20話 聖女とヤンデレ王子の口づけ。そして、エドワードの出兵。
ふんわりと重なる唇。
ゆっくりと魔力供給がはじまる。
白い光が私の体に満ちて、唇を通じてキース王子の中に注がれていく。
握手の時と同じ感覚なんだけど、もっとずっと暖かい。
心が高鳴る。
高揚感がその光を、リーンの加護を増しているみたい。
「ん……」
キース王子が私の背中に腕を回し、ぐいと体を引き寄せてくる。
触れ合う体が熱く溶け合う。
唇と唇の溶け合う感触が、ひたすらに甘い。
キース王子が、重ねた粘膜を優しく吸いあげる。
その感触に体が芯から震える。
「んむ……」
長い口づけの後、私たちはゆっくりと体を離し、見つめ合った。
キース王子の端正な顔立ちが近い。
美しい……。
青白い滑らかな肌も、彫りの深い顔立ちの奥で輝く琥珀の瞳も、キスの魔法で熱を帯びてしっとりと濡れているよう……。
「魔力供給なんて関係ない。アルナとのキスが好きだよ……。
唇と唇が触れ合うのが、すごく自然なんだ。
なのに情熱的で……ずっとずっとこうしていたいと思うよ」
王子は私の体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「なんでこんな短い時間しか会えないんだろう?もっと一緒にいたい。
ずっと一緒にいたい。
君の側で全ての時間を過ごせたらいいのに。
そんな風に考えてしまう」
私の心が震える――。
私もそう思ってしまっていたから。
もっと一緒にいたいって……。
ううん。
この短いキスの時間が、永遠のようにすら感じる。
現実に戻りたくない。そんなキスなんだ……。
「好きだよアルナ」
「キース王子。私もです……私もキース王子が好きです」
私たちは束の間の逢瀬を、体を寄せ合って過ごした。
しばらく後。
キース王子の従者ジェシー咳払いが聞こえた。
私達を二人きりにしてくれていた彼が、時間を告げに来た。
私たちは名残惜しいけどお互い午後の公務に戻ることになり、もう一度キスをして今日の別れを告げた。
そして、黒曜石宮をビアと一緒に出て<薔薇咲く中庭>を抜ける中。
私を正殿へと導くビアの表情のこわばりを見逃すことが出来なかった。
浮かない表情のビア。
もしかしたらビアは……。
必死にアプローチをしてくるジェシーではなく、キース王子が好きなんじゃないだろうか。
私は、時折ビアが見せる表情の陰りの正体に気が付きつつあった。
私がキース王子と一緒にいると、ビアは悲しそう……。
「午後の講義は、結界の加護と、先日魔物が現れた地方についてを予定しております」
「そう。少し時間を取れる?
引き続き鞄を探しに……私、巫女や神官が集まる神殿事務棟に行ってみたいの」
「辰砂宮ですね。ええ、少し時間が取れるようにしてみましょう。
見つかるといいですね。アルナ様のご本」
「ええ、本当に……」
◇◇◇◇◇
鞄の捜索については進展がないまま。
その数日後。
アステリア領土南東で、再び結界のひび割れから魔物が侵入したと王都に知らせが入った。
領土南東の街へ、アステリア王国騎士団団長エドワード王子と、彼が率いる騎士団の派兵が決まった――。
王都はにわかに騒がしくなり、王宮にも緊張感が満ちてきた。
現れた魔物は前回討伐されたものより数も多く、魔物のボスらしき大型の黒竜もいるとか。
ジェシー王子は回復のポーションや、魔物たちが放つ瘴気、魔の息吹の呪いを薄めるポーションの増産体制に入り、私も魔力供給を行いそれを手伝う。
もちろんキース王子の監視の元で……。
こんな時まで、キース王子は私の側で兄王子と必要以上に接触しないか確認しているんだから。
「僕にできることといえば、結界の強化だけど……。
僕も一生懸命、儀式でひび割れを直そうとしているんだよ!」
キース王子とジェシー王子(握手)二人への魔力供給が終わり、私がぐったりしていると、ビアが少し休憩するように言ってくれて王宮中庭の東屋でお茶の時間が与えられた。
そこにやってきたキース王子は感情をぶちまけるように吐露しはじめた。
「だめなんだ。あのヒビ割れはどうしても直せない。
結界をイメージする時、弱っている部分がわかる……そこに重点的に結界を張るんだ。
ちいさなひび割れなら直せるけど、どうしてもあのヒビ割れは直せない。
ひびが大きすぎる!」
椅子に体を投げ出し、テーブルにひじを付いてキース王子は頭を抱えた。
「もともと精霊だった処女神リーンが作り出した結界だ。
アステリアの王族はそれを維持してきただけだ……。
壊れた結界を再度作り上げるのは、人間の腕だと難しい。
このままひび割れが大きくなったら、長きにわたるアステリアの平穏は破られてしまう。
魔物の攻勢もなく、天候も穏やかだったのは、全て結界のおかげだからね。
リーンの結界が作られる以前の我が国は、魔物も多く、天候は今よりずっと厳しく移ろいやすいものだったと伝わっている。
もしエドワード兄様の討伐が上手く行かなかったら?
