15話 聖女、「なんで僕を選んだの?」と言う重いキース王子の涙を見る
翌日。
正午の儀式の後。
気になる鞄とその中の本の行方についてご存知ないか、エドワード王子に話しかけようとしたら、飛んできたキース王子に遮られた。
そして、早くキース王子の黒曜石宮に行こうと言われてしまった。
仕方なくエドワード王子とジェシー王子に挨拶だけして、慌ただしく神殿を出た。
キース王子に手を握られ、王宮正殿に続く<水晶の回廊>を引っ張られるように歩く。
人前で、キース王子と手をつないでる……。
嬉しいけど、照れてしまってすごく恥ずかしい。
私の手を引くキース王子の手。
細い体に似つかわしくない、力強い男の人の手だ。
握手で魔力供給する時より、握る力も強い。
こういう時には、魔力供給ははじまらない。私が魔力を送るぞ!と意識しないと、ただ手をつなぐだけになる。
「エドワードお兄様に何か用事があったの?」
むすっとした様子のキース王子。
「いえ、私がここへ来た日に無くした鞄をご存知ないかと……ビアが探してくれているんですが」
「じゃあ、ビアに探させておけばいいよ。ねえ、ビア」
振り返って、少し後ろを付いてきているビアと、キースの従者シェリーに同意を求めるキース王子。
「引き続き、尽力いたします」
「いいね、ビア。頼んだよ」
満足そうなキース王子。
「ねえアルナ。正殿の中に白百合を飾らせたのは正解だったね。
ほら、正殿のギャラリーがこんなに賑やかだ。肖像画も華やいで見えるし、使用人達の目の保養にもなるだろう。
君は本当に賢いよね、アルナ」
「恐れ入ります」
そんな褒められることをした覚えは……!
「僕の部屋にも一瓶飾っているんだ。君はリーンに選ばれし聖女。白百合は今君自身だから。
毎晩君の事を思って、百合の花にキスしてから眠っているんだ」
「え……!そんな……」
思わずまた顔が赤くなっちゃう。
「だって君がキスしてくれないだろう?ずっと握手での魔力供給のまま?」
少し前を歩いて私の手を引いているキース王子の顔は見えない。
ずんずんと速足で正殿の廊下を歩いている。
「握手で……お願いします」
「そうか」
心なしか、キース王子の私の手を握る力がますます強くなったような。
「いいよ。いずれ、君の方からキスしてくれるまで、僕は諦めないから」
そういって彼は振り返った。
余裕のある艶のある笑顔をみせながら。
うう、キュンです。
◇◇◇◇◇
黒曜石宮。
王宮内離宮、キース王子の私室となっている離れにやってきた。
そこの1Fのソファに並んで腰かける。
そこで魔力供給するのが日常になっていた。
「さあお願い。アルナ。僕にリーンの加護を」
キース王子が手を差し出してくる。
魔力供給。何回やっても緊張します。
男の人の、しかも推しの手を握るんだから。
魔力供給はスムースに終わった。
握手の間。ほんの1分間程度だけど、その間じっとキース王子が愛おしそうに見つめてくるの。
私も少しずつ見つめ返すことが出来るようになったけど、ほとんどの時間は恥ずかしくて目をそらしている。
オタクに推しは尊過ぎる!!
「お疲れ様、アルナ。楽になったよ」
そう言ってソファに横になるキース王子。
横にちょこんと座らせていたチャーリーをぎゅっと抱きしめて、うつぶせにソファに倒れこみ、なんだかすごくしんどそう。
「キース王子。もしやお加減が……?」
「ああ、ここ数日、儀式の後の疲れがまた強く出るようになってね。
結界の一部が魔の息吹の影響でひび割れているとかで……。ひび割れを修復するために、僕なりに結界術の時、魔力を沢山送っているんだ。
そのせいだな。
以前のように寝込むほどじゃないけど、疲れる。
でも、こうして毎日儀式に参加できるのは、全部、アルナのおかげだよ。
君と手を握った後は、疲れがとれてとても楽になるんだ。
今日はちょっと……疲れの方が酷いかな」
「大変……それは、つらいですよね」
私はためらったけど、ソファに寝そべるキース王子の背中にそっと手を置いて、さすってあげた。
「もう少し魔力供給をしましょうか」
「いいの?君の負担にならない?」
「わかりませんが、私はまだ元気ですから」
躊躇ったキース王子。
私にそろそろと手を差し出そうとして、それをやめてまたチャーリーを抱きかかえ、顔をぬいぐるみのお腹にうずめてしまった。
「やだ。君に迷惑かけたくないよ。君がまた気を失ったら僕も苦しいよ」
そんな……。
困ったな。
私は側に控えているはずのシェリーをきょろきょろして探すけれど、ビアとシェリーの姿がない。
黒曜石宮の1Fが大きな執務室兼客間になっているんだけれど、その隣の部屋がシェリーの住んでいる私室らしい。
そっちで2人でなにか話しているのかな……?
