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そばぼうろ・2

どこに行っても「カメラさん」と呼ばれるカメラマンの僕。

僕には秘密の(でもないけど)専属モデル(68)がいる。

日常の中の深いところ。おやつのお供にどうぞ。

僕の話をしよう。職業カメラマンとして独り立ちしてやっと十年経った。

今年四十二のバースデイを迎えた。とは言え、咲子さんからすれば『まだまだ新米の若さん』とのこと。

名前は俊宏だが、現場に入るときは大抵ひとりなので、どこに行っても、みんな一様に『カメラさん』と呼ぶ。

営業スマイルという言葉もあるけれど、カメラは本当に好きだから撮るときの僕は自然と笑顔だ。

カメラさーん、こっちこっち。カメラさーん。

修学旅行なんか生徒と仲良くなるのにも時間が要らないし、そういうキャラクターは重宝されるので、裕福ではないけれど、食っていくくらいには収入を得られている。

独り身というのも経済的な圧迫感を軽くしてくれていた。

カメラの仕事以上に興味が出る人には出逢えないままだった。


咲子さんを除いて。


それは、六十の祝いに記念写真を撮って欲しいというごく普通の案件だった。

てっきりご家族とご一緒かと思って、僕はスタジオには付き添いの方の待合室がないことを伝えた。


「大丈夫です。独り身ですので」


翻訳の仕事以外、何一つ興味がなかったので。


早口で言われて、後は日付の約束のみで電話は終わった。

七月のクーラーの生ぬるい風を背中にじんわり浴びながら依頼主を待った。

部屋は住まう人を表すというが、それでいくと僕のスタジオ兼自宅は雑然とした雰囲気はあれど、割に物が少ない方なんじゃないかと思う。

世にいうミニマリストみたいな格好のいいものではないけれど、気に入ったもの、手元に置きたいと相当思わなければ購入もしない。

今、僕が座っているマホガニーの椅子もいつだったか旅行で買いつけたものだった。


インターホンが鳴った。

かくして僕は、咲子さんに出逢ったのだ。


「あの時は顎を引けだの、頭を傾けろだの、、注文の多い料理店みたいだったわ!」


咲子さんはそばぼうろを頬張りながら、からからと笑った。

あの日、品のいい黒のワンピースを着て咲子さんはスタジオにやってきた。

撮影する写真は遺影用にと思っていたそうだ。

顔は緊張で強張り、もはや苦しそうですらあった。そうして撮った写真は、僕の方こそ申し訳ない気がした。

終わりましたよ、と声をかけると、やっと呼吸できるようになった咲子さんはふっと和らいだ笑顔を見せた。

安心のひかりに包まれた少女のような笑顔だった。

僕は相手が客であることを忘れて、その一瞬の美しさに思わず再びシャッターを切ってしまった。


「え?」

「あ!」


 ストロボの発光で二人ともが声を発した。


「いえ、あんまり美しい表情をなさったので!大変申し訳ありません、データは消しておきますので失礼いたしました。」


驚く咲子さんに非礼を詫び、頭を下げていると、咲子さんは徐々にクスクス笑い出した。


「美しいなんて、何十年ぶりに言われたかしらねぇ……カメラさん、私の写真もっと撮っていただけませんか?」


こうして定期的に彼女のポートレートを撮るようになり、八年の月日を経て咲子さんの家でそばぼうろをかじるまでの仲になった。

あの日、データは消さなかった。あれはいい写真だった。

生涯の伴侶には巡り逢えず終いだったが、生涯の被写体は咲子さんである。シリーズで撮り続けている。


今日のカメラには、そばぼうろとミルクと一緒にニコニコ笑っている咲子さんが映っていた。

そばぼうろとミルク、組み合わせとして好きです。美味。

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