19話 怒り
彼は微笑みながら私と握手をする。
「はい。そうです……」
顔は確かにオクトリと似ているが背は彼のほうが高い。
「今日はプライベートでね。どうぞ。上がって」
玄関で靴を脱ぐと私達はテーブルにつく。全員が椅子に座ると使用人が紅茶やケーキなどのお菓子を持ってきた。
「ここは私がくつろぐ為の空間として用意したんだ。少し狭いかもしれないが落ち着くだろ」
「確かに落ち着きますね」
「前までは弟と一緒に暮らしていたんだが、離れた場所でジェイドの為に働きたいと言われてね。正直嫌だったが許したんだ」
「そうなんですね」
「私も複数の植民地を獲得したことで弟を構うこともできずに苦しかったよ。それもようやく終わりそうだ。君がジェイドの婚約者になってくれるなら私もゆっくりできる」
「婚約したわけじゃないです。お互いの好意を確認しただけで……まだ本格的なお付き合いはしてないので」
うつむきながら私は紅茶を見つめる。
「既に話し合いが済んでいるなら問題はないだろ。さっさと帝国で暮らしなさいよ」
「ジェイドは王国でやることがあるみたいなんです。王国の民が気になっているらしくて……」
「元々の記憶はないが本質的なところは変わらないみたいだな。彼の父も立派な方だった」
「知っているんですか?」
「我々としてはラルド王のほうが良かったよ。今のフェイブ・ブライドは欲が強すぎる。考え方も我々と違って話し合いが通じない。君はフェイブ・ブライドがどう見えた?」
「私はほとんど話したことないのでなんとも言えないです」
「王国全体を悪く言うつもりはないが奴らは野蛮すぎるんだ。前時代的な考え方を持っている。当時我々と親しかったラルド・モルガナイトにジェイド・モルガナイトの首を奴らが持ってきたことがあった。我々と親しい関係だったことを知っていたはずなのにだ。あの時オリタビア王国とセテロレビ帝国は戦争をしていたが、国同士の争いで上の立場の者を消せば済むと考えているのは古い考えだと思う」
紅茶を飲みながら私は皇帝を見つめる。
隣で息を吐いて睨むオクトリが「……それでジェイドが何故次の皇帝になるかを私は兄さんから聞きたいのですが」と呟く。
「ジェイドがクローンという話は知っているだろうが、彼は少し特殊で肉体を改造して初代イングラン王の血も入っているんだ」
「改造って」
皇帝は咳払いをして「そういえば君は初代イングラン王のことを知らないよね」と言う。
「ええ、確かに知りませんが」
「この地は元々イングランと呼ばれていたんだ。今のセテロレビ帝国ができる前にいたのが初代イングラン王だよ。その血筋を辿れば今の私に繋がる」
「兄さんはジェイドに何かをしたわけか」
オクトリを無視して彼は話を続ける。
「……数千年前以上の昔にイングラン王と彼の地で生まれ育った者が現在のセテロレビ帝国を建国したとされている」
「彼の地?」
気になった言葉を私が呟くと皇帝は紅茶を飲み干すと困ったように笑う。
「説明が難しいな」
「兄さんが言いたいのは現在のオリタビア王国は元々異世界にあって、そこからやってきた人物と子を成してセテロレビ帝国が出来上がった。その証拠に奴らは基本的には銀髪で身体能力が発達している。英語も喋れなかった」
「オクトリの言う通りだ。説明してくれてありがとう」
「はぁ、そうだね」
兄の前だと普段のオクトリとは違う一面が見える。皇帝と呼ばれるオーガスド相手なら少し踏み込んだ話をしてもいいかもしれない。
「……それじゃ地球とは違う星から来たのがオリタビア王国の人達というわけなんだ」
私の言葉を聞いて全員が不思議そうな目でこちらを眺める。
「サクラ、地球とはなんだ?」
マージが首を傾げるのを見て他の人を確認する。皇帝含めて全員が言葉の意味を理解できていない。
