13話 聖女、ヤンデレ王子を説得する
「花は届いた?」
キラキラした笑顔で問いかけてくるキース王子。
私は椅子から立ち上がり、ドレスの裾をつまんで一礼。
そして、自分の両手を握り合わせてもじもじとしながら応えた。
「ええ。白百合の花とメッセージカード、確かに頂きました。ありがとうございます」
「どう?気に入ってくれた?」
百点満点の笑顔で、ずいっと迫ってくるキース王子。
あああ!
なんて期待に満ちた瞳。
「もちろんです!もちろん……すごく、嬉しいです。とても美しい百合の花、私なんかにはもったいない贈り物です」
私は笑顔で答えたが……。
正直、匂いが……きついとは言いにくい!
自室で食事を摂れないほど百合の花の香りがむせ返っているわけで!
あの量をずっと部屋に飾り続けるのは正直つらい。
「ああ、良かった。処女神リーンのシンボルだし、白いドレスのアルナが白い百合に囲まれたらどんなに映えるだろうと思ったら、居ても立っても居られなくてね。
昨日の昼頃に頼んだんだ。
なんとしても百合の花を千本集めろってね」
キースの後ろで、心なしかげっそりしているいつもの従者が。
従者の彼が花集めに苦労したんだろうな……。
「そうだったの。キース王子、ありがとう。それからあなたも……ええと」
「ああ、この子かい?
彼はシェリー。
僕の従者だよ。幼い頃から僕の付き人なんだ」
「聖女アルナ様。お声がけ頂き恐縮です。もったいないお言葉です」
かわいらしく礼をするシェリー。
いつもキース王子の世話をしているのか……気分屋なキース王子のお世話。正直ちょっと大変そうだな。
それでも、シェリーがいつもキースの後ろをついて歩いていると、いつもどこか一生懸命で、ひたむきな様子が伝わってきていて。
シェリーはキースが大好きなんだろう。
わかる。
だって、私だってキース王子と少し一緒にいるだけで、あの気分屋にも子供っぽく様子にも、くるくる変わる表情にも、ほっておけない感じがして、大好きになってしまうんだもの……!
それはそれとして。
部屋中に飾られた贈り物。
白百合の件だ。
「あの、王子から頂いた百合の花ですが……」
私は迷った末、話を切り出してみた。
どう言うべき?
キース王子を傷つけないように、百合の花の匂いが……少し、部屋に満ちてしまっているから、飾る量を減らしたいというか、ほんのすこーしだけ、片付けたいってどう伝えるべき?
もちろん素晴らしい花の贈り物に感動して感謝はしてるんだけど!
嬉しくてたまらないんだけど!
それを伝えつつ、角が立たないように、なおかつ好感度ができれば下がらないように伝えるの難しくない?
これ、ゲーム中だったら絶対イベントの一つで、好感度が変わる選択肢だったんだろうな。
私は一瞬で目まぐるしくいろんな事を考えた。
さて。
「あまりにも美しくて豪華で、あの部屋で私が独り占めするのはもったいない気がします。
それに税金で買われたものでしょう?
いくら聖女としてお勤めさせて頂くとしても、王子からの贈り物を部屋中に飾り、贅沢をしているようで気が引けます……。
せっかくの見事な百合です。
少しお部屋に残させていただいて、この大きなお城のあちこちに、処女神リーンへの祈りを象徴するものとして飾るのはどうでしょう?
私だけでなく、城に出入りする皆様に見ていただければ、私はもっと幸せになれます」
自分でも驚くほど、スラスラと言葉が出てきた。
キース王子は困惑しながら話を聞いていて、段々と表情が曇っていくのがわかった。
「あれは僕が、君のために用意したんだよ。
君だけのものだよ。
もしかして、白百合が気に入らないっていうの?」
端正で彫りの深い眼窩の奥で、琥珀色の瞳が暗く光る。
キース王子の眉間には深いシワが寄り、みるみると暗い表情になっていく……。
あああ、不機嫌のオーラがすごい!
