1.ご令嬢の秘密①【メリィ】
これは私が【ブラインドムーン伯爵家】の領館に出仕したばかりの頃の話です。
【ブラインドムーン家】に仕えるメイドは朝日が昇る前のまだ暗い時間に目を覚ますのが日課です。
配給されたメイド服に袖を通します。もし少しでも着崩しや髪の乱れがあろうものならメイド長の雷が容赦なく落とされます。ですので短い時間の中であっても鏡を見ながら丁寧に身なりを整えなければなりません。
準備が整うと1階にあるメイドたちの控え室に集合し、整列します。
朝礼の開始です。
「――以上が本日の分担と連絡事項です。各々の役割を全身全霊尽くしてください。では解散!」
『はい!』
【ブラインドムーン家】領館でメイド長を務めるアルシアさんから今日の役割分担を聞いて、自分の持ち場に向かいます。
私を含めた新人のメイド見習いにはそれぞれ一人ずつ先輩メイドが付き従います。先輩の仕事を手伝いしながらメイドの仕事を少しずつ覚えるのです。
私の担当のメルダ先輩は【ブラインドムーン家】に出仕して7年目になります。眼鏡をかけたスマートな女性で、少しだけ厳しいですが、面倒見のいいお姉さんのような方です。
「私たちの担当はメイス様の身の回りのお世話ですね。では参りますよ、メリィ」
「はい、メルダ先輩! 本日もよろしくお願いいたします!」
メルダ先輩が2階にあるメイス様のお部屋に向かうので、その後ろを私も追いかけます。
「貴女がこちらに来て一月になりますね。仕事には慣れましたか?」
「先輩のおかげでなんとか……」
「貴女は覚えもいいですし、器用に何でもこなしますから、私も教え甲斐があります」
「ありがとうございます!」
「ただ……」
メルダ先輩はカチャリと左手の中指で眼鏡を直し……
「貴女には少し間の抜けたことがあります。そこを治さなければ一流のメイドにはなれませんよ」
「ふにゅ。き、気をつけます……」
怒られてしまいました。
メルダ先輩のおっしゃるとおり、私はちょっとしたところでミスをしてしまう短所があります。この短所は生まれつきの悪い癖のようなものです。
こちらの館に仕えて一月の間にもミスのせいで先輩方に迷惑をかけたことが10回余りあります。
今まではメルダ先輩をはじめ優しい先輩方のサポートのおかげで【ブラインドムーン家】の方々に迷惑がかからないよう秘密裏に処理されましたが、そのうち取り返しのつかないミスをしそうで内心ドキドキです。
本当に治さなければ。
メルダ先輩は小さくため息をつくとパタンと歩みを止め、私の方へ目線を向けます。
「そういえば貴女がメイス様の身の回り担当になるのは今日が初めてでしたね」
「はい」
「ではひとつ大事なことを伝えます。これはすべて貴女の為ですから心にしかと刻み込みなさい」
メルダ先輩の声色がいつもより重くなったのを感じ、私はゴクリと生唾を飲み、首肯しました。
「メイス様の身の回り担当の日は一秒、いえ一瞬たりとも気を抜いてはいけません。決して小さなミスひとつもしないよう最善を尽くすよう肝に銘じなさい。よろしいですか?」
「そ、それはもう一生懸命勤めさせていただく所存です、はい!」
「……わかればよろしい」
しばらく私の目をじーっと見つめたあと、メルダ先輩は再び歩みを進めます。それに遅れないよう私もついていきます。
そして、先ほどの忠告の意図について確認しました。
「でもどうして改めてそのようなことを? ミスをすることは多いですが、いままで仕事をするにあたり一度たりとも気を抜いたことはありません」
「気を悪くしたなら謝ります。申し訳ございません。しかし決して貴女を侮ったわけではありません。貴女の仕事に対する一生懸命な姿勢は最も近くで見てきた私が一番理解していますから」
「ではなぜ……」
「意外に思うかも知れませんが、メイス様は【ブラインドムーン家】の方々の中で最も私たちメイドの一挙手一投足に注目される方です。自分の身の回り担当になったメイドに対しては尚更。そして、私たちがミスをしないか虎視眈々と狙っているのです」
「え? あのメイス様が、ですか?」
メイス様は幅広い分野の知識に精通されている博識な方で、ご当主様も一目を置かれるほどです。
そして、私たちメイドに礼儀作法から読み書き・算数など様々なことを教えてくださいます。聞くところによると、御自らご当主様にその役目を引き受けたいと談判されたとのこと。
その影響もあり、メイス様は【ブラインドムーン家】の方々の中で私たちメイドに最も身近な存在といえます。
私と同い年のはずなのにとても大人びてて、日だまりのように温かくおっとりとした雰囲気。
私たちメイドに対しても常に柔らかな口調で接してくださり、教えるときもひとつひとつ丁寧に教えていただけます。
一言で言えば「優しいお姉さん先生」です。
とてもメルダ先輩のおっしゃる、人の揚げ足をとるような方とは思えません。
「信じられない。そんな顔をしていますね」
「え? いや、その…………はい」
「仕方ありません。貴女の持っているメイス様のイメージもあの方の嘘偽りのない姿ですから。ただ目に映るものがすべてとは限りませんよ」
「裏の顔があると」
「メイス様に限らず誰にだって裏表はあります。私もそうですし、貴女だってそうでしょう?」
「まあ、そうですね……」
「色々と言いましたが、私がお伝えしたいことはひとつ。メイス様の前でミスをしないよう気をつけてくださいということです。今までは私たちでミスを隠すことができましたが、今回はそういったフォローはほぼ不可能ですので。もう一度言いますが、極力ミスをしないよう気を引き締めてください」
「わ、わかりました!」
私は気合いを入れるように、両手で自分の両頬をパンッと叩きました。
少し力を入れすぎました。痛いです。