第一王子で王位継承者であるエドワード兄様が、万が一、魔物討伐で大きな被害にあったら……。
僕が結界のひび割れを直せなかったら……この国はおしまいだ!」
すごく悲観的なキース様。
いつも以上に感情が荒ぶり、顔色が悪い。
私は慌てて彼の隣に寄り添って、背中をさする。
「キース様。大丈夫です……キース様は儀式をよくやっておられます。
それにエドワード様もとても頼もしいですし、ジェシー王子のポーションもありますから。
結界の修復も、エドワード様の遠征もきっとうまくいきます」
「アルナ。なんでそんなに簡単に言えるの?」
キッと鋭い視線を向けてくるキース様。
「えっとそれは……」
言葉に詰まってしまう。
励ましの言葉だけど、確かに根拠は存在しないんだから。
「僕の体の弱さは知っているね。
今は君のおかげでよくなっているけれど……これ以上ひび割れを修復するために、魔力を多く注げばその分反動も来てしまう。
それがわかっているから、大きく勝負に出れない。
エドワードお兄様が出兵すれば、ジェシーお兄様と二人体制での儀式だからね。
僕まで倒れてしまわないように、結界術の儀式には力加減が必要だ。
大きく魔力を込めていきたいところだけど……。
僕は力の配分が下手なんだ」
エドワード王子が同じような事を言っていたような……。
なにごとにも不器用なキース王子。
結界術にも倒れるほどの全力か、そうでないか、その二択になってしまっているようだ。
苦しそうに滑らかな黒髪をかきむしり、キース王子は頭を抱えて黙り込んでしまった。
私はその傍らで、彼の肩を抱いて寄り添うしか出来ない。
キース王子の体は風に当たりひどく冷えているようだった。
もともと体温の低いキース王子。
庭に吹く風は不穏な国の情勢を現しているかのように冷ややか。
その風の中、いつも以上に冷えた体をしたキース王子を抱き寄せ、私も考え込んでしまった。
私は聖女として、今何が出来るんだろう。
どうすればいいんだろう?
◇◇◇◇◇
翌日。
曇り空の中、王宮北東にある鐘楼の鐘が鳴る。
王国騎士団が出兵する知らせだ。
王宮の正門から、騎士団中隊が送り出される。その数、数百名。
先頭を行くエドワード王子が、騎乗から出立を見守る王宮の貴族や官僚に手を振っている。
ジェシー王子が量産したポーションを持って、いざ魔物退治――。
私は、エドワード王子の婚約者、シャーロット様と一緒に騎士団を見送った。
シャーロット様はいつものふわふわしたお人形のようなドレスより少し地味な淡い紫水晶華色のドレスをまとい、涙をこらえてエドワード王子に手を振っていた。
「シャーロット様……」
私はそっと後ろから震えて泣き出しそうなシャーロットの肩に手を置く。
「アルナ。エドワード様は大丈夫よね……」
「ええ、エドワード王子は、とてもお強いですもの」
「うっ……うう~」
馬の腹を蹴り、走り出す騎士団の後ろ姿を見て、シャーロット様はぽろぽろと泣き出してしまった。
私はぎゅっと彼女を抱きしめ、ふわふわした髪の毛を撫でてあげた。
「アルナ……」
キース王子がいつの間にか側に立っていた。
キース王子は、骨ばったか細い白い手で、シャーロット様を慰める私の肩を抱いてくれた。
「君は本当に優しいね。妬けてしまうよ」
「キース王子、なんてことを」
「冗談。今はレディ・シャーロットを慰めてあげて。彼女は子供だし、エドワードお兄様の婚約者だもの。
でも僕もお兄様を失ったらと思うと……怖いんだからね!」
拗ねたように唇を尖らせるキース王子。
全く……!
さて。
私も出来ることをしなくちゃ。
聖女として魔力供給をもっと効率よくできないものか。
キース王子がもっと能力を発揮できるように、魔力を送れないかな……。
ああ、鞄の中の本が見つかれば、何かアステリアを救うヒントがみつかるかもしれないのに!
鞄は一体どこに消えてしまったんだろう?
処女神リーン。
全然夢に出てくれなくなったな……もう一度夢に現れて……!
(続く)
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