26話 聖女、舞踏会にて02
「やあ、聖女アルナ!」
現れたのは第二王子ジェシー王子。
いつも以上に豪華な刺繍がほどこされたタキシード。
びしっとセットされた栗色の髪。
来賓への挨拶を終えたのか、ホールを周っているようだ。
陽の王子様のオーラを放つジェシー王子の登場で周囲の雰囲気も一変。
そして、彼の後ろには、取り巻きの貴族令嬢がわらわらと付いて来ている。
彼の社交場の常連達だ。
青玉宮で見かけた顔がちらほら……。
「アルナ。君がもう一人のこの舞踏会の主役なんだよ。
アステリアに現れたお告げの聖女のお披露目でもあるんだからね」
「そんな、もったいない……」
「アルナ、一曲俺と踊ってはくれないかな?
ファーストダンスはぜひ、この第二王子ジェシーと」
!!
ジェシー王子にダンスを申し込まれてしまった。
周囲にも緊張が走る……。
私がキース王子の恋人であることは噂になっているだろうから。
私は息を呑んだが、一呼吸置いて、落ち着いて。
「ジェシー王子、お申し出は大変ありがたいのですが、キース王子と一曲目を踊る約束があるので……」
私が断ると、ジェシー王子は予想していたように驚くこともなく肩をすくめた。
「おや、やはり断られてしまったか。
では他に僕のお相手をしてくれるレディはいるかな?」
ジェシー王子の周囲の貴族女子たちが色めき立ち、その中でもとりわけ背が高く痩せ型の、美人な女性が選ばれた。
「そんなわけで僕はレディ・ミラと一曲踊ろう。
君たち、アルナのお相手をしてあげてね」
私はジェシー王子の取り巻きの一部とその場に残された。
これまでほとんど話したことのないアステリア貴族令嬢たち……。
「聖女アルナ様。ご挨拶は初めてですわね」
その中で、ブルネットの髪の毛をした少し気の強そうな令嬢が、ずいと前に出てきた。
扇で口元を隠し、気のせいでなければ視線が射るように冷たい。
「私はグスマン侯爵家のレティシア。お初にお目にかかります」
彼女はスカートの裾をつまんで礼をして、自己紹介。
周囲の令嬢たちも次々と名前を名乗ってくれる。
どうやら全員アステリア貴族の令嬢らしく、見た感じ、年齢は私と変わらないか少し上位。
ジェシー王子の取り巻きは未婚の令嬢が多いようだ。
もしかしたら、皆、ジェシー王子狙いなのかもしれない……。
エドワード王子のご無事を喜ぶ話をして、その後も当たり障りのない話をしていたのだけれど……。
「ところで、聖女アルナ様。
もうすでに、王宮で第三王子のキース様と、浮名をお流しとか?」
私はそう云うレディ・レティシアの目が、意地悪く光るのを見逃さなかった。
浮名……!
そんないかがわしい言い方をされるとちょっと困惑してしまうな。
戸惑っていると周囲の令嬢が続ける。
皆笑顔の奥で冷たい目をしていて、意地悪く口の端を歪めて微笑んでいる。
「王宮に来て、早々に王子の一人を射止めるとは、聖女様も隅に置けませんわね」
「私てっきり、聖女と云うからには、処女神リーンのごとく、慎み深い方がいらしたのかと」
「聖女アルナが、ジェシー王子やエドワード王子にまで出そうとなさらないか、貴族の間では賭けの対象になっておりますのよ?
ご存知ですか?」
「ねえ。
アルナ様は、孤児院の育ちって本当ですの?
