そばぼうろ・4
どこに行っても「カメラさん」と呼ばれるカメラマンの僕。
僕には秘密の(でもないけど)専属モデル(68)がいる。
日常の中の深いところ。おやつのお供にどうぞ。
次の日は十時頃に電話の鳴る音で目覚めた。咲子さんだ。
「ピクニックしません?穴場を知ってるの」
僕はさっとシャワーを浴びてリネンのシャツに袖を通した。
咲子さんのいう『穴場』とは近くのコスモス畑だった。桃、白、橙と様々な色が咲き乱れ、アキアカネが大勢で飛んでいる。前日の雨にも負けず、コスモスたちは雨露をたたえたまま、凛と空を見上げている。
「フランスパンを一本頂いちゃったのよ。たまにはこういのもいいんじゃないと思って。」
パンにはバジルやハム、クリームチーズが挟んであり、水筒には熱いブラックコーヒー。
申し分ないピクニックのお弁当を僕らは頬張った。空は快晴でいうことなしだ。
そこで初めて、僕は咲子さんが使い切りカメラを手にしていることに気づいた。
お弁当を食べながら、レンズをコスモスに向けている。僕はちょっと驚いて、パンを取ろうとした手を止めた。
「咲子さん、それ……」
「ごめんなさいね、せっかくすごいカメラを勧めてもらってたのに。でも、いい写真を撮るなら、まずはこういうので切り取り方を考えてからの方がいいんじゃないかと思って」
実はね、市役所が募集してた小さいコンクールに入選したの。咲子さんは続けた。
「その写真、見せてもらってもいい?」
咲子さんはコスモスにカメラを向けたまま、写真を差し出した。
ピントも露出も調整の効かないまま撮られた写真には、なんと僕が笑顔でそばぼうろをくわえている。
いつの間に撮られていたのだろう。そして、なんといってもこれは本当にいい写真だったのだ。
構図、露出、光へのアプローチ。そんなものより、肩に力が入っておらずちょっと間抜けな『生きている僕』が写っている。親しみのこもった一枚だった。
「いい……..」
僕が写真を返しながらつぶやくと、咲子さんは笑って
「でしょ?」
とイタズラ顔で笑った。
芸術だとか信念だとか、おそらくは身近にあるんだろう。
言葉にならないだけで、僕はいつもそれを言葉以外、つまりは写真という形に落とし込んできた。
そのことが遠ざかり、見えなくなるほどに自分の中で日常的になっていた。
『いい写真』への迷いの答えには近そうだが、それでも心の奥にはもやがある。
きっとこのもやはどこまでも、それこそどこまでも表現者には付きまとうのだろう……
それを思い出させるように、写真に生を吹き込んでくれているのが咲子さんなら、
それは正直な、僕の作品で、いい写真なのかもしれない。少しだけ何かに近づいた気がした。
でも今日くらいは少し、趣向を変えてみたくなった。
「え?俊ちゃんも一緒に?」
「たまにはこういうのもいいんじゃないかと思って」
三脚に立てたカメラは10秒後にシャッターを切る。
咲子さんの隣で笑う僕は、きっとこの一枚はいい写真になるという確信に満ちている。
そばぼうろ編はこれにて終了です。次のおやつまで少しお待ちあれ。




