28話 墓石
「……この人鏡で見たような。でも、なんかあんまり覚えていないのよね」
ディッセントは眠かったので鏡に映ったジュライアの過去をすべて見ていたわけじゃない。
「それよりも私行きたいところがあるの。私セランと会いたい」
細かく見ていれば彼が女性ではないことも気づいてしまうかもしれない。一応この城でも今と昔のジュライアに気づく人はいないようだが一緒に行動するのは最小限にしたい。
「今はどこにいるかわからないな」
彼は私の顔を見て自然と手を繋いで歩き出した。理由を聞いてもいないのに彼はすべてを理解したように私を連れて行く。
「確かセランと同じ部屋だったね」
「ええ」
「ここにいてくれ」
妙に冷たい感じのする彼の声に私は初めて会った時のことを思い出す。
「待ってる」
私とディッセントが部屋で待っているとセランが扉を開けて入ってきた。後ろからジェイドも入ってくる。
「はい。これ」
「ありがと」
私に仮面を渡すとセランは表情を動かさずにディッセントの反応を確かめている。
「その仮面は何?」
「今の私に必要なものだよ。ここだと私は死人だからね」
私が仮面をつけるとジェイドは顔を背ける。この仮面を不思議そうに見つめるディッセントは「そんな話もしてたね」と言って部屋を出る。私も彼女と一緒に歩きながら後ろからついてくるジェイド達を見る。
「それで国王はどこ?」
ジェイドがディッセントの表情を見てから私に「今は会えないな」と言った。一言も彼に事情を説明していないが、私が黙って帰ってきたことに疑問を持っている。何故彼が何も言わないのかはわかっていた。彼はスーツを着た帝国の人間を見て何かを察しているのかもしれない。
「……サフィアは何故旧ガーネット王国から戻ってきた?」
私とジェイドの会話を聞いていたディッセントの表情が変わる。
「今は言えない」
「どうして?」
「察して」
「……寂しかったの?」
「あ、いや」
私とジェイドのやり取りを見ていたディッセントが「ねえ、ジュライアって女性?」と聞いてくる。
「失礼だよ、それ」
「すみません」
「いいや、よくそう言われますから」
「いえ、私も失言でしたね」
ディッセントも男性として暮らしているのにと思ったがジェイドは知らないのか。このジュライアの格好も不自然さはないが、流石に近くで喋っていれば気づく人も出てくる。それに私と話す時の彼は男性の顔をしているようにも思えてならない。
「そのサフィアってのも二人の時にだけ使う名前かな?」
「そう……なんだよね」
「へえ、私に嘘つくんだ」
「あ、違う。この城でいる為の名前でさ」
「話さなくてもいいよ」
「うん」
あまり自分のことを話すとジェイドに危険が迫ってしまう。それなのに嘘を口にする私をディッセントが許さない。今までの行動の責任を私は取る必要があると感じる。
「ディッセント。今からする私のすべての行動に目をつむって」
「何故」
「それが私にとって一番最善の行為だからよ。終わったら私だけならどう扱ってもいいから」
「まったく、サクラは自分のことを軽く扱いすぎだよ。わかった。今はあなたの言う通りにする。何もしない。ただね、私にも限界があることを覚えておいてね」
「それでいいよ」
通路を歩いていると窓の外からスフェンが見える。庭にいる彼の姿を見て私はジェイドを見て「なんでスフェンがいるの?」と言った。
「いても不思議じゃない」
「そうじゃなくて、王子と会うなら庭にいる必要がないの。執務室か。それか寝室でしょ」
正直王子と婚約してから随分と会っていないから城のどこにいるかは想像でしかない。王子と仲が良かったスフェンのことも詳しいつもりだったが、離れて過ごすうちに私は彼のことを何も知らないことに今更気づいてしまった。
「君には話す必要がある。来てくれ」
ジェイドに連れられて庭まで行くとスフェンが私達に気づいた。
「こんなところに何故」
首を傾げるスフェンに「ジュライアのことを話したいと思ってね」とジェイドが言った。
「……はぁ、わかったよ」
ジェイドが私を置いて立ち去ろうとする。無言のままジェイドを見つめると彼は私の手を握った。
「ちょっと二人だけにする。スフェンの口から言うのが正しいと思うんだ……本当は他の男と一緒にいてほしくないが」
「大丈夫だよ」
思わずキスでもしそうな雰囲気に周囲の目で慌てて距離を取る。スフェンに近寄ろうとしてディッセントを不意に見るとジュライアを睨みつけていた。彼女はジェイドを怪しんでいる。ジュライアが偽者とまで気づいているかわからないが、言動が怪しいのは誰の目から見ても明らかだ。
私はジェイドに小声で「そんなんでよく今までバレなかったね」と言う。
「わざとだよ」
「え」
「じゃあね」
手を振って去るジェイドを見つめながらディッセントが私に声をかける。
「あんな感じの人がタイプなの?」
「まあね」
「へぇ……そうなんだ」
ディッセントは私から離れて行く。
単純にかっこいい感じの女性が好きだと理解したのか。それともジェイドが女装をしていると見抜いた上での発言かわからない。
セランとディッセントがジェイドのいる場所まで行くと三人は会話を始める。その様子を見ているとスフェンが肩を叩く。
「何見てんの? 行くよ?」
「あ、うん」
スフェンに連れられて私は大きな木のある場所に着いた。近くには綺麗な花が咲いている。
「綺麗な場所だね」
「お気に入りなんだ」
スフェンは大きな木の近くにある小さな石に近づく。
「ここがジュライアの墓なんだ」
私は一瞬理解できなかった。
「てっきり他の場所にあるかと」
「どうにもこの上からジュライアが落ちたみたいで、あの時は埋葬できなかったらしい」
私は目を凝らしてみたが、ここからでは何も見えなかった。
「ジュライアが死んだことが自分の責任だと思っているの?」
「そう思っているから命日には来ているんだ。あの時私が何も言わなければ、死ななかったと何度後悔したかわからない」
涙を流すスフェンを見て私は彼に何かしてあげることはないかと考える。お世話になったが彼には何かをしてあげたことはない。どんな言葉を投げかけたらいいかもわからなかった。そのはずが不意に遠くでジュライアの格好をするジェイドを見て思う。
「罪悪感からスフェンはジュライアのことを生きていると思いたかった」
思ったことを口にしてからも彼は何も言わない。黙って私を見つめる彼の目は普段と違って少し冷たかった。
「ジェイドにその役をやらせてどう感じたの?」
「気分が悪くなったよ」




