41話 帰還
「なんで動かせたのかな? 魔力で動くのはわかっているが私達は古代人と違っている。根本的な魔力量が少ない。もしかしたらクラゲは他の人と比べて魔力が多いのかもしれないな」
「動かせたとしても、あの音はちょっとね……」
「古い乗り物なのか。それとも魔力注ぐ量の問題か」
ジェイドは私から離れてパネルを見る。
「もう一度やってみるね。今度はより力を込めて」
深呼吸をして魔力を想像するが難しい。これを上手に使いこなすには神経を使う。体にある魔力という見えないものを感じるのは慣れない。手足を動かすように自然と慣れていけばいいが、これは私からすると髪の毛に近いもので本来動かせないものを無理に扱うようなものだ。
「ジェイド、私の近くにいてくれない?」
私の言葉を聞いて彼が背中から抱きついてきた。耳元で「これでいいか?」と呟く。
「あ、ありがとう」
「なんで照れているんだよ」
私は透明な板に手を置くと全身に流れる血を想像しながら目を閉じる。駆け巡る血を私の魔力だと感じて細かな雑音を消すことにした。聞こえるのはジェイドの呼吸と心臓の音だけ。手が置かれた透明な板に向かって私の肉体にある魔力を一気に注ぐ。様々な機械音が聞こえると同時に操舵室の明かりがついた。
「クラゲ! 動いた!」
目を開けるとジェイドの横顔があった。
「うん、そうだね」
「嬉しくないのか?」
「嬉しいよ」
子供のように楽しむジェイドを眺めながらパネルに表示されている文字を見る。
「これジェイド読める?」
「ああ、待って」
彼がパネルを見ようとして私から離れると自分の胸に手を置く。
「……何度やっても慣れないな、これ」
「どうした?」
「いいや、それよりもなんて書いてあるの?」
「ようこそ、聖魔船マヌリーファルへ。扉の密閉を確認しました。これより乗組員の皆様は付近の座席に腰を下ろしてください」
自分の手を透明な板から離しているがパネルの文字は表示されている。ジェイドが腕を組み、近くの座席に座ると船は突然前に進み始めた。私と彼が立ち上がって扉まで近づくが開かない。振り返ってみると船の正面には岩壁が見える。立ちすくむ私は彼の手を握って目を閉じるも衝突したような音は聞こえなかった。
「見てみな」
前進すると岩壁が形を変えて水のように波打ち始めた。地下空間の岩壁を押し分けて徐々に速度を上げていく。操舵室の光を浴びて土の周囲が少しだけ輝いて見えた。まるで海の中を進んでいるみたいに思えて心が躍るような気持ちになる。
「綺麗だ」
「そうね」
しばらく外の景色を眺めていると彼は「今操作しているのか?」と言う。
「いいや」
私が透明な板に手を置くと彼がパネルを見る。
「えっと……命令してくださいと書いてあるな。それよりもエラーという文字が気になるんだが」
「エラーか。ジェイドがどうにかできる問題?」
「相当古いものだからな。直せるかわからない」
「だよね」
「私は先程まで何も操作してないのに動き続けているのが正常なのかと思っていたが、もしかしたらどこか故障している可能性もある」
「そうか……魔力を送っても変化がないんだよね。これは困ったな」
彼が私の手に重ねるように透明な板の上に手を置く。
「気休めにしかならないが……やれるだけのことはしよう。まずは命令か。セテロレビ帝国まで移動してくれ!」
「反応ないね」
「エラーから変化なしか」
「じゃ、今度は私が言うね。セテロレビ帝国まで移動して」
「相変わらずエラーばかり……あれ?」
私には読めない文字を見ている彼が首を傾げている。
「変化あった?」
「ああ、ここの文字が『よい旅を』に変化した。エラーの下にある数字もどういう意味なんだろうか」
私と彼がパネルを見ていると船が揺れ動く。彼が私を支えようと肩に手を置いて天井を見る。
「急に方向を変えたな」
