13話 決断
「それで使用人の服を着させたと」
「そういうことです。銀髪のウィッグや眼鏡は帝国のもので王国では手に入らない。触っても偽物だとは気づかれないはずだ」
「そういえば帝国ってなんでこんなものが作られているの? 水洗トイレやデジタル時計もそうだけど、王国はないものばかりだよね」
「帝国なら普通のことですよ」
ウィッグに触れながらオクトリが着けている腕時計を見ると文字盤には時間だけではなく、日付と曜日に月の満ち欠けなどが丁寧に作られている。その複雑な作りをしている腕時計を彼は眺めているとため息をついた。
「遅いですね。ジェイドにも腕時計を持たせるべきだったか……」
少し待っているとジェイドが扉を開けて入ってきた。彼を見てオクトリが「遅いです」と言って歩き出す。
「行くよ、クラゲ」
「うん」
屋敷を出ると以前コーヒーを飲んだ店に入る。そこの店員にジェイドが挨拶をして店内を歩く。後ろからついてくる店員が「時間ぴったりだ」と呟くとジェイドがオクトリを見る。
「間に合っただろ」
「……予定が狂う可能性を考えているだけですよ。マージは甘やかさないでください」
扉を開けて全員が入るのを確認したマージは静かに閉めた。
「さて、クラゲは旧ガーネット王国には行ったことなかったよね?」
「ないよ」
ジェイドが何もない壁に触れると扉が突然現れた。驚く私を置いてオクトリは扉を開ける。室内は円盤が置いてあるだけの小さな部屋で私とジェイドが進むとオクトリが扉を閉めてしまう。ジェイドが円盤の上に乗ると私は戸惑いながら彼に近寄る。
「ほら、もっと」
彼に肩を掴まれて円盤の上に乗る。
「これは長距離移動装置なんだよ。これで今から旧ガーネット王国まで行く」
「こんなのがあるんだ」
「モルガナイト家にしか知られていないものさ」
「でも、ジェイドは……記憶がないんじゃないの? なんで知っているの?」
「マージ・モルガナイト。あいつはモルガナイト家の生き残りなんだよ」
「そうなんだ。顔とか似てないね」
「血は繋がっていないから当然だ」
話をしていると私達の体が消え始めた。思わず私が悲鳴を上げると彼は微笑みかける。
「心配するな。私がついている」
目を閉じると足音が聞こえてきた。
「エイプリル・フールか。よく来た」
「久しぶりですね。アクア・ガーネット」
二人が握手をするとアクアは私を一瞬見て「綺麗な方だ」と言った。
「ええ、お気に入りなんです」
「あなたに護衛なんて必要ないから、そんな弱そうな人を選んだわけか」
「彼女は強いですよ。勇気もある」
「そういう関係ね。わかった」
「それで今回はなんだ?」
真剣な表情になってジェイドがアクアを見つめる。先程までの会話から一変して空気が変わった。
「……ジェイド」
小声で彼の名前を言うとアクアが窓に近寄る。
「本題に入ろうか。順調なら穀物の収穫量は例年通りだ。野菜や根菜類も同じく。だが、問題は人手が足りない。それを補うやり方をセテロレビ帝国から提案されている。私は提案を受けるつもりだが、オリタビア王国としては素直に頷けないだろ」
「ああ、それで王国は私になんとかしろと言いたいわけか。王国も私が帝国側だと理解した上で拒否してほしいのだろうな」
「元々我々は交渉にも慣れているはずだが、前回の戦争で人が死にすぎた。上の連中が大勢死んだことも大きいな」
「それで提案とは?」
「帝国が人を送ると言っている。オリタビア王国以外を支配している帝国だからできる方法だな。優秀な技術者の力で復興は可能らしい」
窓の外から見える景色は崩れた建物ばかり見える。
「それなら王国も人を送ればいい。優秀な技術を学んで国を発展させることも可能だろう」
「国内から人を出すことを禁止しているオリタビア王国がやるわけない」
不満があるように見えるがアクアは確かオリタビア王国に身内がいたはず。どういう気持ちであの王子と話をしているのだろうか。
「そうだな。ロストテクノロジーに頼る王国は滅びる運命にある。アクアとしても帝国の力を頼ったほうが国の利益になるか」
