35話 終焉をもたらす者
「不老不死の刃というものが体に刺さっていたせいで今まで地下にいたらしいの。どうやら私が王様を起こしちゃったみたい……」
「その王様はクラゲに何を望んでいたのかな。まさかこうなることを願っていたのか?」
「どうだろ」
私は無言で水中から視線を空に向けた。頭上の雲は大きさを増している。光の中にいると自分がどういう状況なのかわからなくなる。水中で呼吸できていることに慣れてきたが、光から出ることは死を意味していた。既に暗い水の底にいる私は落ちてくる残骸を見ていると彼が「大丈夫だよ」と呟く。
「何が?」
「ちょっと苦しそうにしていたから」
確かに心臓の鼓動がよく聞こえる。私は髪の毛を触りながら不意に隣を見た。不安そうな表情のマリンの手を王子が握っていた。その光景を眺めていると彼が私の手を握りしめる。安心してゆっくり呼吸を整えていると私達を押し動かそうと水の流れが変わり始めた。建物などに衝突しながら水中を動き回る。目が回るほどの勢いに翻弄されていると私達は一気に空へと投げ出されてしまった。驚きながら周りを見ると数え切れないほどの竜巻が見える。竜巻から逃れるように巨大な船が浮かんでいた。
「あの船ってなんだろ。オリタビア王国って海ないよね。あれだけ大きな船を動かすような川も近くにないし」
先程見えた巨大な船をジェイドに伝えると彼は「オリタビア王国が元々持っていた船なのは確かだ」と言って私の手を握る。それ以上会話を進めることもなく、巨大な船の上にある甲板から見えるのは大勢の人を黙ってじっと見つめた。身を寄せ合うようにして数百人程度が集まっている。見慣れた貴族の顔もあるが全員が怯えた表情をしていた。私達が甲板に降り立つと言葉を発しない人々の中に紛れたメシストを発見する。
「ジェイド、メシストがいる」
私が指差すとメシストが微笑む。不安に思ったのかジェイドが距離を縮めようとして私の前に一歩踏み出した。それを見て私はジェイドの腕を掴んで左右に頭を振る。
「私が話す」
メシストは以前と違って顔色が良かった。
「久しぶり……メシスト」
「やはり、これは君がやったのか?」
「はい。友達が死んだ時に思わずやりました」
「そうか。素晴らしい」
「そんなことない」
「すっきりしたのは事実だろ?」
私が頭を左右に振るとメシストがぼろぼろのマントを翻して両手を広げた。
「君の行ったことは正しい。私は以前国の為に使用したが結局何も変わらなかった。君のような復讐に使うことが世界を変えることに繋がる。やはり私の判断は正しかった」
「何を言っているの?」
「理想は割に合わないだけだよ」
メシストの腕が伸びて私の腰にあった天災の短剣を奪い取る。ジェイドが私とメシストの間に入った。
「あんたはどうなるか知って、クラゲに渡したんだな」
「君は一体誰だ?」
「私はジェイド・モルガナイト。サクラギ・クラゲを一番愛している男だ」
「羨ましいな」
天災の短剣を握りしめるとメシストは不敵な笑みを浮かべる。
「ロストテクノロジーか。君は……これの正しい使い方を知らないようだな」
辺りが歪んだように感じると倒れそうになる。そうして突然セランが私を突き飛ばした。ジェイドが私を受け止めるとセランが言った。
「頼んだ!」
セランの言葉を聞いてジェイドが突然私を抱きかかえて地面を蹴って飛び上がった。風雷の外套の影響でふんわりと浮いて私とジェイドは船を見下ろす。メシストが短剣を手にしながら「この地を照らす者よ。その命を糧にして門を開け!」と声を上げた。先程まで動いていた船が止まるとメシスト以外の人間全員が胸を押さえながら苦しみ始める。それを見ていると私も急に胸が苦しくなって、呼吸ができずにジェイドの服を掴んだ。彼の胸を叩きながら私が叫びそうになると周囲が光で包まれる。落ち着いて息を吐くと彼も私同様呼吸を整えていた。
「離れて……正解だった……なんとなく嫌な予感がしたんだ」
船の上にいるセランが声を上げずに倒れるとジェイドが「すまない」と呟く。
「何が起きたの?」
「わからない。あいつが何かをやろうとしたのだけはわかったが……」
王子とマリンが見つめ合いながら倒れる姿を見て私は目を逸らす。光に包まれてしばらく空にいると先程の嵐が嘘のように静かになっていた。風や雨の音も聞こえない。メシストが天災の短剣を投げ捨てると空を見た。私達を見ているのだと思っていたがメシストと目が合わない。メシストの視線の先にあるものを見ようとする。しかし、突然ジェイドが私を強く抱きしめてきた。
「ちょっ」
私が驚いてジェイドに目を向けると緊迫した面持ちで何かを見ていた。遠くの真っ暗な空へ視線を向ける彼の手は優しく私を包んでくれる。彼の心臓の鼓動を聞きながら目を閉じた。何もかも忘れて眠りにつきたかったと私が思っていると彼が呟く。
「安心しろ。必ず守る」
目を開けて周囲を眺めると暗かった空は明るくなっていた。夜空に煌めく星々が降り注ぐのが見える。私と彼は遠くの小さな星から目を逸らさず見つめていた。空から降り注ぐ無数の隕石を黙って眺めていたが、彼は突然何も言わずに私の唇に触れる。離れていく彼の顔は悲しそうに見えた。しばらく見つめ合っていると私もキスをする。溶け合うように抱きしめていると隕石が迫ってきた。目を閉じていると光の中からでも伝わる衝撃で全身が揺れ動く。彼から離れないように背中に腕を回すと私の頭を撫でる手に安心してしまう。
「クラゲは私が好きか?」
「好き。世界で一番愛しているよ」
眩しい光の中で彼と唇を重ねる。
「ジェイドは私のことどう思っているの?」
「好きだよ。この気持ちは永遠に変わることはない。君のことを世界で一番愛している」
彼は自分の左手の人差し指に着けていた指輪を見つめる。
「その光の指輪すごいね。ここだと外がどんな状況でも平気みたい」
光に包まれていると外の状況が現実とは思えなくなってくる。外は無数の高熱の火球が地上に降り注いでいた。雨は止み地面を埋め尽くしていた水が綺麗に消えている。先程浮かんでいた船がメシストの近くに見えるが横倒しになっていた。手招きするメシストが微笑むと彼は右手から黒いモヤのようなものを出現させた。その黒いモヤは空まで伸びると一直線に私達を貫く。顔の横を通り過ぎた黒いモヤを見てジェイドは自分の左手にある指輪を外した。彼は私の左手を握ると優しく笑いかける。大きな彼の手で撫でられると少し落ち着かない。
「ジェイド・モルガナイト。来ないのか?」
メシストの声が響く。
「ごめんね」
ジェイドが私の左手の薬指に光の指輪をはめた。真っ直ぐ彼の目が私を見つめる。誰に言われたわけでもないのに目を閉じると彼の唇が触れた。長い時間私の唇に触れていた。それも唐突に終わりを迎えるとジェイドが光の中から飛び出す。
「ジェイド! 待って!」
外から見えるのは煙と火ばかりだ。ジェイドの服が焦げ始めるのが見える。私も外に出ようと指輪に力を込める。しかし、何も反応しない。
「どうして……」
地面へと落ちながら彼は私を向くと手を振った。ジェイドが地面に着地するとメシストが近づく。
「君は何がしたいんだ?」
少し咳をするジェイドの髪の毛が僅かに焼け始める。
「大した理由じゃない。この世界を地獄に変えたかっただけだ」