しかもアカデミーで働いていたとか。
アカデミー図書館で職員をされていたなら、私が卒業するまでに、アカデミーでお会いしているかもしれませんわね。
私もしかして、聖女様に本の返却をお願いしたことがあったかしら?」
令嬢たちのさざめき笑いが私を包む。
えっと。
どうやら私、貴族令嬢たちにいびられているようです。
理由は明快。
嫉妬。
私が王子達に気に入られている様子だからだ。
王宮に来て数週間で社交嫌いのキース王子の恋人になり、舞踏会では早々とエドワード王子と話して、ジェシー王子にダンスを申し込まれる。
嫉妬深い令嬢達には目障りだろうなあという状況にいるのは確かだ。
さて。
なんと返そうか迷っていると……。
「失礼」
地獄の番犬が唸るような、周囲を静まりかえらせる程の怒気を孕んだ低い声がした。
振り返ると、そこにはキース王子。それと後ろに控える従者シェリー。
キース王子はいつにも増して美しい装いだった。
いつものシャツより華美な、シルクの光沢ある白いフリルシャツ。
黒いベルベットのタイは黒曜石の飾りで留められている。
つややかなストレートの黒髪のボブヘアに黄金のヘアピン。
夜会用の黒いズボンに変わらぬ乗馬用の編み上げブーツ。
黒い革の手袋。
アステリアの紋章が金糸で刺繍された短い紫色のマントを羽織り、堂々とそこに佇んでいる凍てついた笑顔キース王子からは、目に見えぬ怒りのオーラが立ち上っている……。
私の周囲でガチャガチャと騒いでいた貴族子女たちはそのオーラに飲まれて怯み、立ちすくんだ……。
「貴族の令嬢様方。
アステリア第三王子キースの恋人、護国の聖女アルナへの挨拶は済んだかい?」
キース王子の怒気を孕んだ声と、見るものを萎縮させる暗い鋭い視線がぐるりと令嬢を一瞥。
たじたじの令嬢たちは、あの、とか、えっととか言葉に詰まっている。
「僕とアルナの恋人関係は正式なものだ。
今後、王室に入るかもしれない女性への無礼は許されない。わかっているね」
「あの!私達はそんなつもりは……」
レディ・レティシアが泣きそうになって何かモゴモゴ云うけれど、キース王子がすっと手の平を掲げるとピタリと黙った。
「さあ、アルナ。
気分を変えようか。アステリア第三王子の僕に、聖女と踊る光栄を与えてくれるかな」
キース王子が差し伸べてくれた手。
私はうなずいて、彼の手の上にそっと手を乗せる。
もう、あれこれ云う者はいなかった。
私たちは手を取りダンスフロアに出て、輪舞曲を数曲踊った。
キース王子はダンスに不慣れな私をリードしてくれた。
とてもうれしそうに、幸福そうに微笑みながら見つめられ、私は頬を染めて彼の美しい澄んだ瞳を見つめ返す。
何度かつまづきかけたけど、その都度キース王子が上手くフォローしてくれる。
さすが王子様……。
「どう?ダンスにはなれそう?」
「ええ。慣れていないから難しいけど、こうして踊っていると楽しいですね……」
「楽しいのは、僕と踊ってるからだよ?わかってる?」
「はい。もちろんです」
「今日は僕以外と踊らないで。僕と君が交際していることは噂になっているけれど……正式に皆に認めてもらいたいからね。
交際が公式なものになれば、あんな意地悪な噂好きの令嬢につかまることもないだろうから。
あ、エドワードお兄様なら許してあげようかな。今日の主役、アステリアの英雄だからね」
ダンスの途中、私たちはそんな会話を交わした。
相変わらず激重だけど、キース王子の愛は深い。
私を意地悪な貴族の令嬢の輪から助け出してくれた。
それだけでも感動モノなのに、こうして王宮で私とダンスを踊ってくれる。
私は本当に幸せものだ……。
4曲以上同じ男性と続けて踊るのは良くないとかで、ダンスは終わり、壁の方のソファに移動。
少し遅れて、ジェシー王子、エドワード王子とシャーロット様もそこにやってきた。
「聖女アルナ。悪かったね。
俺の取り巻きのご令嬢が失礼を働いたようで……俺が代わってお詫びをしよう」
どこかから聞きつけたのだろう。
申し訳無さそうなジェシー王子が胸に手を当てて頭を下げる。
「いえ!とんでもない。頭を下げたりしないで下さい!それに……キース王子が助けてくれましたから」
私はそっと隣に座るキース王子の腕に自分の腕を絡めた。
満足そうに微笑むキース王子。
「やれやれ。聖女アルナの『王子様』はキースで間違いないな」
ジェシー王子とエドワード王子が笑う。
腕を組んでぷりぷりと起こっているのはシャーロット様。
「私、さっきレティシア様とその取り巻き令嬢達に言ってやりましたわ!
アルナは次期王妃の私の親友ですのよって。
アルナに意地悪を言うって事は、アステリアの次期王妃の親友を傷つけることになるのよ、おわかり?ってね。
皆、涙目でホールを出ていきましたわ!」
「シャーロットは相変わらず正義感が強いな。お手柔らかにしてあげなさい。まだ皆若く未熟なのだから」
エドワード王子が隣でシャーロット様をなだめている。
エドワード王子の穏やかな視線を見るに、シャーロット様の事を可愛らしい妹のように見ているのかもしれない。
「まあ、それはそうだけど。俺が周囲の取り巻きを甘やかしたせいもありそうだ。
しばらく僕の社交場に来ることも謹慎としてもらおう。なに、短い間だ」
「お兄様達は手ぬるいね」
ボソリと云うキース王子。
「言葉でも、アルナを傷つける者は一族郎党、国外追放にしてやりたいね」
私も含め、そこにいる全員が笑った。
キース王子の冗談と受け取ったんだけど……あれ?目が本気?
キース王子様の体から仄暗い怒りのオーラがまだ立ち上っているように視えるのですが……?
こうして舞踏会の夜は過ぎていった。
私は周囲を見回す。
ビアの姿はない。
神殿巫女のビアは舞踏会には来られないのだろうか……。
ずっと考えていたこと。
私はビアに確認したいことがあったんだよね。
(続く)
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物語はクライマックス。本日(2022/10/16)後、数回更新予定です。




