31話 巨木
「こんなものを見せてごめんなさい」
スフェンは城の頂上に目を向けた。
「酷いものを見た。でも、少しだけ安心したよ。この事実を知らないほうが……私にとって罪深いと思う。サクラありがとう」
「感謝されるようなことはしていないよ」
「これで良かったのかもしれない。私もいい加減前を向かないと駄目だろうな」
その時セランが私の袖を掴んだ。
「王様ならいるよ」
私はセランが指差す方向に国王の姿が見えた。庭園で花を見ながら王妃と歩いている。
「セラン!」
「ジェイドは黙ってよ。面白いものが見れそうだ」
私はディッセントが消えていることに気づいた。スフェンも目の前からいなくなっている。急いで二人を探すと国王と王妃の前に立っていた。私達が走り出すとスフェンの声が聞こえる。
「どうしてジュライアを殺した?」
スフェンが国王に近づくと後ろにいたディッセントが彼の腕を掴む。
「あなたは確かパールの……ジュライア?」
王妃は国王を見る。
「ジュライアか。聞いたような気がするな」
「ああ……そうか。たまに城で見るジュライア・パールですよ。ほら」
王妃がスフェンに近づいてくる私の隣にいるジェイドを指差す。
「あの子か。それが死んだとは? 今は大切な家族の時間だ。大事な話なら後で頼むよ」
スフェンはディッセントに掴まれた腕を振りほどく。
「今必要なことです。今のジュライア・パールは偽者だ。ノーベント・ブライド。あなたは昔本物の彼女を殺しましたね」
「何を言っているのかわからないわ。偽者? あなたずっと彼女と一緒に住んでいるんでしょ? そのジュライアと。何故今になって、そこのジュライアが偽者だと判断して私が殺したことになるの?」
スフェンが私の鏡を奪い取ると王妃に見せた。隣にいた国王が「なるほど。追憶の鏡か。これなら確かにな」と呟く。
「ねえ、フェイブ? これはロストテクノロジーなの?」
「そうだな。どこかで紛失したと思っていたが見つかったのか」
「それはどんなことができるの?」
「確か……人の記憶を見ることができるとかだったかな」
「そうなの。そんなものが……それって重要なもの?」
「そうでもない。人の記憶を見るなんて悪趣味だからな」
王妃がスフェンの持っていた鏡を掴むと地面に叩きつけた。急いで落ちた鏡を取ろうとするも王妃が踏み潰すと鏡が割れてしまう。
「フェイブ、これでいい?」
「問題ない。私としても管理できないものは壊したほうがいいと思っていたところだ」
粉々になっている鏡を拾い集めるスフェンが「何故こんなことができるのですか」と呟く。
「スフェン・パール。あなたは疲れているのよ。ジュライアが生きているのに死んだと言い出すなんて」
「そんなことない!」
スフェンがジェイドを二人の前に引っ張る。彼は嫌がるジェイドの服を破って胸板を見せた。
「よく見てください。この胸は男性のものだ。喉仏もある。声もこんなにも低い」
「……なんてことをしてしまったんだ。スフェン……女性の服を剥ぐとはな」
国王がため息をつく。
「信じてください! 彼はジェイド・モルガナイトです!」
王妃が小さく笑う。
「まったく、彼なら死んだでしょ。それに彼がジェイドだとしてジュライアを私が殺した証拠はない」
「そんなはずがない」
国王がスフェンの頬を叩く。
「いい加減にしなさい。私の前でジェイドの名前など聞きたくない。モルガナイトは死ぬべき存在だ。我が国にとって有害でしかない」
「なら、あの木の下にある骨を見てください。あれがジュライアの骨です」
「そうなのか?」
「はい! この鏡で見ました」
「そうか……君の話が本当だったとしてもノーベントを罪に問うことはできない」
「何故ですか?」
「先程の鏡はノーベントが踏みつけてしまったからだ。それにたとえ事実だとしてもだ。ジュライアはモルガナイト家のものだ。死んで当然だ」
「……さっき家族の話をしてましたけど、ジュライアはノーベントとラルドとの子供ですよ。王様は不思議に思った時期がないですか? 突然あなたと体調不良か何かで会わなくなった時がありませんでしたか?」
国王は何かを考え始めて黙ってしまう。
「第一王子の誕生から第二王子までの間。この国で何があったか忘れていますか? ブライド家がモルガナイト家を滅ぼした時です。ノーベント……あなたとラルドとの間に不適切な関係があった。ジューン・ブライド第二王子が生まれるまでの間のことを思い出してください」
「証拠なんてないでしょ。やめなさい。あまり騒ぐなら私にも考えがある。フェイブ。彼を拘束して」
国王はノーベントを見つめる。
「確かに彼の言う通りだ。メインが生まれてからしばらく経ってから体調不良で会えないと言われた時があった。私も忙しかったから気にしていなかったが理解したよ。だが、今更どうでもいい。ラルドは死んだ。ここで過去のことを罪にしたら国の問題にもなる」
「私が外で言いますよ」
「構わんよ。それならモルガナイト家同様に潰すだけだ」
国王と王妃がスフェンの横を通り過ぎると彼の後ろにいたディッセントが唇を開く。
「私……ディッセントをご存知でしょうか……」
国王がディッセントの顔を目を凝らして見る。
「いや、知らんな」
ディッセントは風雷の外套を脱いで私に渡す。彼女はスーツを脱いで細い手足を晒した。息を整えて彼女は「覚えていますか? 私はモルガナイト家の人間にすべてを奪われた人間です。そして国王陛下に命を救われました」と言った。
「どこかであったか?」
普段よりも少し声を高くしてディッセントは微笑む。
「見た目は大きく変わりましたが、私の顔をよく見てください。ディッセントです。良い名前でしょ?」
その言葉に国王は動揺した様子で「もしかして、あのディッセントか?」と呟く。
「フェイブはこの子を知ってるの?」
国王は王妃から目を逸らす。
「……それで何故王国に戻ってきたか。理由を用意してあるんだろうな」
ディッセントは手に持っていた鍵を見せる。
「この植物の鍵でセテロレビ帝国に壊滅的な被害を与えました」
「ほう、すごいな。偉いぞ」
「そうですかね……」
「どれ、少し鍵を見せてみなさい。さて……ディッセント。少し目を閉じてくれ」
国王に鍵を渡して嬉しそうに頷いて、目を閉じると彼の口元が不敵な笑みに歪む。鍵を手にした国王がディッセントの胸に向かって挿し込んだ。色白の彼女の顔が青く変わっていく。彼女の全身から轟音が響くと鍵を挿したまま国王が離れた。
「離れるぞ、クラゲ!」
ジェイドに腕を引かれて一歩下がるとディッセントの頭に植物が生えた。骨を砕くような音と一緒に植物が全身から現れる。鮮やかな新緑が徐々に強固な樹木へと変化していく。彼女から大きく根を張って太くて雄々しい巨木になる。跡形もなく消えてしまった彼女の姿に動揺して私は言葉が出てこない。強烈な光景に呆然として立ち尽くしているとジェイドが声を上げる。
「フェイブとノーベントがいない! スフェンもだ!」




