34話 恨み
「サクラ! 今のはなんなの!」
セランが私に掴みかかる。
「天災の短剣を使った」
「なんだよ、そんなの私知らない」
「喧嘩なら後でやってくれ」
ジェイドは私を背中に乗せるとセランの腕を掴んだ。地面を蹴り上げるとジェイドは崩れる城の壁を走って防壁の外に出る。吹き荒れる風が人やものを空へと吸い込んでいく。地面が大きく割れると巨大な船が現れた。一瞬私達は船に気を取られるも崩れ落ちる建物を見て空へ飛んだ。風に飛ばされながら瓦礫の下敷きになる人達から目を逸らす。風に吹かれて遠くの頑丈そうな建物の窓から室内に入ると彼は「困ってる人を助けるから待ってくれ。あの船に乗せる」と言った。
彼の言葉を聞いて私は何も言えなかった。私のせいで起きたことだからだ。オリタビア王国がどうなっても構わないと思っていた私はどうかしていた。
大勢の悲鳴が耳まで届くと自分がやったことの愚かさに思わず頭を下げる。
「ごめん」
「どうして謝るんだ?」
「私がやったの。この短剣がどういうものか知っていたのに使ってしまった。私は全部なかったことにしたかったの」
「いいよ。好きにするといい。間違ったら私が叱る。みんなが許してくれなかったら一緒に謝ろう。それでも駄目なら私も同じ罰を受ける」
私がジェイドの服を掴んでいるのに気づいて彼は微笑んだ。
「ありがと」
「必ず戻ってくるから安心してよ。セラン、クラゲを助けてくれ」
嵐の中走り去る彼を掴もうとして伸びた私の手だけが残る。
「とんでもない威力ね……雨まで降ってきた。サクラ……私はここまでしろとは言ってないよ」
「……本当にどうしてこんなことしたんだろ」
思わず口にした言葉を聞いてセランが私の頬を叩いた。
「そんなこと言うなら最初からやるな」
外は土砂降りで遠くの山々が音を立てて崩れるのが見える。この建物も崩れるかわからなかった。
「ねえ、セランはオリタビア王国で何をしたかったのよ」
セランは少し気まずそうに目を逸らす。
「国王を失脚させて、王国を元に戻したかった」
「難しいでしょ」
「今思えばね。だけど、何十年かかってもやるつもりだった」
「私は……無理だと思った。たとえ帝国の手を借りたとしてもオリタビア王国を本格的に攻めることはない。それはロストテクノロジーがこの国にあるから」
「確かにそうね。こんな力を使える国を簡単に攻めることはできないか。わかっていたんだよ。でも、こんなやり方は駄目だよ」
「それならセランのように命令されたら誰でも殺すようなやり方が良かったの? セラン、今更よくそんなことを言えるね」
「手を汚して気づくこともある。私はサクラに同じことをしてほしいとは思わなかった。だから」
会話を中断してセランが私を外に連れ出すと建物が崩れていく。街を歩くと逃げ惑う人が見えるが、地面が揺れる度に動けなくなってしまう。
「行くよ、セラン」
私は持っていた風雷の外套を着てセランの手を握った。僅かに浮かび上がると風に吹き飛ばされてしまう。嵐に巻き込まれながら目を開くと森が燃えていた。真上にある黒い雲から雷が鳴り響くと辺り一帯に降り注ぐ。私の頭に雷が直撃したと思ったが体に異常はない。深呼吸をして正面を見ると建物の屋根が吹き飛ばされてきた。屋根が当たらないようにセランをかばうと彼女が私の胸の中で口を開く。
「ありがとう。でも、どこに行っても危険だよ。サクラは遠くに行ったほうがいい」
私は真下で叫び人々の声を聞いて拳を握りしめる。
「一緒に行くよ。そうじゃないと責任取れないでしょ」
私はメシストに渡された天災の短剣がどういうものか知っていた。それを国王だけに使えばいいのにわざわざオリタビア王国全体に使用してしまった。
「最低だな。私って」
「見て」
セランが指差すところにジューン・ブライド第二王子とマリン・ガーネットがいた。豪雨の中二人で歩いているも足元まで水が来ている。そのせいか二人は歩くのも困難で近くの建物にしがみついていた。その時建物が崩れ落ちるのに気づいて、私が二人の真上に行くと背中に当たった瓦礫が弾かれる。驚いた表情で「ありがとう」と王子が言う。
「あなたはサクラギ・クラゲ? どうして」
「話は後にしましょう。マリン・ガーネット。お腹に子供がいるんでしょ?」
「助けてくれて、ありがとうございます」
私は申し訳なく思えてきた。
「……違いますよ。この状況は私の責任です。感謝されることじゃない。私がオリタビア王国を恨んでいたからです」
マリンの手を掴むと彼女は濡れた髪の毛をかき上げて崩れ落ちる城を見た。
「そうですか。当然の反応だと思います。私も恨んでいましたからね。こうしてお腹に子供がいなければきっとあなたと同じことをしました」
セランの手を掴む王子は私とマリンを見て呆然としている。
「私の近くにいてくださいね」
「はい。わかりました」
「なあ……マリンはそんなにもオリタビア王国を恨んでいたのか?」
「あなたを籠絡させる計画が成功したからアクアは何もしない。そうじゃなければ今頃あなたはアクアに殺されていましたよ。ま、それも今日で終わりそうですが」
周囲の人を見ると水位が上がって既に腰まで届いている。私の力だけだと建物の二階まで運ぶこともできない。
「知らなかった。いや、気づかないフリをしていた。きっと君だけは純粋に私を好きなのだと思い込もうとしていたんだ。他の女性は私を都合の良い道具としか見ていなかった。顔や身分だけしか見てくれないのが私は嫌だった」
「最初は私も他の人と同じで王子としか見ていなかった。でも、今は違います」
「嘘だとしても嬉しいよ」
「正直な気持ちです。最後まで嘘をつく必要はないと思っています。これも私の選択ですから」
「二人共、話は後にして」
セランが真上を見ている。ジェイドが逃げ遅れた人を抱えて空を飛んでいる。純粋な脚力だけで大勢の人間を運んでいる彼は真下にいる私達に気づいた。彼が建物の屋根まで落ちると私達に手を伸ばす。その手を私が取ると周囲を光が包んだ。雨風も体に当たっている様子がない。光の内側は静かで私達の呼吸しか聞こえてこなかった。彼が左手の人差し指に着けていた指輪を私達に見せる。
「これは光の指輪だ。人やものを包み込んで守ることができる」
ジェイドが運んだ人は船の上にいるが徐々に流されていくのが見える。
「ありがとう。ジェイド」
私に笑いかけると彼は流されていく船を見て「雨が止まないな。溶岩も見える。それにだ」と言って指差す。ジェイドが見る方向には以前帝国に行く時に見た軍用機があった。
「何故ここに帝国の軍用機があるんだ?」
「きっと風で飛ばされてきたんだ」
軍用機の近くには城よりも大きな木が見える。以前植物の鍵を使った時のものだ。足元まで届いていた水は徐々に建物を覆い隠してしまう。光に包まれながらも水中で時折流されていくものを見る。見慣れない機械や装飾品は王国では手に入らないものばかりだ。
「その天災の短剣はどこで見つけたものだ?」
ジェイドは流れていく人々を悲しそうな表情で見つめている。
「帝国と旧ガーネット王国の間に砂漠があるの。そこいたメシストっていう王様が私にくれた」
「メシスト……あの本で聞いた名前だ」




