行っているんじゃないか?」
「……そういえば私達って産まれは帝国だけど、あまりよく知らないんだよね」
「外なんてほとんど出る機会なかったからな」
「帝国で訓練を受けていたとは聞いたけど、外出って許可されていたの? あまり帝国での暮らしが良かったとは聞いていないけど」
「話すことは許されていなかったが、外で遊ぶのは大丈夫そうだった。私は顔も名前も死んだ人間だからな。当時は帝国のことを良く思っていなかったよ。外の世界に行きたいと考えていたから、オリタビア王国に行くことになってちょっと嬉しかったな」
「そうか。店員さんとも話せないのか」
「メニュー表を指差すだけだ」
「私はそっちのほうが気楽だな」
「まあね」
悲しそうな顔をする彼を見ていると紅茶がなくなってしまった。席を立って次は別の紅茶を飲もうと選んでいると、見慣れたディスプレイからニュースが流れている。オリタビア王国での話のようだが私は興味がなかった。席に戻ると彼は広い店内を見渡している。
「もしかして知り合いとかいた?」
「いないな。ただ……帝国では友人はいなかったなと思ってさ」
「できるよ」
「そうだな」
「私も仲の良い人なんていなかったし」
まともな友人を作るような状況でもなかったと思うようにしよう。
お互いの話をしながら時間が過ぎていくと私達は店を出て、元貴族達が住んでいる邸宅付近に近づいてきた。この付近もイギリスの国旗がある。不思議に思いながら「全員庶民なのに、ここは元貴族がいるんだ」と言う。
「家までは取り上げられていないからね。言葉だけは平等にしとかないと難しい問題も多い」
邸宅を過ぎて超高層ビルが見えてきた。今度はどこに行くのかと思っていると彼は堂々とビルに入って受付の人に自己紹介をした。自分の名前など詳しく言って皇帝をお願いしますと笑顔で言うと受付の人は忙しなくなる。当然だが警戒されて囲まれてしまう。誰も武器を持っていないのは幸いだが、ジェイドは随分と余裕そうな表情だった。
「大丈夫なの?」
「問題ない」
自信があるようなので黙って待っていると私達は別室に連れてかれた。その時に持っていたロストテクノロジーも没収されてしまった。部屋に入ると指示に従って椅子に座ることになる。机を挟んで座っている女性の質問に答えながら私の反応を見られているようだ。ジェイドが私のことも話したようで女性から様々なことを聞かれた。名前や出身地などを含めても質問は多かったが、あまり深く聞かれずに一時間も経たず部屋を出ることになる。ジェイドを待っていると彼もすぐに私の前に現れた。
「どうだった?」
「色々聞かれたから素直に答えた」
「私も」
しばらく廊下で雑談をしていると先程の女性が私を見て「こちらに来てください。検査します」と言われた。
「行っておいで」
「うん……」
ジェイドも男性から何かを言われて遠くに連れられてしまった。医者らしき人に体のことを聞かれると次に服を着替えて機械で隅々まで全身を調べられるのを繰り返す。夕方以降になって私とジェイドは豪華な装飾が施された広々とした部屋に通された。
「ようやく終わった……これって私がクローンか確かめたかったんだよね?」
「すべて話したから今調べられている。まだ時間はかかるだろうな」
それにしても帝国内で過ごすと現代日本のようにしか思えない。細かな設備や言語は違うが日本ではないだけだ。流石に帝国が私達を作ったことは認めるしかなかった。
「異世界にこんなものがねえ」
「クラゲは転生したことを話したか?」
「信じてくれるかわからないけど話したよ。不思議な顔されたな。へぇとかふぅんで流されたようにも感じたけど」
「私も昔のことだから忘れていたが君の名前は帝国で知っている者も多い。貴重な人間だと聞いていた」
「変だな。そんな珍しい人間じゃないんだけど」
「桜木海月は日本で生きていた貴重な人間。君はきっと知識はあるが生きていた頃の記憶はないだろ?」
「一切ないね」
「この時代の帝国に来る前だ。船から降りてクラゲが自分の名前の書き方を教えてくれたが、漢字を読める人はこの世に君以外存在しない。断言していいと思う」
「その桜木海月と私は別人かもしれない。確かに私は黒髪だけど、容姿はアジア人じゃないよ」
「アジア人とはなんだ?」
「今ジェイドが日本と言ったから知っているのかと思って……」
「初耳だ」
これだけ技術発展している異世界で桜木海月という日本人がいる。それなのにアジアという言葉を知らない。思えば帝国内はなんとなくヨーロッパに近い。イギリスの国旗もある。
「もしかしてヨーロッパの人が異世界に技術を持ってきたのかな?」
「ヨーロッパの人? 何のことかわからない……」
彼は嘘をつくような人ではない。知らないなら詳しく話せばいいか。いや、そうか。確かに私の言い方が悪かった。アメリカ人とかフランス人やイギリス人みたいに言えば良かったかな。色々考えながら私は「まあ、人間にも種類があるから」と言って彼から目を逸らす。
「言われてみればそうかもな。色々な国を見てきたが多少違うような気がするかもしれない」
正直イギリス国旗があるのにヨーロッパを知らないのは不思議だが、私も歴史のことには詳しくないので答えられない。
「……まあ、いいか。そろそろ寝る?」
「確かに寝てなかったな」
近くにあったベッドを触っているとドアをノックする音が聞こえる。返事をすると夕食が運ばれてきた。そういえばお腹が減っていた。カロリーのありそうな美味しい料理を食べると、シャワーを浴びて服を着替えてベッドに座る。
「今日は色々あったね。これからも楽しいことが毎日起こるといいな。ジェイドは私と何がしたい?」
「まずは帝国内を見て回りたいな。行ってない店がまだまだある。今度行こうか」




