20話 警報
人工の木々に寄りかかると息を吐き出す。
「大丈夫?」
「なんだ。ディッセントか」
「私じゃ不満?」
「そんなこと言っていないよ、ありがと」
「皇帝も立場があるから悪く思わないでよ」
「思ってないよ」
「嘘だ」
「感情的になったのは事実だけど、今はもう気にしていないよ」
「どうする? 戻る?」
「そうしたいけど、ちょっとだけ時間がほしいかな」
「それならジェイドが育ったところを見て回らない?」
「なんでそんなことをするの?」
「私がそうしたいからじゃ駄目かな」
「別にいいよ」
ディッセントは私の手を取ると走り出した。
「どこに行くの!」
声を上げる私に彼女は笑顔で返す。
「牢獄」
連れてこられたのは狭い場所だった。気が狂いそうになるほど真っ白で何もない部屋に入る。
「ここでジェイドは幼少期を過ごした。自分が何者かわからずにね。教えられたことには絶対服従で厳しい罰が与えられたみたい。私もすべてを知っているわけじゃないから、今言ったことが本当かどうかは本人に直接聞かないとわからないけどね」
私達は薄暗い通路を歩いて広い空間に出た。床や天井がぼろぼろで埃が舞っている。室内に入るのに躊躇するほどの汚さだ。
「取り壊す予定の練習場だよ。ここでジェイドは訓練をしていた。血と汗の匂いまでしそうだね」
ディッセントが壁の隙間を蹴ると穴が広がる。彼女が隙間から外を見ていると急に立ち上がった。
「私達を探し回っているみたいだ。マージが来たよ」
「見つかってもいいよ。それよりなんで昔のジェイドを知る必要があるのさ」
「言ってなかった? 私はジェイドを殺したいの。彼のことを知りたいでしょ?」
「知りたいよ。過去のことは怖いけど、興味がないわけじゃない。でも、ディッセントは関係ない」
「話聞いてないの? 私はジェイド・モルガナイトを殺したいの」
「だから……そのジェイド・モルガナイトはあなたの知る人じゃない。本物のジェイドは随分前に死んだ。そして今いるのは私が好きなジェイドなの。それにね。あなたの殺したいジェイド・モルガナイトは初代イングラン王の血を引いていた?」
「そんなの私には関係ない’」
「関係あるよ。誰でもいいわけじゃないでしょ。ジェイドはクローンだけど、肉体を改造された別人で同じ部分は名前だけ。それで復讐が終わると思えるのなら私をジェイドの元に連れて行きなさい」
私を見るディッセントは睨みつけながら懐にあったナイフを取り出す。意外にも私は冷静で体が震えていたのは彼女だった。
「何も知らないのに偉そうなことばかり!」
「世の中は知らないことばかりだよ。それを知るのが楽しい。あなたは何も知らずに人生を終えたいの? 私は色んなことを知りたいから生きている」
私は彼女に近づきナイフに手を伸ばすと一気に力を込めて握りしめた。粉々になりながら手の中で小さくなるナイフだったものを私は放り投げる。
「まさか、それってロストテクノロジーなんじゃ」
「隠していてごめんね」
遠くでオクトリの声も聞こえる。
「私を皇帝に差し出すのが最善だよ」
「その言い方嫌だな」
「そうすればあなたは廃棄処分予定から格上げになるんじゃない?」
彼女は私を挑発したいのか。それでジェイドと会えなくてもいいと思っているように見える。そうか。ディッセントは最初私を殺さなかった。本当は自分でも理解していたんだ。ジェイドが本物じゃないことも。それでも生きる目的を失いたくなかった。
「そこだけ見るなら間違っていないかもね。でも、私はディッセントの味方でいたい。理由は簡単よ。あなたと一緒ならオリタビア王国に行ってジェイドに会えるでしょ」
生きる目的は私にもあった。色々考えて誰かの為に生きようとここまで来たが無意味でしかない。他人の為に生きるのは素敵だが、結局ジューン・ブライド第二王子の時も捨てられた。こんなのは他人の都合で左右されてしまう。
「……ふざけているの?」
「本気だよ。今まで迷惑がかかると思って我慢していたけど、私も限界なんだと気づいたの。私は……今からすごく失礼なことを言う。だから、よく聞いて。私からしたらオリタビア王国も旧ガーネット王国もね。このセテロレビ帝国だってどうでもいい。正直誰がどこで死のうが構わない。私はジェイドに会いたい」
私の言葉を聞いて彼女は笑い出した。
「あなた最低ね。堂々と言うことじゃないよ」
「ジューン・ブライド第二王子の時からずっと……私は貴族の中で過ごしてきた。いい子でいるなんて私には合わない」
「変な人」
ディッセントは私の腕を掴む。
「痛いんだけど」
「私もだよ。王国の為に……フェイブ・ブライド国王陛下に救われたから今の私がいる。でも、忠誠を誓った頃なんて私はよく覚えていないの。今思えば王様は偉そうに命令していただけだった。私はあの人と随分と会っていない」
「帝国から出たことないの?」
「出たことはある。だが、王国に入るように言われたことがない。王国内の誰かを殺すか、誘惑しろとか言われたらやるよ。残念ながら王国は私を情報収集の為にしか使わなかったけど」
「国王からの命令って何?」
「帝国で起きたことをこちらに流せとかだよ。他にも帝国まで逃げてきた者を殺せとかね」
国王はディッセントの家族が死んだ時に現れた。そこが前々から引っかかっている。それに何故国王はディッセントを手元に置いておかなかったのか。大事だからこそ離しておきたかったのもあるが、彼女から国王は命令の話しか聞いていない。
「ねえ、国王とディッセントはどんな関係?」
「さっき言った通りで国王陛下とスパイなだけだよ」
「他には何もないんだよね」
私は腕を掴むディッセントに近づく。
「そうだよ。何が言いたいんだ」
「国王は嘘をついている。確証はないけど」
「そんなはずない」
「私の知る国王は他人を助けたりしないの。それこそ見知らぬ女の子を救うこともね。私が言いたいことわかる?」
「……言わなくてもいいよ。短い間だけど、あなたが私に嘘をつくとは思わない。国王陛下よりも長くサクラと過ごしたからね」
ディッセントは私を抱き寄せると懐から鍵を取り出した。
「なにそれ」
「植物の鍵。これを挿せばどこにでも木が登場する」
「ロストテクノロジーってやつか」
「今から王国に行こうか」
「行けるの?」
「行くよ。今から何もかも破壊して」
彼女は鍵を地面に挿すと周囲から木々が勢いよく生え始めた。鍵を懐に入れると彼女は「ほら、見なよ」と言って笑う。そこには次々と大きくなる木々が天井を突き破っていく光景が見えた。次第に屋根や壁が壊れていく。巨木となって更に上へと進む植物を見上げているとマージの声が聞こえる。
「サクラ!」
植物の間から僅かに彼が見えた。隣にはオクトリもいる。
「ごめんね。サクラはもらうよ」
わざわざ声を低くして私と体を密着させて近くの枝に掴むと木々の成長と共に上へと進む。既に誰の声も聞こえない天井までやってきた。先程の脆い建物と違って簡単には壊せないが、所々にある隙間から私達は上へと進んでいく。崖を登るような感覚で凸凹とした部分を掴むと足元から軋む音が聞こえる。私の真横を細い枝が通過すると私達の進む先が広がっていく。私達が枝を掴むと隙間を縫うようにしながら天井を突き破った。地面まで出ると周囲には人はいなかった。激しい鳴り響く音に思わず耳を塞ぐ。
「警報だ」




