38話 再会
「え? 誘ったとはどういうこと?」
「わかるでしょ! なんで私こんなこと初対面の子に話しているのかな……とにかく! メシストを誘惑して彼を慰めたってこと!」
「へえ、そう……なんだ」
そういうことをする人には見えなかった。メシストもリィアモールのことは何も言わなかったのには理由があったみたいだ。
「興味なさそうね」
「そんなことないよ。驚いているだけ」
「夫も死んでいるしさ。メシストも落ち込んで可哀想だったのもあって、そうやって私の体を差し出した。ちょっと罪悪感もあったけど」
「そうなの?」
「彼の家族が生きているんだよ……こんなこと人に言えないよ」
そういえばメシストの家族はどうなったんだっけな。
「……メシストは家族全員死んでいるはずじゃないかな。多分」
「それって今の話でしょ。私が言っているのは昔。まだ私がアロティミトラ王国に住んでいた頃よ。しかも……彼の子供まで産まれたからさ。嬉しかったはずなのに……私の軽率な行動のせいで周りが不幸になるのがわかって……」
彼女の目元から溢れる大粒の涙が地面へと落ちる。
「このオリタビア王国を私とメジュべ・ブライドの子供で新たに作ろうとしているのに」
泣き崩れる彼女を見て周囲が驚いている。思わず私が近寄ると彼女は涙を拭う。
「ごめんなさい。誰にも言えなかったから」
「いいよ。でも、場所は考えてね。誰にも聞かれなかったとは思うけどさ」
ここでの話はもっと静かな場所で行うのがいいと判断して彼女の手を取ると歩き出す。
「立てるから」
「いいから、それより誰かに聞かれなかったかな……」
小声で話しかける私に彼女は微笑んだ。
「大丈夫だよ。そんなに気にしなくても」
「でも」
「私、一人になりたかったから。聞かれたほうがいいかも」
「はぁ……なんでそんなこと考えるかな」
「大人になったらわかると思う」
「そうじゃないでしょ。大人を理由にして私の言葉から逃げているだけだ。子供が二人もいるの自分だけ助かろうとする。リィアモールに泣く権利なんてないよ」
「厳しいな、叱らなきゃ良かった。本当、酷いよ」
思わず強い言葉を使ってしまった。別に意地悪をしたいわけじゃないのに。
「ごめんなさい」
「本当よ。あー、もうさ。こんなにも打ち明けて、気分が良いと今の私ならなんでもできる気がしてきた。なんかありがとうね」
「……うん」
私よりも随分と大人だ。先程まで私が手を引いて歩いていたはずなのに気づけば彼女が目の前にいる。
「あ、木箱忘れてきた」
「あれか」
「ここで待ってなよ!」
小さな木箱を倒れそうになりながら歩く彼女に近寄ると私は手を伸ばす。
「少し持つよ」
「ありがとう」
二人で持ちながら歩くと意外と重くない。
「これ何入っているの?」
「機密情報などの書類」
「……そんなのをあなた一人で運んでいるんだ」
「誰かに頼るわけにもいかないし」
「今のオリタビア王国はあなたの子供が王なんでしょ? それなら別に人手ならいくらでも大丈夫なはずじゃないのかな。それとも何か理由あるの?」
「まだ王じゃないからさ。それに私の息子との話し合いが全然進んでいないというか」
「なにそれ」
「亡くなった父親の為に元のオリタビア王国を作ろうとするあの子は私が理解できないみたい。父親が死んで勝手に身ごもった私を許せないらしい」
「大人になればわかるでしょ」
「言い方が悪かった。誰が父親か言わなかったの。いつ誰と恋に落ちたのかも知らない。身内にも秘密にしなければならない相手なんて信用できないはずよ」
「そんなことないと思うけど」
「あの子は私の為に国を作ろうと色々な大人と関わってきた。それなのに私は一人楽しく男を作って遊んでいたと怒るわけ。当然だと思うよ。しかも、産んだのが自分の父親を殺した男の子供。あの子に言えるわけない」
小さな木箱を地面に置くと彼女は蓋を開けた。中身は本や紙がぎっしりと詰まっている。
「正直に言わなくても思いは伝わると思う。そこまで考えられないわけない」
「何も嘘をつきたくなかったから素直に怒られるしか方法がないの。それに母親を捨てようと考えていなかったわけでもないし……一緒にいられるとは思っていない。そこまで馬鹿じゃない」
笑いながら彼女が本を持つと白紙のページを見せる。
「この本に今の話を書こうと思うの」
「どうして」
「さあ、どうしてか。なんでこんなこと……あなたに言うのかわからないけどさ。多分、私と顔が似ているからとかかな?」
「そうなの? よくわかんない」
「……この本に書けば多少は気持ちを落ち着かせることができると思うの。私の夫は死んでしまったけど、今でも愛していることだけは間違いないからさ。この嫌な気持ちを本にして残そうと思うの」
人通りの少ない道で呟く彼女の顔は寂しそうに見えた。
「その……子供とは会えなくても。あなたのもう一人の子供がいると思う。メシストの子供がさ」
「もういない。セテロレビ帝国の女の子と婚約した。私といるよりはいい生活ができると思って。随分とお金持ちみたいだったから……それで良かったの」
「一緒には……」
「私がいると迷惑をかけると思った。今までもそうだったの。私は一人でいたほうがいい」
「そんなこと」
「このオリタビア王国で私は住む場所を与えられた。城で暮らすこともできたが無理を言わせてしまったらしい。子供の世話にはなりたくなかったのに……何もかも蚊帳の外で……私がいなくても世界が回るってのは厳しいね」
私は彼女に対して言葉が出てこないことに驚いていた。考えている以上今の私は余裕がなかったみたいでさっきから慰めの言葉もまともに言えない。ジェイドと離れて過去の世界まで来たという事実は冷静さを失わせていたのかもしれない。
「それじゃあ」
リィアモールから離れると彼女は私に手を振る。少し歩いて行くと遠くからメシストが走ってきた。
「探したぞ」
彼が私の手を掴む。
「勝手に離れたのはそっちじゃんか。でも、良かった。どこにも行ってなくて」
彼は私から目を逸らすと手に力を込める。
「いいから、もう他の時代に行くぞ。ここにいないのは最初からわかっていた」
「ねえ、メシストが探している人ってさ。あそこにいる人じゃないの?」
私が指差すと彼の手が離れる。
「どうして、ここに……」
「戦争があったからじゃないかな。メシストは会いたい人がいるからここまで来たんじゃないの? 今声をかけないと後悔するよ」
「元々はジェイドに嫌がらせをするつもりでやったことだ。本気で会いたいわけじゃない」
彼は小さな木箱を持ち上げる彼女を見つめていた。その背中を目に焼き付けようとする彼の寂しそうな顔を見て私はため息をつく。
「嘘は駄目だよ。私はリィアモールの代わりにはなれない。会いに行けばいい」
リィアモールは小さな木箱を運んでいると急に足元の小石につまずく。木箱から飛び出たのは彼女から見せてもらった本だった。あの本は前にジェイドと一緒に見た本と似ている。あの内容はメシストに恋をしていた女性の話だった。
「ねえ、メシスト」
私が彼に声をかけようとするも目の前から消えていた。遠くで話し声が聞こえて私は黙って転んでいたリィアモールを見る。メシストが彼女に手を伸ばしていた。