「ねえアルナ。なんで最初に出会った日、なんで僕の手を握ったの」
キース王子がいきなり尋ねてきた。
ぬいぐるみに顔をうずめているから表情はわからない。
でも、声のトーンは真剣だった。
「なんで僕を選んでくれたの?
お兄様たちだって、聖女と懇意になることが魔力をえるためにも、政治的にも有利だって理解している。
だから手を差し伸べていた。
なんで、一番厄介そうなみそっかすの僕を選んだの」
えええ……っと!
重たい質問!
前世でプレイしたゲームで、一番推してたからです!とは言えないよね。
キース王子が一番魔の息吹の影響を受けて弱っていたから、必要だと感じた。というのも……論理的な回答なんだけど、なにか違うんだなあ。
三人の中で一番好みのタイプの偏愛してくれる気難しい、子供っぽいところも魅力のヤンデレ王子様だったから……とか?
ドストレートなのも、なんだか軽薄。
全てが、本音とは少し違う気がした。
転生して初めてイケメン三王子と出会った時。
一番心が惹かれたのは、間違いなくキース王子だったんだから。
「キース王子以外の方を選ぼうって……考えられなかったからです」
私は答えた。
キース王子は黙ったまま。
「私は、キース王子の手を握りたいって思ったからです。それじゃダメですか」
長い沈黙。
「ううん、嬉しいよ。僕はいつも一人だった……」
キース王子、もしかして泣いている?
「お兄様達のように健康じゃないし、とりえもない。
エドワードお兄様は武人としてアステリア王国騎士団の団長も兼ねているし、剣の達人だ。
ジェシーお兄様は社交家で官僚にも武人にも信頼厚く、錬金術の心得もあって、魔法の応用を日々研究している。
二人とも取り柄があるんだ。
でも僕は体が弱く、強みもなくて、寝込んでばかり。
寝込んでいるか、異国のガラクタや魔道具を集めて眺めて楽しむ子供のままだよ。
公務だって最低限のことしかしていないしね。
僕は魔の息吹の影響で呪われた身だし、触れる事だって怖いだろうと思って……僕は絶対君に選ばれないと思っていた。
そんな僕を励ましてくれてありがとう、アルナ。
僕を選んでくれてありがとう……」
すすり泣きながら、キース王子は体を起こした。
彼の美しい琥珀の瞳は涙に濡れ、泣き崩れた顔は弱弱しい少年のそれだった。
抱きしめたい。
ぎゅっとしてあげたい。
そんな風に思ってしまった。
「キース王子……。取り柄がないなんて言わないでください。
キース王子には、結界術があるじゃないですか。
御兄弟の誰よりも優れている力だと聞いております。
それにとても素直で、お優しいお心をお持ちです。
私がキース王子に魔力を送ります。
キース王子のその力の輝きを、私の魔力で強化しましょう。
私が、力になります」
私は抱きしめたい衝動を抑えて、そっと彼の手を握った。
光が溢れた。
「ありがとうアルナ。君はやっぱり僕の聖女だ」
涙を止め、キース王子は赤くなった目で嬉しそうに微笑んでいた。
とても照れ臭いけど、嬉しい事を言ってくれる。
今日は抱きしめたくなっちゃった。
キース王子の事、助けてあげたい。
力になってあげたい。
本当にそう思わせる人なんだ。
二回目の魔力供給。
天から降りてくる白い力が、私の体を通り抜けてキース王子に送られる。
キース王子は目を閉じた。
その光に満たされる事を味わっているようだ。
「魔力供給をされていると、とても心地いい……ありがとうアルナ」
魔力供給が終わった。
「さて。公務に戻らないとシェリーがうるさいな。あれ?今日は見ないね」
私とキース王子は顔を見合わせた。
「ビアの姿も見えません」
「ああ、二人で隣の部屋に消えたかな?
