15話 雨に濡れて
私は二人を連れて忙しく動き回るトルンを横目に建物から外に出る。蒸し暑い空気に包まれながら太陽を見上げた。見渡す限りすべて廃墟しかない。圧倒されていると後ろから扉が開けるが聞こえて振り向く。息を切らしてトルンが近寄ってきた。
「出かけるのなら傘をどうぞ」
彼に渡された傘を手に持つと私達は歩き出す。門を出ようとしてもう一度振り向くと私達がいた建物は他と比べたら立派な作りをしている。
「この建物は無事なんだね」
「そうみたいだな。オクトリ、これもロストテクノロジーか?」
「そんなの知りませんよ。でも、ここだけ綺麗なら可能性は高いですね」
地面は少し濡れている。
「雨でも降ったのかな?」
「この土地はよく雨が降るらしいですよ。それでいて非常に暑い。ここも帝国の手にかかればすぐに元通りになるでしょうね」
建物を出て歩くと廃墟だと思ったものは全部人が住んでいた。薄汚れた服装の女性達は私を一瞬だけ睨みつけると隠れてしまう。私が首を傾げていると近くの家にやつれた女性が座っていた。焼けた肌が小麦色になって頬がげっそりとしてこけている。その女性は両手を私達に差し出す。意図が理解できずに困惑しているとマージとオクトリが無言で立ち去ってしまう。
「ちょっと! 待って!」
早歩きの二人に追いつく。
「サクラはどう見えた?」
「いや、何をやっているのかわからなかったけど」
マージはため息をつく。
「金が欲しいのかもしれない。それとも食べ物か。どちらにせよ。今は何もできない。たとえ何か持っていたとしても一時的にしか効果はないことだ」
「それならそう言えばいいのに」
オクトリが傘を広げる。
「私達を貴族か何かだと思ったのでしょう。貴族には下手なこと言えませんからね。あれでも頑張ったほうじゃないですか? まあ、綺麗な服装で堂々と歩いていれば勘違いもしますか」
「そんな言い方は良くないよ」
「サクラはいい子だね」
オクトリの目には私がいないように思える。彼の考えが私はわからない。
少し冷たい風が吹いてきた。マージもオクトリ同様に傘を広げる。
「本当にサクラは外のことを何も知らないんだな。庶民とは聞いていたが相当裕福な暮らしをしていたのがわかるよ」
私も幼い頃は食べ物を得る為に必死で体を動かしていた。泥水を飲んでいたはずだが当時の記憶はほとんどない。犯罪に対する拒否反応から盗みもした覚えはないと思う。もう少し王子が来るのが遅かったら私は何をしていたのだろうか。
黒い雲が見え始めて私も傘を広げた。強く雨が降り始めるとひんやりとした風で体が冷えていく。辺りに漂う雨の後の匂いに包まれながら重苦しい雰囲気の中歩き進める。建物の隙間から私達を見るのは全員女性ばかりで男性の姿は見えない。稀に姿を現す男性は皮と骨で作られた弱々しい人しか確認できなかった。
「男性少ないね」
「生き残った若い人は全員オリタビア王国に行ったが、年寄りや病気などで体の弱い人はここに残った。探せばいるんじゃないか?」
マージは相変わらず私に興味がないようだが、任された仕事を守るつもりはあるようで敵意がありそうな人がいると壁になってくれる。
「この辺は荒れてはいますが、人が住める土地なのできちんとみんな暮らしてはいるでしょ?」
オクトリは丁寧に話しかけているが一番何を考えているかわからない。
「私に何ができるのかな」
「あなたが考えることなら私もできます。でも、サクラは一人しかいません。少なくとも私はジェイドが認めた人なら手助けはしたいと考えています」
「その一人しかいない奴を守るのが役目だ。オクトリも過信するなよ」
「誰に言っているんですか? 生意気な……」
「まあまあ、そのくらいにしてよ。それで……オクトリに聞きたいことがあるの。何故私が……ジャニュス・アリーが重要なの?」
