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偽りの私と二番目の君は、真実の恋をする。  作者: 福与詩檻


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16話 油断

 私は中性的なディッセントに握手を求める。手を伸ばす私を見て彼は少し頬が緩む。


「非常に可愛らしい方ですね」


 褒められるのに慣れていないので一瞬言葉が出てこなかった。


「そうですか……それよりも私に用があるのでは?」


「すみません。今から話します。それでちょっと確認したいことがあります。あなたは本当にジャニュス・アリーですか? 彼女は黒髪のはずだったような……」


 私はウィッグを外して眼鏡を取る。


「これでいいですか?」


「はい。確認できました」


「私もよくは知らないんです。ジェイドからジャニュス・アリーのクローンという話を聞いているだけで、私自身が彼女と瓜二つなのかは未だに信じられない」


 ディッセントは私に写真を渡す。そこに写っているのは確かに私で間違いない。盗撮のようにしか見えないが屋敷にいるところを撮られたようだ。


「この写真は以前帝国のカメラマンが撮ったものです。ジャニュス・アリーの写真はほとんど残っていない。この屋敷が焼失した時に消えてしまいました」


 私が濡れていることを気にしていると彼は顔を背ける。


「本当にすみません。話は後のほうがいいですよね」


 彼が頭を下げる。


「あ、いえ……私もこんな格好ですみません」


 私はオクトリとマージを連れて他の使用人にシャワー室の場所を聞いて通路を進む。言われた場所は男女で分かれていた。室内を覗くと狭い空間に浴槽と洗面所にトイレが同じ場所にある。使用人の話では復興の為に帝国の技術が使われているが、無償提供の割には綺麗で素晴らしいと言っていた。庶民の使用が許可されたものばかりで使用人は喜んで使っているらしいが、王国側は帝国のものを使う旧ガーネット王国の態度に抗議をしているようだが口だけで何もしない。私も実際に支援してくれる帝国になびくのは当然だと思える。


「流石にサクラと一緒にシャワー室に入るわけにはいかないから、出てくるまでドアの前で護衛はさせてくれ」


「大袈裟だよ、マージ。すぐ隣にいるんだから何かあったら大声を出せばいいだけ。それにここで襲われるようなことがあるわけない」


「確かに不審人物が入ってきたらアクアも困るか」


 オクトリがくしゃみをした。


「ほら、早くシャワーをして着替えたほうがいいよ」


 私は使用人からもらった服を手にシャワー室に入る。


「何度も見た光景なのに感動しちゃうな」


 この世界では初めての近代的なユニットバスで私は少しだけ嬉しく思いながら綺麗な服をバスケットに置く。それをドアに引っかけると服を脱ぐ。指輪を外して床に置いてあった別のバスケットにもウィッグや眼鏡と一緒に濡れた服も入れる。カーテンを閉めるとシャワーを浴び始めた。体を洗い流す水が貴重なこともあってシャワーは久しぶりで快適だった。疲労も限界にきていたことも関係して放心状態で目を閉じる。先程までの駆け巡っていた思考が嘘のように消えていく。考えることもできずに急激な睡魔に襲われていると物音が聞こえて目を向ける。そこには見知らぬ女性がナイフを持って立っていた。


「声を上げるな、殺す」


 聞き覚えのある声だった。


 その女性はカーテンをめくると手だけ伸ばして私の首にナイフを突き立てる。


「動いても、殺す」


 僅かにナイフが触れると血が流れ出た。虚勢を張ることもできずに手足が震える。油断して指輪を外してしまったことに気づき、叫びそうになるが気持ちを落ち着かせて耳を澄ます。シャワーの音に紛れて隣から話し声が聞こえる。マージとオクトリが隣で大声を上げて喧嘩をしていた。


「私は最後にあなたと話をしたいと思って来たの」


 違和感の正体に気づいた。この声はディッセントだ。カーテンの隙間からは手や腕しか見えない。先程まで彼女を男性だと思い込んでいたが、握手した時も向き合った時も今思えば女性にしか見えなかった。自分の愚かさに情けなくなるが今は気にしている場合ではない。


「一つだけ確かめたいことがある。何故サクラギ・クラゲと名乗っているの? これだけ答えて」


「言ったら殺すの?」


「返答次第かな」


「でも、ここで私を殺したらディッセントは逃げられないよ」


 彼女は笑い出した。


「逃げるね……声を変えても流石に気づくか」


「先入観があったからさっきまでは気づかなかった」


 髪が短くて声も低い女性で胸もない。それに私より背も高いように見える。初見なら男性だと思うかもしれない。


「多少振る舞いが女性に近くても帝国なら気にしない。その辺は寛容だからね。それとあなたを殺すのは帝国の指示じゃないわ」


「特使と偽って私に会いに来たということ?」


「私は本当に帝国の特使だよ。嘘偽りなくね。向こうでも私は男性として登録されているが、性別を偽る程度なら帝国はそういうものだとしか考えない」


 彼女はカーテンを開けると全身を見せた。スーツ姿の彼女は見た目だけなら男性にしか思えない。


「それでさっきのこと答えてくれる?」


「私はこの世界でクローンとして生まれた。でも、記憶だけは別の世界の桜木海月のものなんだよ。外見はジャニュス・アリーで中身はサクラギ・クラゲ。理解できた?」


「興味深いね。そんな人初めて見たよ」


「他にいないの?」


「いたら私が知らないはずない」


「それなら何故帝国で作られた製品が私の世界と同じなの? この浴槽やトイレも。最新のものとは言えないけどさ、ここまで近代的なのは王国では見たことがない」


「それは王国が特殊な環境だからだよ。あそこは閉鎖的で意図的にそうしているだけなの」


 隣の話し声が聞こえなくなると二人がシャワー室から出たのがわかる。ドアをノックする音が聞こえた。


「ここで待っているから終わったら出てこいよ!」


 マージの声を聞いて私は彼女を睨む。


「……ディッセントは私のことを聞いて何がしたいの? あなた逃げられないよ?」


「名前も知られた。そして顔も見られたね」


「……まさか私を殺して死ぬつもり?」


「可能性としてはありかもね。私は帝国の特使としては殺さないが、個人的には殺したい気持ちかな。王国にサクラギ・クラゲを殺したという情報を流したいし」


「それなら今殺したら帝国は困るんじゃないの?」


「正直帝国は面倒を起こしたくないからあなたを殺さないだけで、本音で言えば後々問題になり得る複製品は消したほうがいいと思っているよ。本来クローンはジェイドだけだったのにジャニュス・アリーが作られてしまった。ここで死んだほうが都合がいいと思う」


「私はいないけどさ……あなたは死んだら悲しむ人がいるでしょ」


「いないよ」

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