第8話『警告色』
二本目の柱は、浅い池の真ん中に立っていた。
岸辺からロイドが刀を振るうと、砕けた光が水面へ降り注ぐ。
「おおー。次はスライムだねー」
波紋が広がり、池の水が丸ごと盛り上がった。
透き通った水球の中心に、緑色の球体が浮遊している。
ロイドに肩を貸して岸から離れ、木の根元へ座らせる。
差し出された管を受け取り、再び充電を始めた。
「スライムっていうか……バカでかいマリモというか……」
「ふむ……確かに、水ではなく中央の緑藻が本体のようです。ライラ様、流石のご慧眼ですね」
適当な感想を口にしたところ、ロイドが感心したように頷いてくれる。
その前で、エリスが右手に血液の筒を作っていた。
「てってれーん、空気砲ー!」
「何してんの、あんた」
「まあまあ、見てなって」
筒の切っ先が、緑色の球体へと向けられる。
「せーっの、どかん!」
掛け声とともに、筒そのものが一直線に飛んで行った。
直撃を受けた緑の球体は、一瞬で砕け散り、水は形を失って池へ落ちていく。
大きな水音とともに、岸辺へ波が押し寄せた。
「流石、エリス様です。一撃とは」
「そうでしょー! そんじゃ、次いこ次」
「……あんた、次はもっときれいに倒しなさいよね」
びしょ濡れになったエリスに、ため息まじりに告げた。
充電を終えて向かった三本目の柱の周囲には、大小さまざまな岩が転がっていた。
ロイドが柱を切除すると、それらの岩が一斉に浮かびあがる。
数にして二十匹以上。
羽のような突起を生やして、羽ばたいていた。
エリスが血を固めた短刀で次々と叩き落としていく中、その横をすり抜けた一匹がいた。
こちらへ直線的に飛来した影は、すかさずエリスが放った血の弾丸に撃ち抜かれ、粉々になって地面へ転がった。
「……鳥?」
「の、ような形態の魔力生物ですね」
充電を受けながら、ロイドが答えた。
私は管の中の光を確かめ、一度、魔力を止める。
見上げた先を岩の鳥が通り過ぎ、その上で、白いパーカーが風にはためいた。
「よーっし、ラスト一匹!」
エリスが巨大な岩の鳥に馬乗りになっていた。
「落ち着いて、ねっ!」
暴れる首を片腕で抱え込み、そのまま強引にねじ切る。
岩とともに落下してきたエリスは、パーカーの肩についた石屑を払った。
「よーし。あと二本!」
四本目の柱と、そこから現れた魔物も片付けた。
私とロイドは木の根元へ腰を下ろし、再び充電を行っていた。
少し離れたところでは、エリスが倒木にもたれかかり、ぼんやりと空を見上げている。
管の中の光を見ていたロイドが、ふと顔を上げた。
「どうしたの?」
森の奥へ視線を据えたまま、しばらく動かないでいた。
「……信号を受信しました」
緑色の瞳が、淡い光を帯びていた。
「メリンです」
エリスが顔をこちらへ向ける。
「場所は?」
「ここから北東です。距離も、それほど離れていません」
立ち上がりかけたロイドの動きが、途中で止まる。
後頭部から伸びたケーブルが、私の手の中でぴんと張っていた。
「まだ充電中よ。もう少し待ちなさい」
「……申し訳ありません」
再び腰を下ろし、森の奥をじっと見つめたまま、膝の上で両手を揃えた。
ガラス管の光が、赤い線まで近づいたところで、魔力の供給を止めた。
「エリス」
「ん?」
「先に、一人で見に行ってもらってもいい?」
エリスは少しだけ目を細め、足元の石を一つ蹴った。
転がっていく先へ視線を送る。
「んー、行けるけど、行かないよ。僕は二人の護衛だからね」
石が倒木にあたり、ことりと止まった。
「終わってから、三人で行こ」
「……そうね」
手元のガラス管へ目を戻し、再び魔力を流す。
微かな熱が指先へ伝わっていた。
* * *
充電を終え、ロイドの案内で森を進んだ。
木々の間を抜けると、地面が大きく抉れていた。
倒木が黒く焼け焦げ、へし折れた幹が何本も積み重なっている。
枝の隙間から、黒い円盾が見えた。
縁が歪み、表面には大きな亀裂が走っている。
その横で、泥で汚れた黄色い髪が覗いていた。
「メリン……っ」
ロイドが駆け寄った。
細い枝を払って腕を差し入れるが、太い幹が邪魔をして引き出せない。
「よい、しょっと」
追いついたエリスが幹に手を掛け、強引に持ち上げた。
その隙間から、ロイドがメリンを引きずり出す。
——メリンの胴体は、腹から下がほとんど融解していた。
左腕は肘から先を失い、右腕も関節とは異なる方向へねじ曲がっている。
顔だけは綺麗なままで、目は閉じていた。