実は、シェリーがビアに片思いをしていてね。もう何十回も振られているんだけど、懲りないなあ」
キース王子は呆れたように言った。
「そうなんですか?」
「ビアは、子供の頃から僕の遊び相手をしてくれていて、僕のお姉さんのような存在だったんだ。今もそうだけどね。
僕の話し相手兼従者として一緒に育ったシェリーにとっても、ビアは憧れのお姉さんなんだよ。
ビアは生涯を神殿に捧げると言って、相手にもしないけど」
面白がるようにキース王子は言う。
「今日も振られているのかもね」
「そ、そんな。そんな事いったらシェリーがかわいそうです!」
「じゃあ隣の部屋に続くドアに聞き耳でも立ててみる?僕もシェリーの様子が気になるんだよねえ」
ニヤニヤと笑っているキース王子。
「そんな事、しなくても。出てくるまで待ちましょう。
ね、キース王子。キース王子のコレクションを見せて下さい」
私は話をそらし、周囲をぐるりと見渡した。
キース王子は頷いて、嬉しそうに色々な異国の品を見せてくれた。
どう使うかわからないもの、きれいな布、宝石。
魔力を秘めた魔道具の剣やツボ。
かなりの量だ。
よほどの好事家らしく、どれも説明する時は自信満々で嬉しそう。
その中でも、とりわけ綺麗だなと思ったものが、金で出来たゴブレット。
『エルフの聖杯』というらしい。
「処女神リーンも精霊だったという。
旅の行商人が所有していたものを、縁を感じて購入したんだ。
エルフが作ったそうだ。
とても古いものらしいよ。
綺麗だろう」
細かい細工が施されていて、重たく鈍い輝きが素敵。
なにか、触れるとぞくりとする。
「これ。魔力がこもっていますね」
「うん、多分ね。でもとてもいい力だよ。僕もこれを眺めていると元気になるから、こうしてよく見える所に飾っているんだ」
私たちがそのゴブレットを光にかざして眺めているとビアとシェリーが隣の部屋から出てきた。
ちょっと怒り顔のビアと、落ち込んだ様子のシェリー。
あらら。これは……。
「魔力供給は終わりましたか?アルナ様。お部屋に戻りましょう」
ビアはさくさくと場を仕切り始める。
「ランチはお部屋に用意させます。
シェリー、あなたは午後の予定をキース王子に伝えてから、王子の午後のお食事の手配を。
よろしいですね。では、これで失礼いたします。
キース王子」
ちょっと荒れた様子のビア。
全員そそくさとそれに従った。
二人に別れを告げて、黒曜石宮を出る。
王宮本殿に続く中庭を通り抜けながら、私はそっとビアに尋ねた。
「シェリーと何かあった?」
「彼が私に想いを寄せてくれているという話をきいて、交際を断りました。
私が神殿に生涯を捧げたと知っているというのに。
もう何回目なんだか……」
ビアはぶつくさと言う。
それに、なんだか少し悲しそうな様子でもある……?
もしかしたら、彼女にも何かほかにシェリーの想いに応えられない事情があるのかもしれない。
私はすたすた歩く彼女の背中を追いかけ、その疑問を問いかけられずにいた。
「そちらは、キース王子とお変わりございませんでしたか?」
どきり。
キース王子の泣き顔を見ましたとは言えず、コレクションを見せて貰っていたとだけ答えた。
あの会話は、私とキース王子だけの秘密の会話だから。きっとね。
ビアは私の態度に何か思う所がある様子だったけれど、彼女も何も尋ねて来なかった。
なんだか、ちょっとだけ気まずい空気……?
(続く)
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