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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第一章『嵐の魔女』
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第8話『警告色』


 二本目の柱は、浅い池の真ん中に立っていた。


 岸辺からロイドが刀を振るうと、砕けた光が水面へ降り注ぐ。


「おおー。次はスライムだねー」


 波紋が広がり、池の水が丸ごと盛り上がった。


 透き通った水球の中心に、緑色の球体が浮遊している。


 ロイドに肩を貸して岸から離れ、木の根元へ座らせる。


 差し出された管を受け取り、再び充電を始めた。


「スライムっていうか……バカでかいマリモというか……」


「ふむ……確かに、水ではなく中央の緑藻が本体のようです。ライラ様、流石のご慧眼ですね」


 適当な感想を口にしたところ、ロイドが感心したように頷いてくれる。


 その前で、エリスが右手に血液の筒を作っていた。


「てってれーん、空気砲ー!」


「何してんの、あんた」


「まあまあ、見てなって」


 筒の切っ先が、緑色の球体へと向けられる。


「せーっの、どかん!」


 掛け声とともに、筒そのものが一直線に飛んで行った。


 直撃を受けた緑の球体は、一瞬で砕け散り、水は形を失って池へ落ちていく。


 大きな水音とともに、岸辺へ波が押し寄せた。


「流石、エリス様です。一撃とは」


「そうでしょー! そんじゃ、次いこ次」


「……あんた、次はもっときれいに倒しなさいよね」


 びしょ濡れになったエリスに、ため息まじりに告げた。


 充電を終えて向かった三本目の柱の周囲には、大小さまざまな岩が転がっていた。


 ロイドが柱を切除すると、それらの岩が一斉に浮かびあがる。


 数にして二十匹以上。


 羽のような突起を生やして、羽ばたいていた。


 エリスが血を固めた短刀で次々と叩き落としていく中、その横をすり抜けた一匹がいた。


 こちらへ直線的に飛来した影は、すかさずエリスが放った血の弾丸に撃ち抜かれ、粉々になって地面へ転がった。


「……鳥?」


「の、ような形態の魔力生物ですね」


 充電を受けながら、ロイドが答えた。


 私は管の中の光を確かめ、一度、魔力を止める。


 見上げた先を岩の鳥が通り過ぎ、その上で、白いパーカーが風にはためいた。


「よーっし、ラスト一匹!」


 エリスが巨大な岩の鳥に馬乗りになっていた。


「落ち着いて、ねっ!」


 暴れる首を片腕で抱え込み、そのまま強引にねじ切る。


 岩とともに落下してきたエリスは、パーカーの肩についた石屑を払った。


「よーし。あと二本!」


 四本目の柱と、そこから現れた魔物も片付けた。


 私とロイドは木の根元へ腰を下ろし、再び充電を行っていた。


 少し離れたところでは、エリスが倒木にもたれかかり、ぼんやりと空を見上げている。


 管の中の光を見ていたロイドが、ふと顔を上げた。


「どうしたの?」


 森の奥へ視線を据えたまま、しばらく動かないでいた。


「……信号を受信しました」


 緑色の瞳が、淡い光を帯びていた。


「メリンです」


 エリスが顔をこちらへ向ける。


「場所は?」


「ここから北東です。距離も、それほど離れていません」


 立ち上がりかけたロイドの動きが、途中で止まる。


 後頭部から伸びたケーブルが、私の手の中でぴんと張っていた。


「まだ充電中よ。もう少し待ちなさい」


「……申し訳ありません」


 再び腰を下ろし、森の奥をじっと見つめたまま、膝の上で両手を揃えた。


 ガラス管の光が、赤い線まで近づいたところで、魔力の供給を止めた。


「エリス」


「ん?」


「先に、一人で見に行ってもらってもいい?」


 エリスは少しだけ目を細め、足元の石を一つ蹴った。


 転がっていく先へ視線を送る。


「んー、行けるけど、行かないよ。僕は二人の護衛だからね」


 石が倒木にあたり、ことりと止まった。


「終わってから、三人で行こ」


「……そうね」


 手元のガラス管へ目を戻し、再び魔力を流す。


 微かな熱が指先へ伝わっていた。




 * * *




 充電を終え、ロイドの案内で森を進んだ。


 木々の間を抜けると、地面が大きく抉れていた。


 倒木が黒く焼け焦げ、へし折れた幹が何本も積み重なっている。


 枝の隙間から、黒い円盾が見えた。


 縁が歪み、表面には大きな亀裂が走っている。


 その横で、泥で汚れた黄色い髪が覗いていた。


「メリン……っ」


 ロイドが駆け寄った。


 細い枝を払って腕を差し入れるが、太い幹が邪魔をして引き出せない。


「よい、しょっと」


 追いついたエリスが幹に手を掛け、強引に持ち上げた。


 その隙間から、ロイドがメリンを引きずり出す。


