29話 モルガナイト
「なんで?」
「そんなの……今になってジュライアを好きだったことを自覚したから。その彼女の姿をジェイドに重ねている自分に吐き気がした。忘れようとすると家の中でジュライアの姿が見える。あの顔が近くにあると昔の私に戻るんだよ。楽しかった頃の私に」
こんなのは荒療治でしかない。誰も望んでいないことだと思う。それでもスフェンが前を向かないとジェイドも先に進めない。
「ジュライアのことを忘れなくていい。でも、ジェイドはジュライアじゃないの。悔むのは勝手だけどジェイドを巻き込まないで」
「都合良くジェイドを扱いすぎていたかもしれない。まさかサクラから叱られるとはな」
私が遠くのジェイドを見ると彼は何も言わずに戻ってくる。
「終わった?」
「うん、終わったよ」
私とジェイドが喋っているとディッセントが突然彼の腕を掴んだ。驚きながら見つめるとディッセントは彼と腕を絡ませる。そうして私を見ると何もなかったかのようにジェイドから離れた。彼女が私に近づくと耳元で「わかりやすいね」と呟く。そうして懐にあった鏡を私から奪い取る。
「そうやって人のものを盗む人は同じことをされても文句を言えないよ」
「仕方ないよ。あなたに持たせると何をするかわからなかったからね」
「鍵は?」
「さあね」
空が薄暗くなってきた。
「ここで何をしていたの?」
「関係ある?」
ディッセントは大きな木を蹴り上げた。
「私がどういう目的でここにいるか知らないわけじゃないよね。言っておくけどさ、今までなんで私が大人しくしていたかわかる?」
私の背後に回るとディッセントが服の中を探る。彼女が私が持っていた鍵を手にして微笑む。
「あなたが悲しむ人が誰か知りたかったの」
ディッセントが小声で誰にも聞こえないように喋りかける。
「ジェイドはいないよ」
「いるでしょ。そこに」
ディッセントが指差す先にはジュライアの姿をした彼がいた。
「あれはジェイドじゃない」
「そっくりだよ。私に誤魔化せるわけないよね?」
今この場で彼女に暴れられたら不味い。私一人が頑張ったところで敵うはずないと思う。単純に力の差だけでも私は劣っている。腕を掴まれている手の力が強くて逃げられない。
「私を殺しても願いは叶えられないのは知っているよね」
「もう十分我慢した。私だって暇じゃない」
「なあ、ディッセントさんだっけ? そのくらいにしとけよ」
ジェイドが私とディッセントを引き離す。
「えっと、ジュライアさんは私が今から何をするかわかるの?」
「わからない。ただ……男のふりをする帝国の人間が私に何も言わずにクラゲと行動しているのが気になってな」
ディッセントがジェイドに身構えると思わず私は二人の前に飛び出した。一瞬躊躇したディッセントが懐に入っていた鍵と一緒に鏡を落とす。土の上に突き刺さった鏡の下から骨が見えた。その鏡から少女の声が聞こえる。
『セラン! これ!』
私は鏡を取って映された人物を見た。そこにいたのは少し若いセランだった。少女がセランに花を渡している。
「なんでセランが」
「ごめん。言ってなかった。モルガナイト王家が殺されたすぐ後に帝国と王国での戦争が起きて、その時ちょうどパール家まで逃げ延びてきたの。私は仕事でジュライアのお世話を任されていた。それよりこれは?」
「髪の毛とかを鏡に映すと、その人の記憶を見ることができるの」
「そうなんだ。ロストテクノロジーか」
「いや、待って。セランはスフェンのことも知ってたの?」
「知らないとジェイドを紹介できないでしょ」
鏡の中の少女がジュライアだとするなら土の中に埋まっている骨が彼女のものだろう。
「随分と浅いような」
スフェンが骨が見えないように土を埋める。
「深くまで掘ることができなかったんだ」
きっとスフェンにも考えはあった。彼の両親との話し合いで決まったこともある。それでも私からしたら別の場所に移動させるのが正しいことだと感じてしまう。
以前見たペリドやトルンとの出会いも映っていた。その後は牢獄での会話が続く。ジュライアは侍女にお礼を言っていたが結局ペリドは死んでしまった。その後に映っていたのはスフェンだった。
「スフェンだ」
彼は私の鏡を覗き込む。
「……ジュライアは元々はモルガナイト家の人間だった。それが養子としてやってきたのはパール家に子供ができなかったからだ。でも、私がここで生まれてしまった」
鏡の中にいるスフェンは笑顔だったが、両親との距離を感じていたジュライアは不安そうな顔をしている。スフェンが成長する度に彼女の笑顔は消えていく。それを肌で感じていたスフェンが手を差し伸べる場面はない。鏡の彼女は私が当時見ていたジュライアとは違っている。夜の街を貴族として相応しくない格好で歩き回っていた。彼女の両親は家の問題として心配していたが、きっと自分自身を見てほしかったのかもしれない。
『はぁ……』
ジュライアが夜の街で歩くと男性が足を止める。
『どこに行くんだい?』
酔っ払った様子の男性がジュライアに近寄る。
『何か用?』
睨みつけるジュライアを見て一歩後ろに下がると男性が『その目……見たことあるぞ』と呟いた。
『うるさいな……』
『ジェイド・モルガナイトにそっくりだ』
『そういえばそんな人がいるって聞いたことがあるけど、私は一度も見たことないんだよね』
『そりゃあね。死んだからな』
酒を飲んで陽気な声で笑う男性は月を見上げる。
『あの頃は良かったな……今みたいなに国が荒れることがなくてさ。平和で楽しかった』
『私もあんまり覚えていないけど、そんなに平和だったとは思ってないよ。モルガナイト家って酷かったんでしょ?』
『そうでもないさ。そう言う人がいるってだけ。今思えば大した問題じゃなかったんだが、あの時は貴族の大半が処刑されて大変だった。我々庶民の被害がなかったから支持されているだけで、今の王が一番良いとは誰も思っていない』
『ま、聞かなかったことにしてあげる』
『どういうことだ?』
その酔っ払いに手を振って彼女は屋敷に帰ると両親にモルガナイト家のことを聞いた。
『ねえ、父上は私がモルガナイトから来たことを知っているよね?』
『知っているが、それがどうした?』
『私はモルガナイトの家とどういう関係なのか教えて』
『以前モルガナイト家から養子としてもらった』
ジュライアはため息をつく。
『ならジェイド・モルガナイトのことは知っているよね。私ってその人と似ているんだってさ』
『どこから聞いたんだ』
『その辺にいる男性から聞いた』
『そんなの真実かどうかわからない情報を安易に信じるな』
『なんでモルガナイト家は潰されたの?』
『言う必要がないな』
『答えてよ』
『……誰にも言うなよ。帝国の支配に抗う為だ』