「感情を抜きにすればな。民からの反発はあるだろう。それはどうにかするが……オリタビア王国とセテロレビ帝国がまた戦争をするのは避けたい。エイプリル・フールとしてはどうだ?」
「……避けられないと思う」
「そうか。短い間隔で何度も戦争を繰り返す割にはオリタビア王国に被害は少ない。英雄エイプリル・フールのおかげだな。そしてセテロレビ帝国も我々にやったような真似はオリタビア王国にはする様子がない」
ジェイドは少し悩んでいたが私を見て「何を悩んでいたんだ」と呟く。
「どうしたの? ジェイド?」
「いや」
眩しい笑顔のジェイドが私を抱きしめた。突然のことに驚くも抵抗はしない。すぐに落ち着いたのか私を離すと彼はアクアに向き直る。
「帝国はロストテクノロジーを欲している。オリタビア王国に多数存在しているのを調査中だ。下手に壊すこともできない。そしてオリタビア王国は帝国にとってまったく脅威ではないことも関係している」
アクアは何事もなかったかのように話を進めるジェイドに呆れていたが咳払いをしてから頷く。
「だからか、我々の時は容赦なかったのにオリタビア王国の時は旧時代の兵器で対応していた」
「やはり帝国のやり方は好きになれない。不必要な植民地の奴らで対応している。捨て駒だな」
「……変わったな。以前は英雄エイプリル・フールとしての無難な意見を言っていただけだったが、今は別の顔を見せている。帝国と王国の駒にはならないようだな」
少し嬉しそうにアクアが言うと彼は扉がノックされる音を聞いて動きを止める。室内に入ってきたのは若い男性のようだが彼は無言でこちらに向かってきた。薄い板のようなものをアクアに渡すと彼は一瞬私達を見て軽く頭を下げる。私達が頭を下げるとアクアが「ありがとう。トルン」と言って薄い板を見た。
「……これは良くないな。どれも収穫量が減っている」
液晶画面を見つめるアクアを眺めていると彼は私の態度に違和感を覚えているようで首を傾げた。
「君は王国の者じゃないな」
急に話しかけられて目を逸らすとジェイドが「私と同じで帝国で生まれたんだ。それが?」と言う。
アクアはジェイドが私の手を握っていることに気づくと興味深そうに見る。
「君の名前は?」
偽名なんてサフィア以外には考えていない。
ジェイドを見るも彼は何も言わない。
「私は……サクラギ・クラゲ。みんなからはサクラと呼ばれている」
「そういえば同じ名前の女性の話を私は聞いたことがある。死んだとあるがどうなんだ?」
何故ジェイドは何も言わないのか。
「彼女は王国にとって都合が悪い」
「それを私に言ってどうしたいんだ?」
「ここで彼女を住まわせてくれ。オリタビア王国と違ってここに彼女の顔まで知っている人間は少ない。それにメリットもある」
勝手に話が進んでいくので私はジェイドに抗議しようとするも彼の顔を見て何も言えなくなる。彼は悲しそうな顔をしていた。
「彼女は庶民だが非常に優秀な成績で貴族達が通う学校を卒業した。歴代最高の成績で他を圧倒していたフェイブ・ブライドと同等とも呼ばれている。奴らは彼女の力を恐れて殺そうとしたほどだ」
流石に言い過ぎだ。私は優秀な成績で卒業したが国王と同等なはずがない。
「なるほどね。優秀な奴なんて大勢いるがわざわざ王国が送ってきたのが君一人とはな」
「これは私の独断だ。王国には私の使用人を送ったことを伝える。そして帝国にはジャニュス・アリーを送ったとだけ言えば察するはずだ」
「……わかった。エイプリル・フールはやめて、ジェイド・モルガナイトになるつもりなんだな。そっちのほうが本来の姿だと私も思うよ」
「本物や偽物は関係ない。私が何者かは見ている人が決める。私を愛している人の為ならどんなこともできるよ」
ジェイドの顔を見ていたアクアはうつむく。ため息をつくと彼は私へと顔を向ける。
「他人の人生に口を出すつもりはないが……サクラはここに残るのか?」
ジェイドは私が争いに巻き込まれないようにした。ここで否定するのは簡単だ。私が嫌だと言えば納得してくれるはずだ。それでも私は彼の決断を否定できない。私が彼の傍にいても役に立たないのは事実だからだ。
私は無言で頷いた。