この船さっきまで前進していたのに突然エレベーターみたいに上昇している。私の不安な気持ちが顔に出ていたのか彼は「大丈夫だよ」とだけ言った。地上に出ると太陽の眩しさに目を閉じようとするが、彼がぐっと顔を近づけて唇が触れそうになる。
「あの……」
また心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。船内から見える景色はどこまでも広がる青空と彼の瞳だ。私が動けば唇が当たる。船の振動は大きくない。この体だけが震えている。この震えは心地良いものだ。
「目を閉じて」
言われるがままに目を閉じていると抱きしめられた。優しく抱擁されて頭を撫でると唇を合わせる。船が方向を変えるまでの間ずっと私は抱きしめられていた。顔が離れたことも忘れて見つめ合っていると彼が微笑んだ。
「可愛いな、もう」
「……そろそろいい?」
「わかった」
彼が私から離れると再び抱きしめられる。
「ちょっと!」
「これは本当に不味いな……困った」
「私のほうが困っているのに」
彼は小さく笑いながら耳元で「私は昔国を陥れる悪魔と呼ばれた」と呟く。私は透明な板から手を離していたが前進している。安心して彼の言葉に耳を傾けていると愛おしそうに強く抱きしめてきた。
「今は君が私を陥れる悪魔に見える。誰かの道を生きていた私の心に隙間があった。自分の生きる道を選べという単純でわかりやすいものだ」
私も彼を抱きしめる。
「昔の私は偽者の私という存在の為に生きてきた。命なんてものは必要ないとすら思えるほど荒んでいたが、そこに現れたのは今を生きる君で私を真っ直ぐ捕らえて離さなかった」
「それじゃ私、良い悪魔になれたかな」
彼の背中を撫でると私も強く抱きしめて離れないようにした。傾国の美女なんて呼ばれる存在になるつもりはないが、愛されているのは実感できるので精一杯今を楽しむことにする。
「立派な良い悪魔だよ。今も魅了されて困っています」
このまま押し倒されても抵抗できないなと思いながら目を閉じて彼に身を委ねる。言葉でどれだけ平然としているように見せても私の顔は真っ赤になっているのがわかっていた。
「私もずっと悪魔に魅了されているよ、ジェイド」
「確かに心臓だけは素直だ」
「……恥ずかしいです」
「覚えているか? 昔君から限りある人生を大切にしてと言われた」
「そんなことあったような」
「そこに今二人分の人生を入れよう。愛している」
「私も」
キスなんてものは何度してもいい。
抱き合った状態で気づけば帝国に近づいていた。外の景色を眺めながら静かな空間を過ごす。エラーの文字を見て彼が落下していることに気づくと、即座に私を抱えて船から飛び降りた。
「光の指輪を使って!」
彼の指示に従って光の指輪に力を込めると私達の周囲が明るくなる。その瞬間彼が一回転して船を蹴り上げて地上までの距離を一気に短縮した。凄まじい勢いで着地して地面に降りると周囲には亀裂が走っている。見上げると先程まで乗っていた船が遠くで爆発しながら落ちていた。
「危なかったね」
「元々壊れていたからな。さあ、行こう」
多分、彼が蹴ったことも関係しているはずだ。そういえば優しくされているので忘れていた。彼は力が非常に強かったが私は大丈夫だろうか。ベッドの上で抱かれて私は死ぬ可能性すらある。
「なるべく、大事にしてね」
「え? ああ……何がだ?」
「すみません」
彼が私の手を繋ぐと歩き出した。忙しくて妄想する暇がなかった私はゆっくりと話しながら進む。これまで私に起こったことを喋っていた。森の木々が揺れる音を聞いて、爽やかで澄んだ空気を吸い込んで彼に聞いてもらう。帝国までの道まで、お互いの歩んだ歴史を語るのにほ足りなかった。
「もう、着いたね。セテロレビ帝国」
「正真正銘私達が産まれた国だ」




