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27話 聖女、失った鞄の在り処の真実を知る

 舞踏会の次の日。

 

 いつも通りの王宮の日常が戻ってきた。

 

 正午の儀式、午後のキース王子への魔力供給を終わらせた私は白百合の間に戻る。

 何もない時はキース王子の私室、黒曜石宮こくようせきのみやへ同行してくれるビアだったが、今日は神殿で用事があるとかで儀式の後に一旦別れている。


 午後の聖女の務め、お勉強を手伝ってくれる予定のビアがもうすぐ白百合の間を訪れる。

 彼女に質問したいことがあったのだ。

 

 すごく、すごく大事な事。


 黒樫の扉がノックされ、ビアがやってくる。


「アルナ様。お待たせいたしました。

 今日はエドワード王子の魔物討伐の地。

 国土南東の政情を講義しようかと」

 

 変わらず澄まして冷静な様子のビア。

 

 気のせいか、幾分くたびれた様子で、後ろに束ねた長い赤毛にも艶がない。

 私は執務机に腰掛け、向かい側にビアが座る。

 資料書籍を渡してくれて、さっと執務机に国土の地図も広げてくれるビア……私と目を合わせようとしない。

 

 昨日の舞踏会の様子を聞いたのかもしれない。

 今朝、メイドのシンシアが興奮した様子で教えてくれたんだけど、人嫌い社交嫌いのキース王子が、聖女と踊っていた――王宮、貴族の間ではそう噂になっているそうだ。

 噂が広まるのは、とても恥ずかしいというか照れてしまうんだけれど……。


 私の葛藤には気づかず、淡々と講義を始めるビア。

「ご存知の通り、儀式により送られた結界を維持する魔力は国土各地の塔に送られております。

 国土南東にも大きな塔がありますが……その周囲の結界にひび割れが生じている様子。

 日々王子様達の儀式により今以上の広がりの兆候は見えておりませんし、キース王子の健康回復後の尽力で、ひび割れも少し修復されている様子」

「良かった」

「とはいえ、ひび割れがある以上、また割れ目から魔物が入ってくる可能性はございます。

 そこが頭の痛い問題ですね……」

「本当に」

「今、国中の巫女や神官が過去の文献を漁り、結界のひび割れの修復方法を探しておりますが、その秘技は結界を生み出した精霊、処女神リーンしか知らないとされています」

 

 処女神リーン。

 あれ以来夢に現れない彼女。

 私はどうやれば国を守れるのか……彼女ともう一度夢の中で会えないかずっと考えていた。

 全てのヒントとなるのが「あの本」のはずなんだ。

 

「ねえ。

 ビア。

 私の失くした鞄はみつかった?」

「……いいえ。

 あちこちに声をかけて、王宮中で探しておりますが、見つかっておりません」

「そう。困ったわ。

 ねえビア。

 あの鞄の中身を知っている?」


 本のページをめくるビアの手が、一瞬、止まった。

 ほんの一瞬。


「いえ、存じ上げておりませんが。

 アルナ様から大事なものが入っているとだけ伺っております」

「そう。

 私は本の中身について、誰にも話していないの」


 本をめくるビアの手が震えている。


「なのに、あなたは中身が何か知っていた。

 ビア。

 あなた、鞄の行方をしっているのね?」


 私の言葉は自分でも驚くほど明瞭で、自信に満ちていた。


 ずっと目を伏せていたビアが顔を上げる。

 彼女の翡翠の目には生気がない。

 なにか、諦めてしまったかのような力のない視線が、おどおどと私を見つめている。


「……なんのことですか?」


「エドワード王子の派兵が決まる数日前。

<薔薇咲く中庭>を歩いている時よ。

 あなたは『本が見つかると良いですね』と言っていたの。はっきりとね。

 私の鞄の中を見た人じゃないと、それは知らないことのはずだから。

 ビア。

 あなた、私が王宮に初めて来た日、一緒に祈りの間にいたわよね?

 鞄を拾える場所にいたってこと。

 鞄の中身も知っている。

 ってことは、鞄の行方を知っているのでは……」


 私がこらえきれずたたみかけると、震えていたビアがわっと泣き出した。

 ビアなりに抑えていたものの限界が来てしまったようで、溢れ出す涙、嗚咽。

 

「はい。はい。アルナ様

 お許しください。

 鞄は……私の部屋にあります。ごめんなさい……!ごめんなさい……!」


 ◇◇◇◇◇


 一旦自室に戻ったビア。

 布にくるまれた私の失くした鞄を持ってきた。

 私は受け取って慌てて中を検める。

 

 鞄の中は、鞄を失くした当日のまま。

 

 あの本も入っていた。


 当時は読めなかった『奇書』。

 あの本を手に取り、前世の記憶が蘇った今なら読める。

 

 タイトルは『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない 限定特典・ノベライズ版』。


 前世の私が生まれた国、日本の言葉で綴られた小説。

 表紙はこちらの世界では見ない漫画絵。ゲーム絵師さん描き下ろしで、三人のアステリアの王子と、私と思しき女性が描かれている

 中身をパラパラ見ると、うん。読める。

 

 冒頭に、ネタバレを含むので、ゲームクリア後の読書が推奨された注意書きあり。


 これは、まさにネタバレ満載の予感。

 アステリア護国のヒント集になるはずだ。


 ビアはおどおどとしながらまた泣き始める。


「本当にすみません……!