「……ここって地球じゃないの? 日本とか知らない?」
全員が言葉の意味を理解できていないのがわかる。私はきっと帝国に転生した者がいると思い込んでいた。顔形も私の知る世界の人達と近い。帝国では英語を喋る人が多いのも理由の一つだ。それなら魔法なんてわかりやすい異世界の基準がないのも納得できる。ここは地球に近いだけの異世界なんだろう。
「ともかく、ジェイドは異世界人と初代イングラン王の血を受け継ぐ者だ。それが皇帝になる条件となる。それなのに未だに王国の内側から破壊することをジェイドは望んでいるからな。私としてはロストテクノロジーなんて他の者に任せればいいだけなんだが、ジェイドが言うことを聞かなくて困っているんだ」
ため息をつく皇帝を見ながら私は自分の指輪に触れる。
「……オリタビア王国には異世界から持ってきた魔道具の類がある。それがロストテクノロジーで現在オリタビア王国にある可能性が高いと見て調査中なんだね」
「オリタビア王国を破壊するのは簡単だ。ただ、その場合だと壊さずに手に入れることができなくなる。悩ましいがジェイドが無事に戻って来てくれることを私は望んでいるんだ。君から説得してくれないか?」
優しく私を見つめる皇帝からはジェイド本人の気持ちなんて考えている様子がなかった。それが気に入らない私はケーキを口に入れると紅茶で流し込んだ。
「随分と勝手だね。勝手に生み出して改造したら自分の思い通りに動かす。あなたにとって都合が良いから皇帝にしたいだけでしょ。ジェイドは外部の人間と接することもなく帝国で育ったと聞いたことがある。オリタビア王国との戦争で捕虜を送る話が出た時に彼を帝国から追放したのは事実だ。それも名無しとして。死んだ王子が生きていればオリタビア王国が混乱するからという理由なんでしょ?」
「それは悪かったと思っている。だから私は彼を幸せにしたい。この帝国にいればきっと望む幸せを手に入れることができる」
「それならなんで強引にジェイドを連れ戻さないの? 彼は帝国と王国で戦争が起きて英雄となった。その時にも死ぬ可能性があったのがわからなかったの? 今だっていつ暗殺されるかわからないのに」
「言ったが聞いてくれなかった。彼は望んで王国と帝国の為に戦った。皇帝としての立場から正式に謝罪ができないことを彼は理解している。すべての事情を知った上で私を許してくれた。感謝をしているよ」
私は皇帝の言葉を聞くと腹立たしく思いながら立ち上がる。
「前置きでは悪かったと謝罪して、本当は私は悪くないと言って彼のせいにしている。聞いてもいい? オクトリを皇帝にしないのは何故?」
「弟には荷が重いからだ」
「……半分は本心だよね。でも、もう半分は嘘をついているでしょ。オリタビア王国では国を乗っ取るようなことが起きた。セテロレビ帝国で同じことがあったらオクトリには対応できないと考えて優秀なジェイドに頼んだ」
私は自分がどうして怒っているか理解できずにいた。
「事実だ。すまなかった」
頭を下げる皇帝を見て私は目を逸らす。そうして周囲が私に対して困惑した表情で見ているのを感じた。
「やめてよ」
その怒りが何故なのかを今までの人生を振り返った時にようやく理解した。帝国はいつでも私やジェイドを助けられるのに手を差し伸べることはしなかった。私はきっとジェイドを通して自分の境遇にも共感して怒っている。皇帝ほどの力があれば私はもっと幸せだった。何故オリタビア王国を力で従わせないのか。そうすれば私はこんな苦労をしない。そんな当たり前な理不尽を他人に向けていた。こんな子供みたいな怒りを見せて恥ずかしくなる。少しだけ顔を赤くした私は家から飛び出した。