ロイドはメリンを地面へ横たえ、首の後ろへ手を回した。
髪の下に隠れた蓋を開き、自分の手首から引き出した細い端子を繋ぐ。
「……どうなの?」
「確認しています。少々、お待ちください」
指先が、蓋の縁に添えられたまま止まった。
誰も、一言も発さない。
息苦しい沈黙の中、やがてメリンの胸の奥に、小さな緑の光が灯った。
「中枢、応答を確認。保護機能は、正常に機能しています」
ロイドが、メリンの顔を見下ろした。
「修復可能です。本部まで運べば、直せます」
「……そう」
ほっと、胸をなでおろすと、息苦しさから解放された。
「よかった」
隣のエリスも、肩から力を抜いたようだった。
ロイドが、繋いだ端子を見てから、エリスを見上げた。
「それと……メリンの記録領域から、エリス様宛てのメッセージが見つかりました」
「僕に?」
エリスが、ロイドの隣に屈み込む。
「『親愛なる不和の吸血鬼エリス殿。あたしのかわいい後輩ちゃんを~、どうか守ってあげてね~』……以上です」
「うぇー。僕がここにいるって分かってたみたいな言い方だなぁ」
苦い顔を浮かべたエリスは、すぐに表情を戻した。
「ま、年長さんに任せなさいな! ロイドも僕が守ってあげよう」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
ロイドは端子を抜き、開いていた蓋を閉じる。
それから、メリンの顔にかかる髪をそっと払った。
「……メリン、お待たせしました」
もちろん、返事はない。
だが、ロイドはすぐに顔をあげた。
「ロイド、これ」
近くに転がっていた片手剣を拾い上げ、柄をロイドへ向ける。
受け取った剣を腰のベルトへと固定し、ロイドは救助用の帯を広げた。
エリスに支えてもらいながら、メリンを背負って帯を回していく。
肩口から、黄色の髪が力なくこぼれ落ちた。
「私、何か持とうか?」
「問題ありません。では、帯の留め具を留めていただけますか」
ロイドの正面に回り、胸の前で帯を締めた。
ねじれを直し、留め具をしっかり噛み合わせる。
ロイドは何度か肩を揺らして、メリンがずり落ちないことを確かめると、
「これで大丈夫です。ありがとうございます」
少し離れたところでは、エリスが円盾を拾い上げ、裏表ひっくり返しながら眺めていた。
「これ、ちょっとだけ借りてもいいかな?」
「壊さなければ、問題はないかと」
「よしっ、それじゃあ、ありがたーく使うね!」
ロイドの返答に、エリスは満足げに頷く。
「ラスト一本! ちゃちゃっと片付けちゃおう!」
五本目の柱へ着くと、ロイドは木の根元にメリンを下ろした。
私とエリスが下がってから、白い光へ黒い刃を振り下ろす。
最後の柱が砕け散った後、その下から現れたのは、黒い岩のゴーレムだった。
一本目のときに出てきたものより、ずっと小さいが、その分硬かったらしい。
エリスは血を使わず、メリンの盾を叩きつけて粉砕したのだが——、
「『壊さなければ』と、申したのですが……」
真っ二つに割れた盾を持ち、青い顔をしたエリスの前で、ゴーレムは動かなくなった。
それからしばらくして、ロイドの充電を終えた私は、立ち上がって膝の土を払う。
「やっと終わったー!」
エリスが両手を突き上げた。
相変わらず空は曇っているが、雷はほとんど鳴らなくなっていた。
さっきから吹いている風も、熱くも冷たくもない。
「ようやく、普通の天気になったわね」
「ねー。帰る頃には、晴れてたりして」
エリスが伸びをした。
めくれた袖の下に、赤い傷が一本残っている。
「エリス、それ」
「んー?」
「傷。閉じてないわよ」
エリスは自分の腕を持ち上げた。
出血は止まっているが、皮膚がぱっくりと裂けている。
「あー。うっかりしてた。こっちも切ってたんだっけ」
袖を引っ張り、その下へ隠した。
「ま、すぐ治るから、気にしないでちょーだいな」
「……あんた、ちゃんと気を付けなさいよ」
「はーい」
いつも通りの返事をして、エリスは一足先に進んだ。
横に立っていたロイドが、こちらへ向き直った。
「ライラ様、もう一度締めていただけますか」
留め具を閉めなおし、緩みがないか指先で確かめる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それで、これから向かうのよね?」
「はい。ここからすぐです」
ロイドが、木々の切れ目を指し示す。
「行きましょう。魔女のもとへ」