 ——メリンの胴体は、腹から下がほとんど融解していた。


 左腕は肘から先を失い、右腕も関節とは異なる方向へねじ曲がっている。


 顔だけは綺麗なままで、目は閉じていた。


 ロイドはメリンを地面へ横たえ、首の後ろへ手を回した。


 髪の下に隠れた蓋を開き、自分の手首から引き出した細い端子を繋ぐ。


「……どうなの?」


「確認しています。少々、お待ちください」


 指先が、蓋の縁に添えられたまま止まった。


 誰も、一言も発さない。


 息苦しい沈黙の中、やがてメリンの胸の奥に、小さな緑の光が灯った。


「中枢、応答を確認。保護機能は、正常に機能しています」


 ロイドが、メリンの顔を見下ろした。


「修復可能です。本部まで運べば、直せます」


「……そう」


 ほっと、胸をなでおろすと、息苦しさから解放された。


「よかった」


 隣のエリスも、肩から力を抜いたようだった。


 ロイドが、繋いだ端子を見てから、エリスを見上げた。


「それと……メリンの記録領域から、エリス様宛てのメッセージが見つかりました」


「僕に?」


 エリスが、ロイドの隣に屈み込む。


「『親愛なる不和の吸血鬼エリス殿。あたしのかわいい後輩ちゃんを~、どうか守ってあげてね~』……以上です」


「うぇー。僕がここにいるって分かってたみたいな言い方だなぁ」


 苦い顔を浮かべたエリスは、すぐに表情を戻した。


「ま、年長さんに任せなさいな! ロイドも僕が守ってあげよう」


「ふふ、よろしくお願いしますね」


 ロイドは端子を抜き、開いていた蓋を閉じる。


 それから、メリンの顔にかかる髪をそっと払った。


「……メリン、お待たせしました」


 もちろん、返事はない。


 だが、ロイドはすぐに顔をあげた。


「ロイド、これ」


 近くに転がっていた片手剣を拾い上げ、柄をロイドへ向ける。


 受け取った剣を腰のベルトへと固定し、ロイドは救助用の帯を広げた。


 エリスに支えてもらいながら、メリンを背負って帯を回していく。


 肩口から、黄色の髪が力なくこぼれ落ちた。


「私、何か持とうか?」


「問題ありません。では、帯の留め具を留めていただけますか」


 ロイドの正面に回り、胸の前で帯を締めた。


 ねじれを直し、留め具をしっかり噛み合わせる。


 ロイドは何度か肩を揺らして、メリンがずり落ちないことを確かめると、


「これで大丈夫です。ありがとうございます」


 少し離れたところでは、エリスが円盾を拾い上げ、裏表ひっくり返しながら眺めていた。


「これ、ちょっとだけ借りてもいいかな?」


「壊さなければ、問題はないかと」


「よしっ、それじゃあ、ありがたーく使うね!」


 ロイドの返答に、エリスは満足げに頷く。


「ラスト一本! ちゃちゃっと片付けちゃおう!」




 五本目の柱へ着くと、ロイドは木の根元にメリンを下ろした。


 私とエリスが下がってから、白い光へ黒い刃を振り下ろす。


 最後の柱が砕け散った後、その下から現れたのは、黒い岩のゴーレムだった。


 一本目のときに出てきたものより、ずっと小さいが、その分硬かったらしい。


 エリスは血を使わず、メリンの盾を叩きつけて粉砕したのだが——、


「『壊さなければ』と、申したのですが……」


 真っ二つに割れた盾を持ち、青い顔をしたエリスの前で、ゴーレムは動かなくなった。


 それからしばらくして、ロイドの充電を終えた私は、立ち上がって膝の土を払う。


「やっと終わったー!」


 エリスが両手を突き上げた。


 相変わらず空は曇っているが、雷はほとんど鳴らなくなっていた。


 さっきから吹いている風も、熱くも冷たくもない。


「ようやく、普通の天気になったわね」


「ねー。帰る頃には、晴れてたりして」


 エリスが伸びをした。


 めくれた袖の下に、赤い傷が一本残っている。


「エリス、それ」


「んー?」


「傷。閉じてないわよ」


 エリスは自分の腕を持ち上げた。


 出血は止まっているが、皮膚がぱっくりと裂けている。


「あー。うっかりしてた。こっちも切ってたんだっけ」


 袖を引っ張り、その下へ隠した。


「ま、すぐ治るから、気にしないでちょーだいな」


「……あんた、ちゃんと気を付けなさいよ」


「はーい」


 いつも通りの返事をして、エリスは一足先に進んだ。


 横に立っていたロイドが、こちらへ向き直った。


「ライラ様、もう一度締めていただけますか」


 留め具を閉めなおし、緩みがないか指先で確かめる。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。それで、これから向かうのよね?」


「はい。ここからすぐです」


 ロイドが、木々の切れ目を指し示す。


「行きましょう。魔女のもとへ」


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