32話 姉妹
「国王と王妃が……」
そんなはずない。こんなの間違っている。ディッセントが死んだなんて冗談だ。
「スフェンを追いかけるぞ」
「待って」
私は巨木を見上げて立ち尽くす。手を伸ばそうとして動きが止まってしまう。
本当に彼女は死んだのか。この木が彼女とは思えない。元に戻す方法はないのか調べないと駄目だ。もしかして死んでいない可能性もある。
嘘にしか思えない状況で私は足元に落ちている写真を手に取る。これは以前ディッセントから渡された写真だ。
「……クラゲの写真か。こんなものどうしたんだ?」
「ディッセントのものだよ」
薄暗い庭園で私が一歩踏み出すと巨木に触れる。嫌な感覚から手を見ると血がついていた。ジェイドに話しかけようとして言葉が詰まる。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫……うん、私は大丈夫。ねえ? ディッセントが死んだのって嘘だよね?」
彼はうつむき首を横に振った。
「私は彼女と親しかったわけじゃないの。多分、私達は友達と呼べるような関係ではなかった。今まで知り合いが目の前で死んだのなんて見たことなかったから……だからさ」
彼が私を強く抱きしめた。
「自分を責めなくてもいいように私がついている。一人にしてすまなかった。これからは一緒にいよう」
「平気だよ。別に寂しくなかった……いいや、嘘……ついちゃった。本当はジェイドと離れて寂しかったの。マージもオクトリも私を守ってくれたけど、あまりいい気分じゃなかった。私そんな弱い存在じゃないからさ……」
ディッセントが死んで国王と王妃をスフェンが追いかけて行った。今後どう行動すればいいのかは僅かに頭の中にあったが重要な言葉が出てこない。
「ジェイドは私を対等に見てくれたの。大切に思っていたから安全な場所まで送ってくれて……そこでディッセントと出会った。彼女は私やジェイドを殺そうとして……それなのにどこか優しかったの。彼女は結局最後まで私達を殺そうとはしなかった」
「わかってる。クラゲはいい親友を持ったんだな」
私は彼の声と心臓の鼓動を聞きながら「……そうなのかな」と呟く。
「彼女がどう思ってたかは知らない。だが、クラゲは彼女のことを大切にしていた」
私はジェイドに抱きしめられながら気持ちを落ち着けていく。そうして持っていた写真を握りしめると地面に落とした。
「ジェイドはスフェンを追いかけて。私はしばらくここにいるよ。一緒にいたいけど、あなたの邪魔をしちゃいそうだからさ。私は英雄じゃないし」
ジェイドから離れると私は彼に笑いかける。
「ごめんね」
「わかった。セラン」
「了解。ここにいればいいのね。後、その服で人前に出る不味いから男性用のものに着替えてよ。ここにあなた用の服はないから、今からエイプリル・フールとして振る舞いなさい」
「わかってる。クラゲをよろしくな」
ジェイドが走り去っていくと私は巨木に挿してある鍵を見る。
「痛かったよね。ごめんね」
私が巨木に触れると頬から涙が溢れてきた。
「長い時間一緒にいたのに私は何もしてあげられなかった。きっと楽しいことはいっぱいあったはずなのに、それを私は教えることもできたのに。なんで死んだのよ……」
「サクラ……その」
「セランは……オリタビア王国ってどうなるのが望みかな?」
「どういう意味よ」
「わからないかな。セランなら共感できると思うんだけど」
私を見ていたセランが一歩後ろに下がる。
「私はジェイドのような英雄じゃない。誰か助けることはできなかった。ねえ? 前にサフィアを殺した時、セランのことを私と違って冷たい人だと思っていた。それは間違っていたの」
「正しいよ。サフィアは仲間だったが利用できる人でしかない」
「私もセランと同じ血が流れているんだよ。ねえ、あなたの本当に叶えたい願いって何? 国王からの信頼を得たとして懐に入り込んで何をしたいの?」
「そんなの……私がこんな生き方をする原因を作った奴らを排除するのが願い」
「はっきり言ったらどうなのさ。オリタビア王国の破壊って」
「どうしたのよ」
「私は間違っていた。人を殺す理由があるならやるべきだった。今ね、すごくセランと話が合いそうなの」
「利害が一致したって言いたいわけね」
「そうなるよ」
「でも、そんなのサクラじゃない」
「あなたに私の何を知っているの? セランは私を通して優しいジャニュス・アリーを見ているだけでしょ。姉妹ごっこはやめにしよう。お仕事だよ、セラン」
「どう……するつもりなのさ」
「まずは国王に話を聞く。ディッセントをわざわざあの場で殺したのには理由がある。国王にとって彼女は都合が悪い存在だった。王妃にとってのジュライアと同じようなものだと思う」
私は地面に転がっていると割れた鏡を掴む。近くにあった赤く染まっている布で怪我をしないように包むと自分に向けた。そこに映っていたのは幼少期の私だった。暗い部屋で座る私は突然何かに驚いて扉から飛び出していく。そこから私は積まれている荷物と一緒に車で帝国を出た。空腹から荷物に入っていた食べ物を食べているとオリタビア王国に到着する。数時間程度で到着できるほどの距離ではない。やはり帝国の技術は優れている。それだけに私は悔しくなった。これを使えば誰も苦しまずに済んだ。
「サクラ……泣かないで」
「泣いてないよ」
鏡を見ているとジューン・ブライドと出会った私がいた。今見ると彼は想像より地味に見える。当時は輝いて見えたが、結局は私の思い込みに過ぎなかった。
「この追憶の鏡はまだ使えるね」
布で包んだ鏡を懐に入れると歩き出した。セランが私の腕を掴んだ。
「ジェイドからあなたのことを頼まれた。危ないことをするなら止めるよ」
「大丈夫。国王に会いに行くだけだよ」
「本当?」
「うん」
私の腕を離すセランは息を吐いた。
「スフェンが行くところにジェイドもいるのに……後で何言われるか」
ため息をつくセランの手を引っ張る。
「行こう!」
急ぎ足で城内にいる国王の元まで向かっていると騒ぎが聞こえる。スフェンが複数の兵士に取り押さえられていた。彼の叫びで兵士が集まっている。スフェンを取り囲む中にジェイドの姿も見えた。
「国王はどこかな」
「いた。壁のほう」
スフェンから離れた場所で壁際にいる。暴れるスフェンに夢中な兵士達から少し離れている国王に鏡を向けた。鏡には少年のフェイブが元気に動き回る姿が映ったが、すぐに戦場での戦いになって彼が活躍していくのがわかる。
「セラン、もう少し時間稼ぎしてくれない? スフェンが連れて行かれると鏡で国王を見ることができなくなる」
「わかった」
セランが国王に近づくとスフェンを指差して話をしている。私は鏡に目を向けた。鏡に映る国王は美しい女性と出会っている。幼少期の国王が親しくしている女性はどこかディッセントと似ているように見えた。成長していくと国王はラルドと話をするようになっていくが、その彼の顔にはどこか不気味なものがある。わざと笑顔を作っているようなだった。その後は忙しく兵士に指示をしているだけだが、充実した様子で仕事を進めている。
『すべて、終わった。終わったんだ』
国王の声が弾んでいる。
『邪魔だったモルガナイト家はもういない。いないんだよ……』