オクトリは先程よりも真剣な表情で「帝国の立場からするとサクラとジェイドはどちらも重要と思います。ですが、あなたは本来なら優先度はあまり高くない。理由としては単純なクローンだと思われていたからです」と言った。
「ジェイドとは違うの?」
「あなたは帝国に持ち帰った段階で偶然作られたものでした。現在サクラ以外はすべて廃棄されています」
「そうなんだ……」
なんか私が複数人いるのは覚悟してたけど変な気分になる。
「そもそもジャニュス・アリーはジェイドに何かあった時の保険でしかなかった」
桜木海月としての記憶が戻った時に私は暗い空間にいた。偶然鍵をかけ忘れたことや車らしき乗り物に入れたことも運が良かった。
「それってジェイドが重要な存在だから私は生きているの?」
「そうです」
「はっきり言うね」
「嘘をついても仕方ない」
紳士的に振る舞っているつもりでもオクトリは私には冷たい気がする。
不意に強風が吹いて持っていた傘が飛ばされてしまった。慌てて取りに行こうとするも隣にいたマージに腕を掴まれる。
「あまり遠くに行くな」
「でも」
「傘なんてまたもらえばいい」
私を掴んでいたマージも傘を飛ばされていた。思わず笑ってしまう私にマージは不機嫌な表情になる。子供のように顔を背けると彼はオクトリの傘を奪う。
「ほら、濡れるぞ」
差し出された傘を見て私は「二人で入ってよ」と言って歩き出す。後ろから二人の叫ぶ声が聞こえるが気にせずに走り始めた。
私は果たして生きている意味はあるのだろうか。ここで予定通りに帝国の人と会ってから王国に戻って、ジェイドの役に立つことができたとしても先の未来が思い浮かばない。彼は私を愛していると言っていたが返せるものは何もなかった。
急に空気を震わすような音が聞こえて立ち止まる。見上げると水色の飛行機が上空を飛んでいた。後ろから追いついた二人の声がかき消されて聞こえない。マージは怒っているように見える。オクトリは黙って傘を差し出すだけで何も言わない。
「なんだろ、あれ」
私の声も聞こえないみたいで二人は飛行機を眺めている。飛行機が消えると呆然としていた私に向かってオクトリが声をかけてきた。
「聞いていますか?」
「はい?」
「だから、行きますよ。あれは帝国の軍用機ですからね。もう到着したんですよ」
「もう、そんな時間?」
「ゆっくり歩いていましたからね」
「あれが軍用機か……大きな飛行機!」
「実際近くで見ると小さいですよ」
私の右手を掴むマージは声を震わせながら「頼んだら乗せてくれると思うぞ」と言う。
「そういえばマージは怖がっていたような……」
オクトリは全身濡れて諦めたのか傘を閉じて私の左手を掴んでいる。
「前に乗った時はめちゃくちゃ揺れたんだよ。悪いか?」
「いや、怖いことがあるのは正しいことだと思いますよ。多分ね」
「オクトリ、お前顔笑ってない?」
その様子を見て私は「二人って仲良いね」と言って左右から睨まれたが気にせず歩く。門を過ぎた辺りから雨は止んでいた。扉を開けて入って慌ててトルンが私達にタオルを渡す。全身を軽く拭いていると使用人達に指示を出していたトルンが「シャワーでも浴びたらどうかな?」と言ってきた。
「お言葉に甘えます……」
通路を歩き出すと背後の扉が開いてスーツ姿の人間が何十人も現れた。
「帝国の人間ですね。挨拶をしてきます」
「え、ちょっと」
オクトリは私を置いて行ってしまった。
「あいつサクラを放置しやがって」
「別にいいよ。それよりもシャワーに行こう」
「そうなんだが場所がわからん」
しばらくオクトリを待っていると彼が見知らぬ男性を連れてきた。
「特使のディッセントです。よろしくお願いします。サクラギ・クラゲさん」
「え、はい! よろしくお願いします!」




