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偽りの私と二番目の君は、真実の恋をする。  作者: 福与詩檻


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2話 愛おしい人

「それは、あの……」


 考えてみれば王子は一度も私に愛してると言ったことがなかった。庶民の私が学校に通っていた頃も自分の話ばかりしていた気がする。


「どうしたの?」


「いえ……」


 初めて王子と出会った日も、私は現状を受け入れられずにいた。突然小さな子供として新たな人生を歩むことになって、見知らぬ土地で泥水を飲んで生きるしかない状況に絶望しかなかった。そんな私に綺麗な服装で手を差し伸べる笑顔の王子に惹かれない理由はない。


「とても嬉しいです。でも、私には他の生き方なんて知りません。この世界で生きていく方法はすべてジューン・ブライド第二王子の為に用意されたものです。私個人の考えなんてありません」


 私は王子と親しくなったおかげで貴族と同等の権利を与えてもらえた。そうして婚約が成立した十二歳の時から私は綺麗な屋敷に住むようになって、綺麗な服や美味しい食事も自然とプレゼントされる。幼い私は慣れない環境に苦労しながら、王子の為に私は国を支えていくんだと教えられた通りに生きてきた。


「もっと自由でもいいんだよ」


「今の私があるのはジューン・ブライド第二王子のおかげですから」

 

「本当に王子のことが好きなんだね」


 真剣な表情で私を見つめる彼から目を逸らす。


「そうです。彼が子供ながら国を背負う立場となって努力を続ける姿勢に純粋な好意から支えたいと願いました」


 私は自分の言葉に少しの嘘を感じた。


「それが偽りだと今なら思えます。私は……自分の気持ちに嘘をついていました。私に手を出さないのも大事にしてくれているからだと思っていました。男の人はそういうものだと知っていますから……心構えはあります」


 綺麗な屋敷で過ごすのも慣れた頃から王子は私を避けるようになったのを覚えている。会話らしいものは婚約前にした時だけだった。


「今更ですが嫉妬したことは一度もありませんでした。あんなに王子を慕う女性がいたのにね。とても誇らしかったですよ。私の大好きだった人は誰からも愛されている。そんな人の一番になれたのだと感じていたから」


 涙で溢れて目の前が見えずにいた。


「国の指導者となるお方から愛されている。私にはどんな言葉も好意として受け入れるつもりでした」


 泣き出す私に彼が近づき手を伸ばす。頬を伝う涙が彼の指に触れる。


「頑張ったんだね……」


「すみません。私ばかり話して」


 先程まで笑顔だった彼は「許せない」と呟き、拳を握ると私の視線に気づいてすぐに落ち着きを取り戻す。


「怒ってくれるだけでも救われます」


 普段見ていた青空が余計に私の心を痛めつける。


「……何もかも投げ捨てて人生をやり直したい。そんなことを考えたことありますか?」


 話を聞いてくれただけで良かった。生活の不安もあって行動する勇気もない。こんなことを頼むのも気が引ける。


「最初で最後の私のわがまま聞いてくれませんか?」


「構わないよ」


「こんなこと言うのは卑怯なのは知っています。私をここからもっと遠くの場所まで連れ出して」


 彼は驚いていたようだがすぐに頷く。


「いいよ」


 準備をすると彼が消えてから大きな屋敷を見て回る。使用人の数は少ないが挨拶をすると笑顔を向けてくれた。彼らからエイプリル・フールという人物のことを聞くも、私の知る英雄とは異なっているように思えてならない。落ちない汚れがあれば掃除を手伝い、食材を余らせない方法を一緒に考えるなど使用人から慕われている。


「……エイプリルから怖さは感じない」


 窓の外にいる重そうな荷物片手に歩く使用人達と話す彼を眺める。窓の外に大勢いる人の声は聞こえない。エイプリルの周りに涙ぐむ女性の姿が見えた。貴族らしき彼女達の声は私の耳には届かなかったが、口の動きと表情で彼を好きなのがなんとなく伝わる。戻ってきた彼は「挨拶を済ませてきた。王国を出て行くことを知って泣かれたが彼女達も納得してくれたよ」と言って私の手を取った。


「少しだけ歩こうか」


 大きな屋敷を出て脇道に入るとコーヒーの香りがしてきた。小さなカフェのような店内に入ると銀髪の店員に促されて席に座る。店員からメニューを渡されて、私は彼と同じものを注文した。少し経過して店員が運んできたものは驚くほど苦いコーヒーだった。彼は一緒に注文した一口サイズのデザートを食べ始める。私も真似をして口に入れるともちもちした食感で苦いコーヒーによく似合うのがわかった。


「これ美味しいですね」


「ああ、好きなんだよ。この味」


「よくここには来るんですか?」


「たまにね。ここの店員は良い人なんだよ。私みたいな人間にも優しくしてくれる」


 店員は私達を眺めながら作業を進めている。穏やかな日常にしか思えないのに店員の表情から緊張が伝わってくる。彼も同様に周囲を気にしているように感じた。


「私をこの店に連れてきた理由を聞いても?」


 王国から連れ出すならすぐにでも準備を済ませるはずだ。彼には随分と余裕がある。


「自分が好きだった店に行きたかっただけだよ。オリタビア王国が嫌な思い出だけだと悲しいと思ってね」


「嘘は言ってないけど、真実を私に言うつもりもないんだ」


「そうじゃない。傷ついた君には酷だと思って言えなかったことがある」


「私なら大丈夫」


「本当は君に何も言わずにすべてを終わらせるつもりだったが、察しの良い君には打ち明ける必要がありそうだ。私達は……命を狙われている」


 一度泣いて落ち着いたことで冷静になれた。王子が何も話そうとしないのも理由があるのかもしれない。あの婚約破棄も思えば不自然だった。あの時は疲れていて頭が働かなかったが突然パーティーで宣言する理由はない。


 あの時普段は城まで入ってくることのないエイプリルが現れた。王子を含めて全員驚いている様子はなかったが、今なら理解できることが一つだけある。理由はわからないが十年も一緒だったんだ。王子が感情だけで婚約破棄するとは思えない。


「なるほど。エイプリルは私が婚約破棄されることを知っていたんだね」


「ああ、事前に知り合いから婚約を破棄する話を私は伝えられていた」


「確かフェイブ・ブライド国王と出会った時にあまり歓迎されていないような気がした。それも理由?」


「国王は王子の婚約をよく思ってなかった。それも原因だ。それに君は貴族でもない庶民なのに優秀な成績で学校を卒業している。しかも、現在オリタビア王国で作られている様々なものは君が考えたものだ。庶民からの人気も高い。一部の貴族からも扱いに困ると言われていた。そんな君を危険に思う人がいても不思議じゃない」


「随分詳しいね。それも知り合いのおかげかな」


「まあな」


 エイプリルは怪しいが素直にすべて話してと言えば聞けそうな雰囲気があった。それでも私は何も聞けない。王子に裏切られたようにエイプリルも私を見捨てる可能性がないわけじゃないと思ってしまう。


「エイプリルが言った言葉。私を愛してる。あれは本気?」


「本気だよ。不安ならもう一度言おうか?」


「もう、わかった。言わなくていい」


「愛してる人の為になりたい。これはすべて本心だよ。信じられない?」

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