37話 リィアモールの思い出
メシストは顔を隠しながら歩いていたが、前を向いていなかったので転んでしまった。彼と一緒に地面に手をつくと周囲の人が声をかける。
「大丈夫ですか?」
隠れていたメシストの顔を見た人々は彼の手を掴むと心配そうに話しかけた。
「体調悪そうですね。医者を紹介しましょうか?」
「大丈夫です」
確かに言われてみればメシストは青い顔をしている。メシストは私のことを忘れたのか走り去ってしまった。一人取り残された私は頭を下げて追いかける。
「どこ行ったのかな」
私はため息をついて壁に背を預ける。
「勝手に私を過去に連れて来たと思ったら、一人でどこかに行っちゃうとか。あの人何を考えているかわかんないや」
賑やかな街並みを眺めていると眠気から目を閉じそうになる。思わず私が大きなあくびをしていると通りかかった女性が小さな木箱を持って歩いていた。僅かに腕が震えながらも歩く姿を見て思わず「持ちましょうか?」と声をかけてしまう。
「いや、大丈夫です」
「無理しないでくださいね」
「ありがとうございます」
私に頭を下げて立ち去ろうとする歩き出した彼女は不意に立ち止まると小さな木箱を地面に置く。背伸びをしながら木箱の上に腰を下ろす。格好は地味だが綺麗な顔をしている。私が彼女を眺めていると見知らぬ男性が近寄ってきた。
「今一人?」
「ええ、まあ」
木箱の上に座る彼女は何故か私を見ている。背を向けて座ればいいのにと思っていると先程の男性が私に笑顔を見せた。
「こうして出会えたのも運命だと思うんだよね。君の名前を聞いてもいいかな」
額から汗を流す彼女が立ち上がると私に近づく。見知らぬ男性は彼女が睨みつけると怯えた表情で立ち去る。私の手を引いて歩き出すと小さな木箱の上に腰を下ろして彼女は息を吐いた。
「知らない男性に声をかけられたらどうなるかわかる?」
「わかります」
「そこに座りなさい」
彼女は立ち上がると私を小さな木箱に座らせた。お互い自己紹介を済ませると彼女はリィアモールという名前で近くに住んでいるらしい。リィアモールは私に男性の危険性を教えようと試みていた。残虐な男性は私のような女性を襲うことに躊躇しないらしい。そんな話をしていた彼女に私は「実際にそんな現場を見たことあるのですか?」と言う。
「噂で聞いただけでないよ。このオリタビア王国は平和だからね。アロティミトラ王国だとよくそういうことがあったの」
「行ったことあるんだね」
「私アロティミトラ王国に住んでいたの。今どうなっているかは知らないけどね。王国内で大勢死んで私の身内もほとんど残っていない。サクラギは」
「サクラでいいよ」
「サクラはアロティミトラ王国に行ったことある?」
「随分前に行ったけどさ。正直どういう国か未だにわかっていないんだ」
リィアモールは遠くに見える城を見つめて「昔は緑豊かで素晴らしい国だった」と呟く。
「私が知っているのは砂ばっかりで何もない国なの」
「それ本当にアロティミトラ王国?」
「メシストがいたから間違ってはいないよ」
「そうなの。あの人生きていたんだ。良かった。ずっと不安だったんだ」
そうやって彼女が言葉を口にした時に見せる笑顔からは知り合い以上の関係性を感じさせた。
「知り合いなんですか?」
私の腕を掴むと彼女は耳元で「他の人には言わないでね」とささやくと少し顔を遠ざける。邪気のない笑顔で彼女は私を見ると露出した胸元に手を置く。緊張した様子の彼女が深呼吸をする。
「あの人に私は昔ね。恋してたの」
「知らなかった」
「お互い婚約者がいることもあって、その時は何も起きなかったのよ。ちょっと私もあの頃はやりすぎたけど、結局は断られて諦めたわけ。それでお互い別の人と付き合ってしばらくして私は子供が産まれた。あの人も家族ができて幸せそうだった」
昔を懐かしむようにしながらも太陽から背を向けると彼女は「戦争が起きたの。憎悪ってのは無視するべきじゃないね。国はもうぼろぼろ。攻め込まれて夫も失って残されたのは子供だけ」と言った。
「大変だったんだね。私にはわからないけど」
「冷たいね。まあ、いいけどさ」
「メシストってどんな人なの?」
「そうだな……私からしたら良い人だけど、他の人から見たら極悪人かもしれないね。いや、その評価も随分おかしいものだけど」
「わかりやすく言ってよ」
「私の夫を殺したのがメシストなの。元々地方貴族だったメシスト・トパーズがメジュべ・ブライドという王を処刑した」
「……知らなかった。そんな話があるなんて……信じられない」
「本当に外から来たんだね。オリタビア王国について知っている者なら少しは詳しいはずなのに」
「そんな人には見えなかった……どうしてメシストはあなたの……大事な人を殺したの?」
「単純に向いていなかった。王としてはやる気がなくてね。昔からの繋がりのある貴族や金で地位を得た者ばかりが出世して、かなり不満があったみたいで大勢死んだのよ」
「他人事みたいだ」
穏やかな表情で話していた彼女はうつむくと目を逸らす。
「そうするしかなかった。民が苦しんでいるのも私は見ないようにしていたの。私は彼に従うしかない。そうじゃないと私も殺されてしまうと思った。私には守るべき存在もいる。あの子の為にはどんなことでもするつもりだった」
「それでメシストとは付き合ったんだよね。脅されて」
あのメシストならこんな綺麗な人を強引に奪うのも納得する。
「脅す? 違う。そんなこと彼はしたことない。付き合うなんてことはしていないよ。あの人にも家族がいたからね。私と子供だけは処刑されなかっただけ。捕らえれて僅かな食事だけを与えられて生きていた」
堂々とした彼女が酷く落ち込んでいるように見える。
「あの人は欲しいものは力で奪い取ることを目指して、優れた魔法で数々の戦場で活躍を続けていたの。そこでまた戦争が起きた。次は国がすべて崩壊するほどのもので時空を移動して、この世界で私達は暮らすことを選んだ」
「え、それなら……あなたのことみんな知っているんだよね?」
私は彼女が元王妃だと知って周囲を見るが誰も気にする様子がない。
「多少時間が経っているからさ。それに私は表には出なかった。名前だけならありふれたものだよ」
「そうなんだね」
「何も知らないんだ」
ここはもしかしたらメシストが望んだ時代かもしれない。リィアモールという女性もメシストが本気で愛している人の可能性がある。
「いや、ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。変な人ね」
本当に謝ることじゃないが無知を恥じてしまう。私は色々と勉強をしたはずだが何も覚えていない。
「メシストのこともっと教えて」
「いいよ、あの人はこの世界でアロティミトラ王国を興した。それなのにメシストを慕っていた人は彼を裏切ったの。己の欲望から彼を幽閉した。奪ってきた人生だったから、彼の自業自得なのかもしれないね」
彼女は汗ばんだ肌から伝う汗を服で拭うと建物に隠れて日が当たらない場所に行く。
「そこ暑くない?」
「そうでもないけど」
確かに太陽は眩しいが気持ちいいぐらいだ。
「暑がりなんだ」
「うん、そうかも。その後、私が彼を助けたの。今は何も力がない私だけど、少しは助けてくれる人もいたから……それで色々とね。夫も死んでいたし……その」
何故か彼女は言いにくいのか口を閉じてしまう。
「何?」
「か、彼を誘ったの。なんでかわからないけど」