やっぱり怒らせちゃった?
落ち着こう。
伝えるべきことを伝えて、重い愛のシャワーに圧倒されるのではなく。
立場はあれど、人同士の対等な関係を作っていかなきゃ……!
私は毅然と返した。
「そんなわけないです!
とても気に入りましたわ。だからこその提案なのです。
私は聖女として、アステリア国の事を考えねばなりません。
キース王子からの愛はもう、しっかりと受け止めております。
だからこそ、官僚や使用人、軍人など……城に出入りする人たちにも美しい処女神リーンの象徴を鑑賞して貰い、祖国への愛やリーンへの愛を再確認してもらうことで、国への貢献も出来るのではと考えたのです。
キース王子が、私のために百合の花を集めてくれたこと。
そこまで想ってくれたこと。
それが私への一番の贈り物なんですから」
「アルナ。
そうだよ……それだよ。その通りだ」
私の言葉に、キース王子は目を大きく見開いて、深いため息を付いた。
彼の暗い表情は消え、今彼の瞳は遊びたがる子犬のような輝きを取り戻している。
「僕は、君を想って花を集めた……そう。
大事なのは花じゃない。
そこまでしたかったっていう僕の気持ちを理解してくれているんだね。
嬉しいよ!
考えてみたら、僕が私的な贈り物の花を大量に部屋に届けさせるのは、他の使用人や官僚達、巫女や神官にとって面白いことじゃないだろうね。
いくら処女神リーンの選んだ聖女とはいえ……君がワガママを言って花を要求したように見られるかもしれないし。
僕が浅薄だった。
花は、正殿のギャラリーや神殿に並べさせよう。
そうだ、使用人達の住む棟や、兵士達の宿舎にも届けさせよう。
日々君の世話をして、君を守ってくれるのは、アステリアのメイドや執事、兵士達だからね。
彼らの目の届く所に花を活けて、処女神リーンと聖女アルナの事を日々思い出してもらおう。士気が上がるだろう。
早速手配だ。
シェリー、今僕が言った通りの手配を。今すぐにだ」
はい、と返事をしてシェリーが走って王宮正殿に向かう。
なんて素早い……!
「アルナ。僕が浅はかだったよ。君の言う通りだ。言いにくい事を、僕に言ってくれてありがとう……。
僕に必要なのは、こうやって僕が暴走した時に、忌憚なく対等に指摘してくれる人だ」
キース王子は目を輝かせ、私の手をとった。
「これからもこうして僕を導いてよ。聖女アルナ。
君は国のことを考えてくれる素晴らしい人だ。僕も王子としてそうありたい。
ワガママで病弱な末っ子王子の位置で、周りに甘えてばかりではだめだね。
ありがとう、アルナ」
真っ直ぐな瞳に見つめられて私は頬を染めた。
私の提案に、そんなに感動してくれるなんて……。
白百合の花の移動の申し出が、部屋に満ちた匂いで食事が摂れないから、が起点だなんて言えない……。
で、でもこれで良かったのかな?
キース王子はとても嬉しそうだ。
そして、彼は恭しくそこに跪いて、私の手の甲にキスをした。
キース王子の唇の柔らかな感触が、手の甲に。
ええ?
ああああ!
待って待って……!
頬が、耳が、熱を帯びて赤くなるのを感じた。
私は今きっと真っ赤になっている。
キース王子……。
彼は跪いた姿勢で、情熱的な視線を私に向けている。
「アルナ。真っ赤だよ。
動揺させてしまった?僕がこうして誰かの手にキスをすることは滅多にないんだよ。僕がこうして跪くのは、お祈りの時だけ……君は特別だから。
それもわかってね」
にこり、とキース王子は微笑んだ。
かわいい。イケメン。好き。
ああ。好き……。
(続く)