 私、鞄を拾った後、勝手に中身を見てしまって。

 謎の字は読むことは出来ないけれど、変わった本だなと思って、本の中も見てしまって。

 その本の中に、キース王子と抱き合うアルナ様の姿の描かれた絵があって、動揺して自室の棚にしまい込んだままにしてしまいました。その後はタイミングを見失って……」

 しゃっくりをしながら早口に語るビア。

 私は彼女を慰めるように肩をさすり、落ち着いて、と何度も声をかけた。

「怒ったりしていないから。

 あなたは……多分」

 私の言葉に、ビアは何か察したように嗚咽を止め……。


 絞り出すように告げた。


「アルナ様。お気づきの通りです。

 私はキース様に想いを寄せていたました。

 この本の事はわかりませんでしたが、挿絵の通りになったら嫌だなと……。

 醜い嫉妬にかられてこの本を隠してしまっていたのです。

 アルナ様が必死に探しているのに、何も知らない顔をして……。

 護国に必要な事が書かれていると伺っても、これまで隠していたことがバレるのが恐ろしくて、出すことが出来ませんでした……。

 アステリアの神殿に仕える巫女として、人間として、恥ずべき事をしました。

 もう、アステリア王宮に仕える事は出来ません。

 私は王宮を出ます。

 アルナ様、それでどうかお許しください……」


「待って!待ってよ!!」


 私は必死に思い詰めた形相のビアをなだめる。


「この本は、どこかからか、偶然出てきたことにすればいい。

 これから、この本を読んで結界のひび割れをどうにか出来ないか探って見るから、一旦、落ち着いて。

 とりあえず、このまま王宮にいてよ、ビア!

 私はずっとここに来てからあなたに助けられてきたんだから。

 いなくなるなんて言わないで。

 私にこんな事いわれたくないだろうけど……」

「アルナ様……」


 私たちは抱き合って泣いた。

 私はビアの秘めた気持ちに気がついていながら、無神経だった自分を恥じた。

 これまで振り返れば、ビアの様子が変だった事は何度もあった……彼女はとても複雑な気持ちで私を導いてくれていたんだ。


「ビア、ありがとう。今は感謝の言葉しか出てこないの。だから、この事は私達の秘密にして、今まで通り王宮にいて」

「アルナ様……ありがとうございます。ありがとうございます」


 涙に濡れた瞳でビアは私を見つめ、うっとまた泣き出してしまった。

 このまま王宮にいること、私の側にいることは、ビアの良心の呵責となり、さらに彼女を蝕むかもしれない。

 そして、キース様の恋人となった私を日々近くで見ることは、さらにビアを傷つける事になるかもしれない。


 それでも私には、王宮に来てからずっと一緒にいてくれたビアを責め立てるとか、失うとか、考えられない。


「さて。ビア。

 私この本を読まなきゃ。この本の中に、何かヒントがあるかもしれないから」

「はい。私は一度下がらせて頂きますね……アルナ様。本当に……私はまだ混乱していて、なんと言っていいか……」

「いいから。もう、なにもなかったことにしましょう。

 明日、また講義に来てね?ビア。約束よ」


 私はビアと近いの指切りをして、彼女を部屋から送り出した。

 

 去りゆくビアの背中の小さいこと。

 

 神殿巫女ビア。

 鞄を隠していたのは、第三王子キースの幼馴染兼お姉さんのような立場で、彼に秘めた想いを抱くビアだった。


 私は彼女の葛藤に気がついてあげられなかった。

 鞄を隠されていたのに、彼女を恨む気持ちは微塵も湧いてこなかった。

 これからも変わらず、彼女と一緒にいたい……。

 これは、もしかしたら、よりビアを苦しめるエゴなんだろうか?

 

 私はそんな想いを振りほどこうと首を振り、ゆっくりとベッドに腰掛ける。

 

 そして、『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない 限定特典・ノベライズ版』の表紙をめくった――。


(続く)

読んで頂きありがとうございます。

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物語はクライマックス。本日(2022/10/16)後、数回更新予定です。

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